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誰でも突然かかる病  作者: ぐめら
神王暦13年
15/15

14. ヘーデン氏の気持ち

とうとう最終話!締めはやはり主人公でしょう。

……が、主人公が無自覚すぎて話が長ーくなってしまいました。

良い暇つぶしとなりますように!

 巡回を終え、部屋で報告書を書く。事件というほどの厄介ごとも、事故というほど痛ましい出来事もない、平凡な一日だ。

 平和は愛すべきだが、心中はさほど穏やかではない。

 もちろん、波乱を望んでいるわけではないが。


 報告書を書き上げ、ため息をつく。

 先生が良かったのか、字は大分整ってきたように思う。

 最初に、直し甲斐がある、何ぞと言われたのだが、全く遠慮なく直され続けている。子供に対するよりきついだろう。子供だったら逃げだすのではないだろうか。

 もちろん、こちらは無理を言って教えを請うているのだから、しっかり厳しく直していただくのみである。

 結局、ヨリアスさんの離れがあるのとは別の寺の院主が師匠だ。

 こちらは、謝礼ではなく、毎回の喜捨という形で教えを請うている。

 午前中は何かと用事があるそうで、夕刻に時間を割いてもらっている。

 勤務後に訪ねて、院主の手が空いていればいつでも良い、との事で、ほとんど毎日通っている。代わりに時間は短いが。




 「お、ヘーデン君、報告書は書き終えたか。一緒に昼でもどうだ」


 「あ、ムジカさん。それでは少々お待ち願います。提出してまいりますので」


 声をかけてきたのは、話のわかる先輩だ。いつも柔術を教えてもらっている。面倒見がよく、気さくで付き合いやすい。

 年は五つ上だが、まだ独身で、寮でも一緒にいることが多い。

 特に最近は。


 「おう。玄関でまっとるよ」


 了解の意を伝えると、上司の元へ報告書を提出する。次いで、休憩を取ることも報告する。会話は聞こえていただろうが、そういう決まりになっているのだ。




 「それで、愛しの君とは会えるようになったのか?」


 稽古の相手を頼んだ流れで、こちらの事情は大体話してある。


 「いえ、巡察の折に挨拶を交わすくらいです。後は文通で」


 「何をやっとるんだ」


 ムジカ先輩に言われるまでもなく、さすがに何の進展もないことに()れてきてはいる。が、焦ってどうにかなるようなことでもない。


 「とにかく、己を鍛えなおしております。先輩にも何かと面倒をおかけしますが、今後もよろしくお願いいたします」


 何せ、比較対象のヨリアス師匠に少しでも近づかなければ、自分でリシアさんの前に出て行くきっかけがつかめない。


 「いや、稽古のことなら、俺も相手がいるほうが嬉しいんだが。教え甲斐もあるしな。親父さんの方とはどうなんだ?」


 「…………」


 どうもこうも、相変わらず、こちらはかすりもしないで投げられている。

 さすがに体当たりはもうやめて、先輩に教えてもらった技を繰り出すのだが、気付けば体は宙に浮いている。


 「何だ、相変わらずか。まぁ、そう簡単に通用するようなら、体当たりでも当たっていただろうしな。しかし、手合わせに通い始めて、そろそろ三月くらいたつんじゃないか」


 言われてみればその通り、そろそろ秋も深まってきた。


 「そうですね。……その間の成果といえば、字が少し良くなったことと、受身が様になってきたことくらいです。……今年のうちに、せめて師匠の手の動きが見えるようになりたいと思っておりますが……」


