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誰でも突然かかる病  作者: ぐめら
神王暦13年
14/15

13. サーシャの考察

サーシャちゃんによるヘーデン氏観察記後編。 (前編あらすじ:ヨリアスにこっぴどく投げられ何か思うところのあるヘーデン氏。……あらすじ?)

良い暇つぶしとなりますように。

 「あの、師匠」


 やっぱり、今日のヘーデンさんは少し変に思う。いつも以上に緊張しているというか。

 ヘーデンさんの呼びかけに返答はない。きっと目線だけで促している。

 

 「師匠はどちらでこの合気術を身につけられたのですか」


 「そりゃ、実家近くの道場だよ」


 「これ程の腕前になられるのに、いかほどかかりましたか」


 「十七でかじり始めて、今までかかってるね」


 「では、二十年ほどですか……」


 何か暗いお声。あ、そうか。父様を超えるのにそんなにかかっちゃったら、姉様を御嫁様にするのは無理だから落ち込んでいるのか。


 「んん?どちらかといえば三十年だよ。ま、あまり真面目ではなかったがね。まともに鍛錬したといえるのは、そうさな、二、三年か。あとは忙しかったことだし」


 「え、師匠御いくつですか?」


 「今年は四十四だな。なんだ、アーベイさんに聞いていないのか?」


 「はい。……お若いですね」


 ヘーデンさんはずいぶん驚かれたようだけれど、父様は鼻で笑っただけだった。

 そういう態度を取るから、余計に若く思われるのではないかしら。

 私たち家族に接する時は、もっと落ち着いていらっしゃるのに。


 「で、君は何が聞きたいのかぇ」


 あ、何かあの緑色が見えそうな声。きっと察しはついているのにわざと訊ねている。父様は時々意地悪なのよね。


 「あ、はい。この調子で手合わせ願って、免許か、せめて目録くらいの腕前になるのに、いかほどかかりましょうか」


 「免許ねぇ。あ、先に断っておくが、どれだけ腕が上がっても、そういった免状は出してやれんよ」


 「何故(なにゆえ)ですか」


 「俺が免許を貰ってねぇからさ。出す資格がない」


 「ええっ、それだけの腕前なのに」


 私も驚き。


 「故郷を出たのが貰う前だったからねぇ。だから、あんたを弟子にとることもない。これは最初に断ったはずだね」


 「はぁ、確かに」


 弟子じゃないのに、師匠って呼んでいたのね。どおりで、最初の紹介の時に、稽古をつけているではなくて、投げられに来る、だったわけだ。


 「で、まぁ、一応目安は目録として、どうだかねぇ。今のままじゃ、受身だけ上達しそうだね。せめて俺の動きが見えるようにならないと。目録は、俺の手を避けられるくらいかな。免許が俺と同等だとすれば、投げ返せるくらい、になるか。あんたに俺と同程度の才覚があったとして、目録に五、六年か。いや、剣術の下地を考慮すれば、もう少し早いかもしれんが……」


 「やはり、それくらいはかかりますよね……」


 あら、ずいぶん時間のいるものなのね。私には無理かしら。


 「いや、俺は別に、それだけを毎日鍛錬していた訳ではないからな。あんたのように、月に六日と自己修練を毎日できたわけではない。まぁ、けんか慣れはしていたがね。それで目録まで、十年程かかってるね。あんたの場合は、気組みはできてるが、組み手になれてないから、まずそこだろうね」


 「組み手、ですか」


 「受身と一緒に、組み手の訓練をすれば、もうちっと習熟にどれ程かかるかの予想がつくようになるかね」


 「そうですか。……やはり、体当たりでは、上達しませんか」


 あの突撃について、誰かに何か言われたのかしらね。


 「まあね。あれじゃあこちらの動きは見えんだろう?」


 うっと、詰まったような声。私は離れて見ていてもあまり見えないけれど。


 「避けられた方向くらいしかわかりません」


 「どこを取られたかは?」


 「皆目。予告があってもよくわかりませんでした」


 「ま、それが合気術の特徴かもしれんな。柔術でもそうだが、結局、投げるのに使う力のほとんどは、相手の勢いであって、かける方はただ相手の力の向きを自分の望む方へ流すだけだ。極端な話、足引っかけて転がすのも、腕を取って背負い投げするのも同じ事をしているわけだ」


 本当に極端な例ではないかしら。

 しかもよくわからないわ。やったことないもの。


 「そうなんですか?」


 「ああ、あんた柔術も初心者だっけね。足を引っかけるのはわかるよな」


 「ええ、それはもう」


 確かにヘーデンさん、ここで散々転がされていたわ。


 「背負い投げは、見たことくらいあるか?」


 「はい。投げられたこともあります」


 「だろうねえ。で、だ。背負い投げの手順だが、衿や腕を取って、懐へ入り込み、身体を伸ばす。これを相手の勢いに合わせてかければ、相手は前へ飛ばされることになる。ここまではいいな?」


