3. アーベイ氏の好奇心
やっと主人公登場。ただしおっさん視点。
胡散臭い方言の表記があります。おかしな点があればご連絡ください。
楽しんでいただければ幸いです。
「先生、どうか御力添えください」
目の前の若者は、挨拶もそこそこに、突然頭を下げた。
こいつは、以前仕事で行ったココス島(南方の島)で一時期部下だった。その仕事は短期間で終わり、私はエミーシャ島(北端の島)へ戻ってから全く畑違いの仕事に就いたのだが、今のところまぁ順調だ。
「まぁ、とりあえず落ち着きたまえ。話を聞かねばどうにもならん」
私も充分せっかちな方と自覚しているが、相手がこれではまず落ち着いてもらわねば、話にならない。
「あ、これは失礼しました。つい、頭に血が上りまして」
ちょうど白湯が来たので、まずそれを飲むように勧める。
「で、君は今はこちらで仕事かね」
「はい。こちら、といってもカダッテですが。警邏をしております」
「まぁ、そうだろうね。で、困った事とは仕事で何かあったのか?」
何というか、彼は直情的で、文官には向いていないのだ。まぁ、そこが気に入った理由といえなくもないが。しかし、仕事で何か失敗したからといって、私に相談に来るだろうか?
「いえ、その、個人的な相談であります。ぜひ、先生に御力添えを願いたく、まかりこしました」
やはり仕事上のことではないらしい。彼は直情的であり、真っ正直な性格なので、何か失敗したからといって、人に頼ることはないだろう。
「ふむ。私で力になれる事ならなってやろう。どういう相談だね」
訊くと、今更顔を真っ赤にし、そう暑くもないのに、汗をかいている。
おや、これは、と思えば、案の定だった。
「実は、気になる女子がおるのです。小柄で、働き者で、気が利いて、いつも笑顔の、それはええ女子で」
「ふむ」
「ぜひ、嫁ごに貰いたいと思っとります。そいで、その女子の家に挨拶ば行ったんですが」
「ふむ?」
「その父親いう男が、ターシャン人は嫌いば言うて、とりおうてくれんのです」
ターシャンは南方ココス島にある領国で、旧政府勢力に引導を渡し、新政府で幅を利かせている。なんとまあ、こんな世の中で、官憲に向かってよく言えたもんだ。
こいつには悪いが、少しその父親というのに会ってみたくなった。
「それで?」
いや、なかなか面白い話だ。
こっちが面白がっているのにも気付かず、泣きそうな顔をしてやがる。
「それで……、終いです。でも、嫁ごにほしいんで、誰ぞ後見にええ人ば考えて、先生がこちらにいらした事思い出したんです。どうか、お力お貸しください」
このとおり、とばかりに手をついて、深々と頭を下げる。
よっぽど惚れ込んでいるらしい。
「また何で、上役には頼まなかったのかね」
「上の方も、同郷だったんです。これ以上、嫌われとうありません」
そりゃそうだ。惚れた女のためなら、少しは頭も働くらしい。
いや、けっして馬鹿というわけでもないんだが。
「ふむ。ま、確かに、ターシャン出身だというだけで話も聞いてもらえんのではな。付き添い程度には手を貸してやろう」
その父親に会ってみたいことだし。
今のところ、仕事に緊急のものはない。別に現在の生活に不満はないが、たまにはこういう刺激もいいだろう。
軽い気持ちで引き受けた。
「ありがとうございます。他に頼れる人も思いつかず、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
また深々と頭を下げる。そりゃ、同郷以外と条件がつけば、こんな個人的なことを頼める相手も限られるだろう。
「じゃあ、二・三日、用事を片付けてからカダッテに出よう。着けば連絡するから待ってろ。で、今日の宿は決まったのか?」
「いえ、すぐ戻らんといかんのです。休暇はぎりぎりの日程しかとれませんでしたので」