 後三月あまり、可能だろうか。


 「それだけの手だれだと、一度手合わせ願いたいものだが」


 チラリと横目に見られても、返事は一つしかない。


 「申し訳ありませんが、自分は仲介になれません。すでにかなり御世話になっておりまして……」


 文通の許可に茶屋での顔合わせ、武術の手合わせ、書道の師匠の紹介と、一方的に世話になっている。この上こちらの都合で時間を取らせるのは、かなり心苦しい。


 「駄目か?」


 「ムジカさんにももちろん御世話になっているのですが、そもそも先輩、一度で済むのでありましょうか」


 あの目は怪しい。先輩は本当に良い方なのだが、少々血気盛んというか、強さというものにこだわりがあるというか。


 「それはもちろん、だな。手合わせしてみんことにはわからん」


 気に入ったら何度でも手合わせ願うつもりだな、やっぱり。


 「あの、先方にご迷惑はかけられないので、やはり勘弁下さい」


 そもそも、まだ口説いているところなのに、これ以上印象が悪くなるのは困る。……リシアさんがこちらをどう思っているのかは、いまだにわからないが。


 「まぁお前の気持ちもわからぬでもない、が、俺がその親父さんと手合わせをすることで、何か糸口がつかめるかも知れんぞ」


 確かに、離れて見ることができれば少しは動きがわかるかもしれないとは思った。しかし……


 「先輩、自分と休日ずれていますよね……」


 一緒に訪れることができなければ、当然その手合わせは見ることができない。


 「そうだが?ん?俺の手合わせが見たかったのか?親父さんに道場に来てもらえばいいじゃないか」


 「自分立場弱いので、それは無理かと思います」


 一年前、自分の勝手で呼びつけては駄目だと散々教えられたのだ。

 先輩の手合わせを見るには、先輩の休日に訪ねていって、巡回ついでに覗くしかないが……そもそも先輩を紹介することが迷惑になりそうで踏み切れない。


 「そりゃ残念だ。ま、気長にがんばれよ」


 言いながら、肩をバンバン叩かれた。かなり痛い。


 「そうですね。焦ったからといって、上達するものでもありませんし」


 「むしろ失敗することが多い。怪我をすればその間修練ができなくなるし、その分腕が落ちるからな。一度カンを失うと取り戻すのは生半可なことではない。……しかし、目か」


 じんじんする肩をなるべく気にしないように話を続けると、真面目な答えが返ってきた。


 「はい。自分には師匠の動きが全く捉えられんのですが、何かコツなどありましょうか」


 「そうだな……、こっちも組み手を増やすか?今までは反復練習だったからな、俺もわかりやすいように同じ技ばかり使っていたが、受身も様になってきたし、そろそろ本気で組んでも大丈夫だろう」


 「ありがとうございます」


 言われてみれば、先輩は技をかける時は、その日手ほどきいただいたものを遣ってくる。かなり気を使ってくださったのだろう。

 本格的な組み手となると、一方的に投げられるだろうが、師匠のところで慣れている。少しでも場数が増えれば、目も鍛えられるかもしれない。




 いつもどおり、公休日に寺へ行くと、サーシャさんが出迎えてくれた。

 師匠の姿はない。


 「こんにちは、ヘーデンさん」


 「こんにちは、サーシャさん。今日は師匠はお留守ですか」


 留守だとしても、サーシャさん一人が待ち受けているのは珍しい。


 「はい。父は所用で出ております。今日はヘーデンさんに少しお聞きしたいことがありましたので、お待ちしておりました」


 言われてみれば、彼女とは会話らしい会話をしたことがない。

 いつも私と師匠のやり取りを見ているのだから、何か思うところもあるのだろう。……ついでに私も第三者にどう見えているのか聞いてみるか。相手は少女とはいえ、随分しっかりしているし、何か参考になるやも?


 「何でしょうか」


 少女はいつものように窓べりに腰掛けているが、まさか並んで座るわけにもいかない。踏み石では近すぎるので、適当に離れた辺りに座り込む。


 「あの、不躾ですが、姉のどういった所がお気に入ったのですか」


 全く考えていなかった質問に、一瞬頭が真っ白になった。次いで顔に血が上ってくるのがわかる。

 言われてみれば、身内なら当然気になる点ではないか。

 別に彼女はリシアさんを気に入った理由が理解できないというわけではないだろう。きっと、リシアさんと大して交流もないのに嫁に欲しいという私が理解できないのだ。

 しかし、それに対する答えというのも、かなりあやふやなのだが。


 「リシアさんを嫁ごに欲しいと思った理由、でいいですか?」


 「はい。……本当は、お二人の問題に口出してはいけないと言われているのですが」


 きっとそう言ったのはヨリアスさんだろう。……それで私の修練に付き合ってくれていたのか。邪魔はせずに。


 「いえ、別にかまいませんよ。えー、理由というか。リシアさんを見かけたのは、自分がこちら(カダッテ)に来て二、三ヶ月だったかと。巡回中に怪我人を病院へ連れて行ったときに初めてお会いしたと記憶しています。リシアさんはたぶん怪我人の方に気が行って、自分のことは覚えていないとは思いますが。それからもちょくちょく病院へ行くたびにお見かけして、気付いたら惚れ込んでいたんです。彼女を嫁ごに貰いたい、と」