 「はい」


 「相手が投げられることを警戒して踏ん張ったりすると、自分の力で持ち上げて投げることになる。まぁそれでも、懐に潜り込めば、持ち上がらんこともないがね、これははっきりいってまずいやり方だ。第一に時間がかかれば反撃される。第二に疲れる。さて、これで共通点がわかるかね」


 足を引っかけるのと背負い投げの共通点。


 「相手の勢いが激しいほど、打撃も大きくなります」


 「そういうこった。逆の言い方もあるがね」


 「逆、ですか。相手の勢いが弱ければ?いや、相手が止まっていては、技が出せない、ということですか」


 「そう。同じことだろう?ま、背負い投げの方が手順が複雑な分、一度体勢が整ってしまうと、そうそう抜けられんわけだ。足を引っかけるのは、見えてさえいれば簡単に避けられるがね」


 「いえ、避けられませんでした」


 本当、ヘーデンさんて素直な人ね。確かにあっさりと引っかかっていたけれど。


 「そりゃあんたの性格の問題だな。勢いづいたら、途中で止まれないんだろう。それに、受身の訓練と割り切っていたろう」


 「ええ、まぁおおむね。それでも一応、引っかからぬよう気をつけたのですが」


 「もちろん、それで飛び掛ってきていたら、俺は避けただけだがね」


 そうでしょうとも、と小声で聞こえる。独り言でしょうけど、丸聞こえだわ。


 「それに動きが直線すぎる。変に回りくどいよりはいいが、それにしてもねぇ」


 「すみません。慣れておりませんので、ついくせで」


 「だろうね。普通は、何とか隙を作らせようとこまめに動いたり、踏み込みの勢いを変化させたりするもんだが。今度やってみるかぇ」


 「いえ、余計に不安定になりそうですので、もっと要領を得てからにします」


 「そうだね。まぁ引っかからんと思うが」


 ええと、つまり、ヘーデンさんがそこそこ上達して、突っ込むだけではなく、誘いをかけてきたとしても、父様にはそれに乗らない自信がある、と。

 直線が駄目で、これも駄目。じゃあ、どうすればいいのだろう。

 ヘーデンさんも同様に思ったのか、父様に、そんな顔しなさんな、とたしなめられている。


 「初めのうちは通用するわけないだろう。そのうち上達するかもしれんのだから、とりあえずやってみな」


 それもそうよね。お料理だって、最初から上手に作れるものではないもの。だからといって、下手だからしないでいると、一向に上達しない。とにかく数をこなして、体で覚えないことには。


 「はい。精進いたします。ところで、あの、体当たり以外にかかり方が思い当たらないのですが、どうすべきでしょう」


 少し間が空く。きっと呆れきったような目でヘーデンさんを凝視しているわ。あの表情、いたたまれなくなるのよね。


 「すみません、馬鹿で」


 あらまあ、落ち込んじゃったのではないかしら。


 「いや、そりゃ知っているがね。とりあえず、柔術の組み手を鍛えてみちゃどうかね。とっかかりにはなるだろ」


 「はい。そうします。つまり、勢いをつけて寄せるのは、あまり得策ではないということですね」


 「まあね。そのくらいとっくにわかっていたろう」


 そうよね、勢いが強い方が強く飛ばされる、という答えは、以前に出していらしたもの。わかっていてあれだけ突っ込めるのは大した根性よね。


 「はい。それでも他に仕様がなかったものですから。あの、手加減というのはどのようにして加えておられるのですか」


 何だか今日は、積極的に質問している。きっと父様がそれを許す雰囲気を作っていらっしゃるのね。いつもは休憩中は顔を合わせないし、終了後はとっとと出て行けと言わんばかりに背を向けるもの。


 「あんたは勢いが強すぎるからね、体を浮かせてから、逆方向に力を加えるのさ。一瞬くらいは宙で止まってるかもしれないねぇ」


 「はぁ。それでも一間飛ばされるのですね」


 「あれはね、本当なら地面に叩きつける技さ。下に向ける力を横に向けるとああなる。本来の形は、今日やったのと大体同じだね」


 「後の二種類も、やはり基本は地面に叩きつけることですか」


 「そうだね。それも、頭をね。運が良くて脳震盪を起こすわけだ」


 「それを、足から落としていたんですか。器用ですね……」


 「そりゃ、せめて板間の道場ならまだしも、こんな地面じゃ命に関わるからね。受身も稚拙だし」


 「御心遣い感謝いたします。しかし、そう簡単に思い通りに落とせるものなのですか」


 「慣れの問題だね。後は、あんたの場合は素直にこちらの流れに身を任せているから、失敗が少ない。変に抵抗されると、中途半端なところで落ちていたかもしれないが。もちろん実戦であれば、抵抗して急所から落ちるのを防がにゃならんがね」