何とも慌しく、ご苦労なことだ。
「そうか。そりゃご苦労だな。じゃあ、気を付けて帰れ」
門のそばで、馬上の人となったこいつに声をかける。
「あ、そういえば、その父親てのは何をしている人だ?」
それだけ偉そうであれば、相応の人物かもしれない。
また、つまらん人間であれば、こいつの親の方が納得すまい。
ターシャン人は結構家格にうるさい。
「いえ、その……はっきりとはわかりません。何というか、近所で便利に使われているように見えるんですが……」
何だそりゃ。
思ったことが顔に出ていたのか、奴は慌てて、重ねて約束を頼み、私が何か言う前に帰っていった。
そんな中途半端な男の娘など、どれ程器量よしでも、実家が許すまいに。いや、あいつは三男だったか?自分に家は関係ないと思っているのかもしれん。
しかしそれにしても、そんな男に言い負かされて、スゴスゴ退いてしまったとは。情けない。力ずくで奪ったらよいのだ。
今度は逆に、好奇心から敵愾心となって、会うのが楽しみになった。
それが悪夢の再来……いや、再会になろうとは。
ひとまず、その父親を料理屋へ呼び出すことにした。が、使いの者が返書を持ってきて、なかなか丁寧な断りが書かれていた。
便利に使われている、という男の割には学があるようだ。が、内容を要約すると、お前と飯を食ういわれはない。こちとらそんなに暇じゃねぇ、というものだった。
また好奇心がわく。そして敵愾心も育つ。
「何だか、ヤリガイのある親父殿だな」
せっかくなので、二人で飯を食いながら、今後の相談となる。
「はあ……。こうなる気はしていたのですが……」
何とも情けなさそうな顔だ。日頃の強気なぞ全くうかがえない。
「仕方ない。明日は先方の職場にでも押しかけてみるか」
「いえ、それではますます嫌がられます。もう少し穏便に」
やはり、似合わず慎重だ。意外な一面だ。
「お前、もし本当にその娘を嫁に貰ったら、完全に尻にしかれるな……」
その将来像が手にとるように見える。
が、それも面白かろう。気を取り直して思案する。
「とにかく、せめて一度は会ってみんことにはな。故事にも三顧の礼というものがある。そんな大層な相手でもなかろうが、会えるまでは文通でもするか」
「はい。よろしくお願いします」
話を聞いてみると、そもそもこいつも良くない。
前もって何の連絡もせず、いきなり家へ訪れたというのだ。
しかも、その娘とは別に恋仲という訳でもないらしい。
そりゃあ、父親に嫌われても仕方ないだろう。
まぁ今の世の中、官憲だというだけで、喜んで妾奉公に出す親もあるだろうが、そんな親は一握りだろう。それでも無理やり掻っ攫っていく輩もいる。そんな奴らに愛想が尽きて、私は中央を嫌い地方へ出た。
ちと、向いていなかったこともあるが。
が、心配するほどもなく、次の手紙で会う約束を取り付けた。
一度会って話がしたい旨を書き、日時や場所は相手に任せたのだが、それでまともな返事が来た。
考えてみれば、簡単なことだった。
それは、急に「ここで待っているから来い」といわれても、知らぬ相手であれば、例えその時暇であっても行くものか、と思ってしまう。
第一最初からターシャン人は嫌いだと言い切っているような相手だ。高圧的に出れば反発するのは当たり前の反応だった。
一度失敗しているのだから、もっと丁寧に、こちらの誠意を見せるべきだったのだ。どうもこの短気は悪い癖だ。
それで、指定されたのは三日後の昼時、近くの寺だった。
境内へ入り、庭を整えている僧に来意を告げると、既に相手は来て待っているらしい。
「こちらでございますよ」
その若い僧は愛想よく案内にたってくれた。
「ヨリアスさん、お客様です」
本堂ではなく、離れがあったらしい。その軒先で声をかける。
「ああ、ありがとう」
中から返事が聞こえ、掃き出し窓の引き戸が開く。