 今までそんな風に思う女子(おなご)などいなかった。彼女が初めてだ。

 笑顔、仕草、何もかも、私を捉えて放さない。


 「まあ。それじゃあ、一度も会話したことはなかったのですか?」


 「……そうですね。最初に求婚に伺ったときは、名前しか知りませんでした」


 そして門前払いを食らった。


 「えっと、最初、ですか?何度もされてるのですか?」


 「二度ですが。一度目は玄関先でヨリアスさんに追い払われましたので、ひょっとするとリシアさんもご存知ないかもしれません。二度目は、えー、茶店で、あー、ヨリアスさんも同席されていましたが、その、別れ際に、つい」


 そして投げ飛ばされた。


 「ついって。衝動で求婚なさったんですか」


 痛い思い出に気を取られていたら、何やらよろしくない言葉が口をついていたようだ。


 「あ、いや、衝動というか、リシアさんを目の前にすると、言いたくなったのです。それに、やっと会話ができて、我ながら舞い上がっておりましたので。あの機会を逃すと二度と面と向かって求婚できないような気がしまして……」


 後のことを思えば、もう少し親しくなってから求婚すべきだったのかもしれないが、あの時点では実家の許可も得て、気が急いていたというか。いや、どうせ自分にはそういう計画的な行動は取れなかっただろう。どちらにせよ、あの時はあのまま別れていたら、文通しか手段はなく、手紙で求婚した場合、リシアさんも返事に困ったかもしれない。……むしろ返事をもらえなくなった可能性もある。


 「まあ。……本当に、姉様のことを思ってらっしゃるのね。かなり直感のような気もしますけれど。どうされますか」


 何となく遠くを見ていたら、サーシャさんが小さな声でつぶやいた。

 何だろう、と思ってそちらを見ると。

 戸に少し隙間を開けてある。その中へ向かってサーシャさんが話しかけている。誰か中にいたらしい。まさか師匠ではないだろう。

 ひょっとして、リシアさんが。

 聞いていたのか?

 いや、聞かれて困るようなことは言っていないが。以前手紙に書いたようなことばかりだ。……いや、一度目の求婚の話は書いていないか。

 一人頭の中で舞い上がったりうろたえたりしていると、すらりと戸が開いた。見覚えのない上品そうな女性が現れる。

 いや、どこかで見たような?


 「失礼いたします、ヘーデン様。私はサーシャとリシアの母親のイェナでございます。騙すようにお話を伺っていて申し訳ありません」


 成る程、リシアさんと似ているのだ。


 「え、いえ、あの、初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


 そういえば、父親たるヨリアスさんとは交流していたが、母親とは初対面だ。……アーベイ先生がおっしゃっていた通り、リシアさんしか目に入っていなかったらしい。


 「初めまして。こちらこそ初対面がこのような形となって失礼いたしました。今日こちらへお出でになると娘に聞きましたので、少しお尋ねいたしたいことがございまして、このような仕儀となりました。ご容赦くださいませ」


 非常に丁寧な言葉遣いで言って、母親……イェナさんは頭を下げられた。父親がアレなので、イェナさんの態度には違和感を感じる。少し考えて、そういえば身分が違うのだったと思い当たった。


 「あの、頭をお上げください。後、できればもう少し気安く話してくださると、私も気が楽なのですが……」


 何というか、ものすごく他人行儀(他人なのだが)に感じて、リシアさんと雰囲気が似ているだけに、少し……寂しく感じる。

 それとも、親戚になる気はない、という意思表明なのだろうか。


 「はい。それではお言葉に甘えまして。質問してもよろしいですか」


 あ、少し砕けた口調になった。少しほっとする。実家を出てからあんな鯱張った言葉(きっちりしたけいご)で話されたことがなかっただけに、こう、緊張して体に余計な力が入ってしまった。