 稽古は終わりといっていたけれど、講義をするつもりのようだ。


 「抵抗ですか。やはり柔術の組み手で訓練になりますか」


 「なるね。あんたはまず目を鍛えるべきだしね。剣術の試合でもいいんだが、あんた目録もちだったな」


 「はい」


 「相手がそれ以上の腕を持っていないと危ないな」


 「そうですか。どちらにせよ、組み手ですね。何か一人でもできるような訓練はありませんか」


 「どうかねぇ。受身の訓練は続けなさいよ、まだ余地があるから。他は、柔術か棒術の型でも習ったらいいんじゃないかね」


 「はあ。あの、やはり師匠には教えていただけないわけですか」


 当然の疑問よね。


 「俺は手合わせをするだけさ。後はあんたに足りない所くらいは教えてやるがね。技を盗むのは自由だが、教えるつもりはない。以前にも言ったね」


 言っていたけれど、どうしてかしら。免許皆伝ではないから?


 「伺いました。教えていただけない理由を伺ってもよろしいでしょうか」


 「我流だからさ。基礎ができていないところに、俺のような適当な型を覚えても、実際の役に立つかどうか怪しいもんだ。基礎ができていりゃあ、参考にして自分のやりやすいようにできるだろうがね」


 そういうものかしらね。でも、私には型を教えてくださる約束だけれど。


 「そうですか」


 ヘーデンさんは納得したみたい。


 「ま、我流がすぎて、免許までいかなかったところもあるかね。修行も足りていなかったろうが。さて、ヘーデン君、体調におかしなところはないかぇ」


 突然話が変わる。もう戻ってもいいかしら。

 部屋を覗くと、ヘーデンさんは立ち上がって、体調を確認しているところだった。父様はそれを真剣に見守っている。


 「特におかしいところもないようです」


 「たんこぶなぞできていないか?」


 頭を探っている。触るまでわからないことあるものね。


 「大丈夫です。怪我もないようですし。左肩の辺りがまだ少し痛むくらいで、たんこぶほどのものはありません」


 頭は打たなかったようだ。けれどその割に、なかなか起き上がれなかったようだけれど。


 「そりゃ良かった。まぁ骨折はしていないだろうが、受身の練習をする時は、しばらく左肩をかばった方がいい」


 「はい。そういたします」


 「じゃ、今日はこれまで。一応安静にしときなさいよ」


 「え、あ、はい。有難うございました」


 終了の宣言をされて、少し物足りない様子だけれど、それ以上、特に何も言わずに挨拶して帰っていった。

 ヘーデンさん、立場弱いものね。ひょっとしたら、父様の性格を踏まえた上での判断かもしれないけれど。

 めったに前言を翻さない方だから。




 「父様、お伺いしてよろしいですか」


 「何だい」


 「基礎が何もないというのは、私もヘーデンさん以上にそうだと思うのですが」


 ヘーデンさんには、我流だから教えないとおっしゃっていた。


 「ああ。もちろん私も基礎はちゃんと覚えているから、その型を教えるつもりでいるよ」


 あら?


 「ヘーデンさんは駄目なのですか?」


 「あまり向いてなさそうだしね。それに、流派を教える訳にいかないからね。お前にも流派は教えないよ。基本の型だけだ」


 「どうしてですか」


 「新政府の奴らにはあまり覚えめでたくない流派なのさ。そろそろ忘れられているかもしれないが、一応念のためにね」


 「そうですか」


 細かいところはよくわからないけれど、それなりの理由があるようだ。


 「ヘーデンさんへの意地悪というわけではなかったのですね」


 空気が少し重くなったので、軽口を叩いてみる。


 「ふふ、それも少しはあるやもな。からかいがいのある人物であるし」


 「あまり向いていないというのは?」


 「彼は何事も猪突猛進という具合で、どちらかといえば力押しを得意とする。相手の力を利用するのは苦手だろう。それよりは柔術で呼吸を計って、相手の隙を突くやり方がまだ身につくだろう」


 「まあ。そういうものなのですか?では父様がお教えにならないのは親切ですか」


 「実際は、やってみなければ向き不向きはわからぬものだがね。お前に教えるのは、小さな力で大を制するのに向いた技だからだよ」


 確かに、父様の説明では、相手の力を利用して投げたりしているのだから、非力な私でもつかえる理屈になる。


 「はい。それで、いつから始めてくださいますか」


 「じゃ、今からやってみるかね」


 「はい。よろしくお願いいたします」


 父様に何かを習うのは久しぶりだ。


読了有難うございます。

完全他人事サーシャちゃんは、ツッコミ要員ですね。内心では父親にも結構容赦ない?

ちなみにヨリアスは結構嘘つきさんです。後ろ暗い(?)過去がありますから。

いい加減ご承知おきとは存じますが、例によって嘘八百武術談義が行われております。(以下略)

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