思わず、声が漏れそうになった。
相手もやはり、驚いたようだ。が、一瞬でその表情を隠す。
「ま、お上がんなさい。白湯くらいは進ぜよう」
言って、すたすたと奥へ引っ込む。
「では、私はこれで」
案内してくれた僧は仕事に戻っていった。
思わず、連れと顔を見合す。玄関ではなく、ここから上がれということか。
思い直し、履物を脱ぐ。
「失礼する」
一応声をかけ、掃き出しへ上がり部屋へ入る。入ってみると、案外広い。
続いて連れも入ってくる。
「ま、適当に座りな。イスなんざはねぇ」
言いつつ、目で座る辺りを指示してくる。
癪に障るが、ある意味親切な男だ。
実際、途方にくれていた連れは、指図されて安心したように座っている。庭に背を向ける形だ。
思わず、逃走路を考えてしまった。この男が相手だと気が抜けない。
だが、相手はそ知らぬ顔で、膝の前に湯呑みを置いていく。
「こちらは初めてだね。俺がヨリアス、リシアの父親さ」
どうやら初対面を装うつもりらしい。その方がこちらも説明に面倒がなくてよいが。
「私は、ラッパルの政庁に勤めている、ルアーク・アーベイです。このヘーデンの後見としてまかりこしました」
「先日は真にご無礼いたしました。本日は改めてのお願いに参りました。どうぞ、リシアさんを、私の嫁にください」
前回でよほど懲りたのか、えらく硬くなっている。
何気なく正面を窺うと、目線だけで次を促してきた。
こういう所が嫌なんだ。何もかも見透かす風で。
「このとおり、ヘーデンは少々直情過ぎる所はありますが、本心から娘さんに惚れ込んでおるのです。収入も安定しておるし、何より真面目な男だ。縁談相手として、悪くはないかと思いますが」
まぁ、この男であれば、ターシャン人だというだけでも、断るには充分な理由だろうが。また、何で選りにもよって、奴なのか。
「不躾者は、今後精進だな。俺は気にくわねぇが、別に俺と一緒になるわけじゃなし。人間としては、まあ上等の部類だろ。あとはリシア次第だな。リシアがうんと言や、嫁にやってもいい」
意外な展開だ。この席に私がいる時点で断られると思ったのだが。
やはり、物事に私情を挟まない男なのか。
それとも、人を見る目が肥えているのか?
ヘーデンのような男はそうそういない。
「ありがとうございます」
両手をついて、頭を下げている。よほど嬉しかったのか。
相手がまるきり平民(を装っている)だというのに、こんな丁寧な礼をする士分も珍しい。
奴はあきれたような顔をしている。
そりゃ、まだ嫁にやるとは言っていない。本人に接触する許可を与えただけだ。それも、ヘーデンは気付くまいが、下手を打てば命で清算するようなはめになる。どう考えても、ヘーデンでは太刀打ちできまい。
「しかし、だ。その前に、お前さん、良いとこの坊だろう。親の承認を貰ってからにしな。それまでは、見るだけだ」
鼻で笑ってやがる。まぁ気持ちはわかるが。
「わかりました。早速書信を書きます」
絶対許可されると思っている。全く、甘っちょろい坊やだ。
「さ、あんたは仕事に戻りな。俺はこちらともう少し細けぇ話をするからよ」
結構気に入ったのか、どこかからかうような表情で、ヘーデンを追い出しにかかる。が、それにも気付かず、お言葉に甘えますとか言って、出て行きおった。後に残されるのは当然二人。
「やれやれ。全く意外なところで再会したな、アーベイ」
「同感だ。もう二度と会うことはないだろうと思っていたんだが」
今回も、前回同様友好的な態度だ。が、この男は私の理解の範疇にはない。おのずと緊張する。
「で?あの坊やとはどういう関係だ」
「南方の乱で一緒だった。まぁ世話になった人の子息だが」
「戦乱を経験した割に擦れてないな」
「……三男で、のんびり育ったのだろう。実際は道案内だったしな」
「親は許すまいよ。こんな身上のあやふやな娘は」