 「ええ、何なりとどうぞ」


 それでもリシアさんに関することだろうと、別の緊張感はある。

 窓べりにはサーシャさん、窓際にイェナさん、そして私は地面に直に座り込んだまま、話を伺う。


 「ヘーデン様は、今おいくつですか」


 「二十四です」


 「お生まれは?」


 「ココス島のターシャンです。が、こちらの仕事につきましたので、エミーシャ島に骨を埋む覚悟です」


 尤も、上から移動命令が出てはどうするかわからないが。


 「お(いえ)は士族様ですよね。よろしいのですか?」


 「自分の生家は下級騎士で、跡取りは兄が立派に務めておりますし、自分は三男なので、好きに生きる許しを得ていて自由です」


 実際のところはさじを投げられたに近い気もするが、家はすでに兄が継いでいるので戻らねばならない理由はない。

 自分の言葉を頭で確認して頷いていると、イェナさんは何か探るようにじっと見つめてきた。

 少し間が空く。


 「ヘーデン様は、結婚がしたいのですか?」


 今更な質問に、首をひねる。私がリシアさんに求婚していることを承知の上での質問だったのではないのか?


 「もちろんです。けっして遊びではありません」


 身分差があるから、冗談で声をかけていると勘違いされたのだろうか。

 内心少し憤りながら、真面目に答えると、それがわかったのか、軽やかに謝罪された。


 「あら、ごめんなさい。ヘーデン様が真面目な方だというのはわかっているのです。今の質問はそういう意味ではなくて、何か結婚を急がれているのでしょうか、と伺いたくて」


 ?別に全く急いでいるつもりはないのだけれど。


 「いえ、先程言ったとおり、実家からも自由にしてよいといわれていますし、極端な話、結婚しなくとも全く問題ありませんが」


 「そうなのですか?夫には、突然リシアに求婚した、と聞かされましたので、何か結婚せねばならない理由でもあるのかと思ったのですが」


 「あの、どういうことでしょうか」


 突然求婚したから、結婚を急いでいる?……あ、手順を踏まずに結婚したがっているということか?


 「リシアはまだ十七です。結婚について大して考えたこともないでしょう。あの娘にはまだ早いのです。ですから、もしご結婚なされたいのでしたら、誰か他の方に当たられたほうがよろしいかと思いまして」


 確かに、リシアさんの年齢について何も考えていなかった。

 いや、しかし。


 「いえ、自分はリシアさんと結婚したいのであって、他の方はどうでもいいのです。ただ、その……、何と声をかけるべきかは、考えておりませんで、つい心のままに求婚してしまいまして」


 ……これでは求婚が間違いのようにも取れるが、あの時の心境は「心のままに」としか表現できない。

 つい目線を泳がせていたら、小さな笑い声が聞こえた。

 そちらを見れば、親子で笑っている。

 そういえばつい先程、サーシャさんにも似たようなことを言った覚えが。

 何となく気恥ずかしくなって、顔ごと視線をそらした。


 「ヘーデン様が心からリシアを迎えたいと思ってらっしゃることはわかりました。ただ、お気づきかと思いますが、リシアはまだその気にはなっておりません。いつ結婚をするか、相手に誰を選ぶか、全く考えた事もないようですから、果たしてヘーデン様に応えるかどうかもわからないのです。それでもリシアでよろしいのですか?」


 もちろん、待たされた挙句他の男の元に行く可能性もあるだろう。……考えたことはなかったが。


 「いえ、リシアさんがよいのです。まだ幼いとおっしゃるなら待ちます。足りないところがあれば、足るように努めます。自分が結婚したいと思った女性はリシアさんだけなのです」


 「もしかして、初恋なのですか?」


 思わず拳を握ってイェナさんに力説していると、それまでおとなしく二人のやり取りを見ていたサーシャさんが、首をかしげながら言った。


 「今まで女性に執着したことはありませんでした。リシアさんをお見かけするまでは。恋とは、このようなものなのですか?」


 随分年下の少女に訊ねる内容ではないかもしれない。

 案の定、サーシャさんは小首をかしげている。かなりしっかりしているこの少女もまた、まだ恋はしたことがないのだろう。

 答えをくれたのは、イェナさんであった。


 「そうですね。愛は育むものですが、恋は突然やってきます。それまでなんとも思っていなかった相手であっても、何かをきっかけに突然に。本人にもわからない理由であっても、一度恋に取り付かれてしまえば、それ以前には戻れない。そういうものですわ」


 「恋は突然襲ってくるのですか」


 取り付かれるというと、妖怪のようなものか?