そこで鼻で笑いおった。ざまぁみろと言わんばかりだ。
「あんた、腐っても政王の騎士の端くれだったろうが。一応士分になる」
私の言葉を聞いて、心外そうに、大げさに眉を上げて見せた。
「おや、よく言うよ。騎士身分が役に立たないことは良く知っているだろうに」
おどけた表情の中、視線はきつい。そうだ、こいつの相棒は士分ではなく「暴徒」として断首された。それをこいつが忘れるはずはない。
切り裂くような視線に、汗が背を伝う。
「第一、私は死んだ男だ。士分など持ってはいない」
今度は薄笑い。
相手の考えていることがよくはわからないゆえに、より一層不気味だ。
「ま、現実的な答えとしちゃ、別に名目上、どこぞに養女に出しても良いし、あの坊やが二度と故郷へ帰らぬ覚悟があるなら、夫婦になるのを止めやしねぇ。が、あの坊やにはあんたからしっかり警告しておきな。少しでも無理強いするようなことがありゃ、首と胴は泣き別れ、だ。ウーサスの男は、決めたことは必ず成すからな」
自分でもおかしいと思うが、この男はこちらの得体の知れぬ凄みを持っている時の方が落ち着く。いっそ懐かしく感じる。
あの血みどろの日々は、過去となったようだ。
「確かに伝えよう」
私だって、気に入りの若者を、むざと見殺しにはしたくない。
こいつは、本当にやる。どんな手を使ってでも目的は果たす。
そのことをどうやって伝えるかはまた難問だが。
「……今の条件で言うと、あいつが二度と帰郷せんのなら、親の許可はいらんのではないか?」
「それでも、一度は親に義理を通すものだ。それもせんような男にやる訳がないだろう。いくらか説得して、どうしても駄目だったときには、口をきくくらい許してやる。それまでは、見るだけだ」
道理だ。が、少しケチくさくないか。
「……別に話すくらいはいいのでは」
「ふん。ところで、あのヘーデン君は幾つかね」
「確か、二十三ではなかったかな。あんたの娘は幾つだね」
考えてみれば、こいつにそんな年頃の娘がいるというのはおかしい。
まさか、ヘーデンもまだ幼い娘にああ入れ込んでいる訳でもあるまいから、相手の連れ子か、養女なのだろうが。
「今十六だな。結婚できぬ年でもないが、見知らぬ男に嫁がせるには、まだ幼かろう。それが必要という訳でもない」
十六歳では確かに早過ぎるというほどでもないが、貴族や大商家でもあるまいに、そう早々と嫁に出すつもりもないようだ。
「あんた、意外と子煩悩なのだな」
七年前に再会した時にも以外に思ったが、祭都での印象が強すぎる。冷酷なまでの冷徹さは、微塵も感じられない。
「ふん。俺は女子供には優しいのだよ」
飾ろうともせず、そううそぶきおる。
言われてみれば、そうであったかも知れぬが、どちらかといえば、こいつは女子供を避けていなかったろうか。
思わずその疑問も口をつきそうになったが、そこまで親しい間柄ではなかったと、思い直した。
それに、優しくしないために避けていたとも考えられる。
「ま、たわごとはいい。で、ヘーデンの家はどういう家格かね」
「ターシャン人なのは知ってのとおり、まあ下級騎士の生まれではあるが、そう羽振りも悪くない。親は今は国許に帰ったが、たぶん長男は中央におるだろう。次男に覚えがないが、どこぞの養子に出とるのだったか。で、三男があれだ。養子先を見つける前に、官職につけたので、別に継ぐ家があるわけでもない。少なくとも本人はそのつもりのようだ」
「ふん、親の心づもりは、別に婚約者があるかもな。末子かい?」
「いや、まだ下に弟妹が二・三いたはずだ。……増えているかもしれん」
何せ、あいつの父親に世話になったのはもう十年以上前のことだ。
その後、年始挨拶も次第に途切れ、文のやり取りも年賀のみとなっていた。新都勤務も長かったのだし、愛人の産んだ子の一人二人あるかもしれぬ。