 「そんな、夜道に背後から辻斬りでもあるまいし。避けられないものなのですか?」


 私とサーシャさんの、後から思えば頓珍漢な発想に苦笑しつつ、イェナさんは言った。


 「誰にも逃げられないわ。突然かかる病のようなものだから。目に見えないものは避けられないし、どれだけ頑健な人も、かかるときはかかるのが病というものだもの。サーシャ、恋を避けて生きていくの?」


 「いいえ、取り付かれるというのは、何やら不健康な響きがしましたので……、ない方が良いのかしらと思いました」


 少し考えながら答えるサーシャさん。

 確かに、現在の私が「恋」に取り付かれているのならば、少し以前とは変わってしまったのかもしれない。

 私はこんなに、努力に結果を求める者だったろうか。

 ヨリアス師匠の動きを捉えられないからといって、自分に「焦るな」と言い聞かせねばならないほどに焦る必要があったか。

 もっと、私は気の長い方だと思っていた。

 そう思えば。


 「確かに、恋情など覚えない方が良いのかもしれません」


 そんな言葉が飛び出る。

 このままでは、いつかリシアさんを傷つける日が来るのではないかと恐ろしくなる。


 「いいえ。私は、ヘーデン様がリシアに恋をしてくださって、嬉しく思いました。私の娘が認められたということですもの。ヘーデン様はどうして否定されるのですか?」


 優しい声で、なだめるように促され、今しがた思ったことをそのまま言葉にした。


 「そうですね、何か()いておいでだと思いました。時間がかかると何か困ることがあるのですか?」


 そうだ、そもそもヨリアス師匠に追いつくには時間がかかると、随分前にわかっていたはず。今頃何をあせっているのか?

 何か変わっただろうか?

 考えながら、何か聞こえて、ふと視線をずらす。

 枯葉が風に寄せられてこすれ、乾いた音を立てていた。


 「時間が、かかりすぎては……」


 我知らず、つぶやきがもれる。

 目は、枯葉に向いたまま。耳はただ、風の音を聞く。


 「彼女が、誰かのものになるかもしれない」


 そうか、それであせっていたのだ。私にとっての唯一。


 「ヘーデンさん、求婚なさってまだ三月ほどよ?」


 「いえ、最初の求婚はその一年前でして……、実家とのやり取りをしているうちに、一年経ってしまいました」


 サーシャさんの声に我を取り戻し、そういえば言っていなかったと答える。


 「まあ。……ココス島、遠いですものね」


 やり取りの内容については聞かずともわかるのか、流される。私もリシアさんの身内にはあまり言いたくはない。跡取りでもないのに親が身分違いを理由に反対したなどとは、否定的な印象しか与えないだろう。

 察されている時点で同じかもしれないが。


 「一年前というと、リシアは十六歳ですよ。子供から娘になったばかり。今でもまだ男女のことは頭にない晩生(おくて)の娘ですから、中身はまだ子供なのでしょう。あの子に合わせて、ゆっくりとお互いに歩み寄ってゆけば、大丈夫なのではないかしら。そうしてくだされば嬉しいわ」


 ゆっくりと。

 時間があるというのなら、もちろんそうしたい。


 「ああ、今のお二人は、ヘーデンさんがすごい勢いで寄ってきたから、姉様びっくりして逃げ腰になっているってところなのね」


 ……サーシャさん、独り言はもっと小さな声で願います……。でも貴重な情報を有難うございます……。

 自分でもそのような気はしていたが、やはりリシアさんは逃げ腰か。

 思わず右手で両こめかみを抑えていると、イェナさんが苦笑い。


 「逃げ腰だとしても、きちんと認識しているのだから大丈夫ですよ。逃げ出してはいないですしね。私の知る限りは、あの子の周りにそういった男性は一人もいないようですね。お医者様は皆さん既婚者だから全く眼中にないようですし、近所の子達は、きっと子供の頃の印象が強くて、いつまでも「子供」だと思っているようですし。あの子はおとなしい子だったから、気が合わなかったみたいですね。お友達はみんな女の子ですから。これから現れるのなら、近所の子達も大人になったのだとリシアが認めるか、お友達の兄弟関係かしら。そもそもあの子の好みがわからないからこれ以上はなんともいえないわね」


 最初のうちは私への慰めかと思ったが、次第に怪しくなる。


 「姉様の好きな男性は、父様よ」


 小首を傾げるイェナさんに、サーシャさんが一言。

 あぁ、確かにそうでしょうとも。


 「そうなの?それならヘーデン様も可能性はありますよ。夫と中途半端に似ているよりも、全く似ていない方のほうが受け入れやすいと思いますから」


 「え?そういうものですか?」


 いまいち理屈がわからない。が、全く似ていないのは確かだ。


 「ええ。似ていれば、それは偽者のようなものですから。心の隅で、いつも似ていない点を数えて不満に思ってしまいますけれど、最初から似ていなければ、似ていないのが当たり前ですからね。似ているから選ぶだなんて、そんな失礼なことのできる子ではありません。選ぶなら、その人自身を見つめるはずです」


 わかるようなわからぬような。


 「母様はヘーデンさんのお味方になるの?」


 そういえば、かなり親身になっていただいて話し込んでいるような。


 「そうですね。お話していてお人柄もよろしいし、リシアのことを本当に想って下さっているようですし。お父様もお気に入りのようですしね」


 え?


 「あの、ヨリアスさんは、ターシャン人は嫌いだと……」


 「それとこれとは別ですよ。ご友人にも何人かターシャンの方がいたはずですし、気に入らなければ、こちらで手合わせなどするような人ではありませんから」


 そうなのか?……そうかもしれない。

 そもそも気に入らなければ、リシアさんと相席する機会も与えてくれたはずがない。


 「そのことも考え合わせれば、ヘーデン様がリシアを娶ることはかなりあり得るのではないかしら」


 「ああ、父様が気に入った人ならってことね」


 それは何というか、リシアさん自身に気に入ってもらいたいところだ。


 「とにかく、あの子はゆっくりとしか動けないので、ヘーデン様も焦らなくて大丈夫ですよ。あの子を見守るくらいの心持でいらしてください」


 顔に不満が出ていたのか、苦笑気味にイェナさんが言った。


 「はい。……しかし、ゆっくりといっても、現在も文通くらいしかしておりませんが」


 「ヘーデンさん、数が多いのよ。姉様話の種に困っているもの……あ、これも言っちゃ駄目なのだった」


 やはり、手紙は少し負担になっていたのか。しかし。


 「しかし返事をいただけると、きちんと見てもらえた気がして、つい色々と書いてしまうのです……」


 何せつながりがそこにしかないから。


 「でもお返事を書くのが嫌になったら、ヘーデンさんのことも嫌になるのではないかしら」


 しまった、それは考えていなかった。


 「……半分くらいの頻度にします」


 「急に減ったら変な誤解とかしそうよね、姉様は。私から伝えておいてよろしいですか?」


 「ええ、お願いします」


 何だかがっくりきた。

 確かに、あれだけ頻繁に手紙が来れば、負担になるだろう。思い至らなかった自分がどれだけ浮かれていたのか、焦っていたのか思い知る。

 ため息をつきながら地面を見ていると、サーシャさんの小声が聞こえてきた。


 「ねえ母様、姉様が誰とも結婚しないという選択もあるのではないでしょうか。お仕事なさっているし、一人でも生きてゆけますでしょう?」


 サーシャさん、お願いだから、私がいなくなった後でそういう相談をしてくれないか……!!



読了有難うございました。

これにて、「誰でも突然かかる病」は閉幕です。

……つい、話の最後は落としてしまう悪い癖。しかも微妙。副題の落ちではありませんよ!?

最終話はこの物語中最大文字数となっております。前後編に分けた12・13話を合わせたよりも長く、分けることも考えたのですが……、適当星人(さくしゃ)はここで「ま、いっか」を発動。後半は会話文ばかりですので読むのは楽かと思います。が、なかなか落ちをつけられずに迷走致しました。

拙文、駄文ではございますが、何かの糧、ヒントにでもなれば嬉しく思います。

最後まで御付き合い、真に有難うございました。

尚、まだまだ暇が余っているという方は、活動報告のほうに蛇足な解説がございますので、よろしければそちらもご覧くださいませ。

※解説は、シリーズ「小説の裏。」にある「自己満足設定集」に移動しています。

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