「じゃ、案外あの坊やの思い通りになるかもね。それもリシア次第だが。これはこれで面白い見世物かね。ああ、もう一つ言っておくことがあった。伝えといてくれ」
「何かね」
「娘をターシャンに連れてゆくのはなしだ。あれはこの地が好きだからね。転勤するときゃ単身赴任だ。ま、あれは優しい娘ゆえ、ついて行くかもしれんがね。それでも、ターシャンだけはだめだ」
親族にいびられるからか。
「伝えよう。が、それでもヘーデンを遠ざけはせんのだな」
「言ったろう。ガキには甘くできてんだよ」
どこまで本気かはわからんが、やはりそこそこ気に入っている様子だ。
「ところで、話の流れからいくと、私が仲介に立つことになりそうなのだが、あんたの事はどう説明すればよいかね」
まさか、旧政府方の将で、散々てこずらされた、死んだことになっている男だとは紹介できまい。大体、現在何をやっているのか皆目見当が付かない男だ。この寺の僧とも親しく付き合いがある様子だが。
「そんなものは、あの坊やが適当にすべきことさ」
わかっているだろうに、はぐらかす。
「それでも、親はこっちにどういう男か問い合わせてくる。あいつの上司じゃあんたも不都合だろうから、私が聞いておくんだ。それに、あいつじゃまともに説明できない」
どうも、娘に夢中なあまり、他に気が回らない様子だった。話を聞いても、どうにも要領を得ず、直接関係がない私でも、そんな男の娘は駄目だろう、と思ったのだ。あいつのために立ち回る約束をしたのだから、その辺の補足はせねばなるまい。それに、この男の娘であれば、案外きっちり教育されているのではないだろうか。
「ま、確かに、足りぬ馬鹿にうろつかれるよりは、ここで説明した方が早かろう。が、別に商人でも職人でもないね」
「そのくらいはわかっている」
「一番多いのは、包丁人の手伝いだが、差し当たって無難なのは、この寺の下男といったところか」
それにしては、偉そうではなかったか?いや、その前に包丁人……?
「あんた、包丁なんぞ使うのか」
「刃物は得意さ」
笑えぬ冗談で返された。
「どちらにしても、俺はあの坊やの親と会う気はさらさらないし、実際に何をやっているかはそう問題でもなかろう。何なら、父親はいないことにしても良い。母親は医者の手伝いをして生計を立てている。娘も同業だな。たぶんそこでリシアを見たのだろう。リシアは気にかけてもいない様子だったがな」
それはありそうな事だ。だからこそ、あいつは必死に駆けずり回っているのだろう。
「……まぁ、父親よりも母親を重点において説明すればよいか。どちらにしても、士分ではないのだから、そう気にされないかもしれぬ」
彼らにとっては、士分か、または相応の富家でなければ、父親が商人だろうが職人だろうが、はたまた下男だろうが、そうは変わらないだろう。
「これで話は終いかね。あんたいつまでこっちにいるんだ」
「あと五日程は予定している」
あまり長期の休暇はとりづらいので、こちら方面の仕事を強引に作ってきたのだ。
「おや、そんなに。ま、せいぜい頑張りなさいよ。さ、帰った帰った」
あからさまに追い出しにかかる。
「いや、ちょっと待て。もし養子縁組するなら、私が仮親になっても良いのか?」
うっかり忘れそうだったが、乗りかかった舟だ、あいつの両親を説得するには手っ取り早かろう。
「ああ、別に良いよ。あんたの事は知っているからな」
どういう意味かはよくわからぬが、一応の許可は得た。
「じゃ、今日はこれで失礼する。……あんたに連絡を取りたいときは、この寺に預ければ良いのか?」
「そうしてくれ」
たぶん、家に直接押しかけるよりは、こちらが穏便だろう。
家人に話を聞かれることもない。
一応用事は済んだと思い、立ち上がると、奴も立って、裏、というよりそちらが本来の出入り口だろう方へ出て行った。
庭に出て履物を履いていると、早くもこちらへ回ってきた。
「おや、御見送りかね」
何の気なしに、そちらを見て、ぎょっとした。
今まで、薄暗い中にいて気付かなかったのだが。
「あんた……年取ってないんじゃないか?」
驚きすぎて、思ったことがそのまま口からこぼれる。
「どうもね。墓にしっかり名前を刻まれているのが悪いのかね」
軽く流された。そんな訳はあるまい。
私の見たところ、七年前より全く加齢を感じない。
実年齢は私よりいくつか上だったはずで、今は四十も半ばは確実だ。
それが、三十代にしか見えない。しかも、前半。せいぜい半ば。
「どういうことだ……」
薄気味悪いというよりも、全く理解できない思いでいると、
「俺にわかる訳があるまい。ま、考えても仕様のないことだ。途中まで送ってやる。とっとと歩け」
簡単に済まされた。しかしそれもそうだ。人間誰しも自己の意思で年をとっているわけではない。素直に送ってもらう。
「おや、ヨリアスさん、もう御用はお済ですか」
来たときに案内に立ってくれた僧が、声をかけてきた。
「ああ。ついでに昼餉を食ってこようと思ってね」
「そうですか。ところで、どういう集いだったんです?」
どうも、何も説明していなかったようだ。あの離れは度々使っているのだろう。
「ああ、俺の娘を嫁にほしいといってきてな」
「えっ」
若い僧は、私をまじまじと、少し非難するような目で見てくる。
「いや、この人じゃなく、一緒に若い警邏がいたろう」
「ああ、あの人。でも、ヨリアスさんの娘さんじゃ、若すぎませんか」
確かに器量良しですがねぇ、とつぶやきつつ、納得いかぬ様子。
「え、十六じゃなかったのか?」
僧の様子から少し不安になり、確認する。
「十六だよ。おい、セージさん、あんたが言ってるのはサーシャ、今回の話は上のリシアだよ」
どうやらもう一人娘がいるらしい。
僧も同感だったのか、「あ、もうお一人いらしたんですか」と合点している。上の娘は知らなかったらしい。
愛想のいい僧(名前から言えば、まだ正式には見習いのようだが)に見送られて、境内を出る。
「あんたもう一人娘がいたのか」
他に話題もないので、思ったことをそのまま言ってみる。
「ああ。こっちは十一だから、まだ誰にもやるわけにいかねーな」
年齢からすると、これは実子か、微妙なところだ。
「あんたはいないのかね」
「ちょうど男女一人ずつだ。そうそう、何ぞ土産を見つけねば」
「……あんたの方が余程子煩悩だろう……」
うっかり子供の話をしたら、あきれられてしまった。不覚。
「で、どこで飯を食うのかね」
話をそらすと、嫌な顔をされた。
「一緒に食うつもりか」
そりゃ、昔のことを思えば、飯はまずくなるが、どうにも別人に思えるようになって来た。
「別に良かろう。親戚になるかもしれんのだし」
からかい半分に言ってみる。実際、この縁談がまとまれば、こいつの娘を一度養女に貰うことになるだろう。
「まぁ、別にかまわんが。上等な服が汚れるかも知れんぞ」
そういって、案内されたのは屋台だった。
悪夢との再会。あの男自体、私にとっては悪夢のようなものだが、それと縁続きになる、ということが悪い夢そのものではないか。
しかし、人は慣れる生き物だ。あの男の異常に若い外見は、ある意味で、こいつならそういうこともあるかもしれない、と納得しやすかった。
どうも、あの男は私の認識では人間ではないらしい。
もちろん、神とは思わない。
以前なら迷わず鬼と言ったろうが、今なら妖怪だろう。
どうにもつかみ所のないところが。
読了ありがとうございます。
ちなみに最初の場面、ヘーデン君はアーベイ氏の職場に押しかけています。(平日の昼間)
そして、ヨリアスは名前を変えております。アーベイ氏が顔を見るまで気付かなかったのは、知らない名前だったからです。




