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嘘つき魔王  作者: 氷純
魔王と世界 魔王は世界 魔王の世界
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六十四話 風狸

 蛇姫がわずかに後退して魔力を集め、臨戦態勢をとった。

 私に逃げる意志が無くなったのを敏感に察したらしい。


「死が決まっても、まだ抵抗するとはの。守る仲間もおらぬのに必死になってどうするのじゃ」

「誰かを巻き込んで戦うのがそんなに高尚な事なの?」


 蛇姫に答えながら、私は身に付けていた皮袋を捨てる。

 今から死ぬんだから必要ない。あるだけ邪魔。

 戦闘に使える小道具が入っている皮袋を残して当たりにばらまく。


「ただただ群れてるだけのお前等がどんなに無力か、これから教えてあげるよ」


 水筒の水を飲み干して蛇姫に放り投げる。

 それが戦闘再開の合図になった。


「ほざくな張りぼて魔王めが!」


 言葉と共に蛇姫が地面を疾駆する。鱗代わりの人の手が地面を撫でるようにしてその巨体に推進力を与えている。

 私は風を纏って右に飛び退く。

 私の力量では球形魔法陣と併用して他の魔法陣や詠唱を使えない。使えるのは魔力を直接使う瓦礫ガトリング等の単純魔法やあらかじめ彫ってある魔法陣を用いる岩テント等だ。

 リンド・クライツェン達を足止めしている影法師は球形魔法陣によるものだから私の直接的な攻撃手段はせいぜい瓦礫ガトリングだけ。

 立て続けに突進してくる蛇姫を避ける。

 それをみて確信した。蛇姫も私にかけた毒の魔法を解けず、魔法を封じられた状態なのね。

 強風を纏って逃げ回る私は落ちている兜や武器を巻き上げていく。

 私と蛇姫の戦いに飛び込めずにいる騎士に向けて、ヒダル神を受けて倒れている持ち主を吹き飛ばす。

 倒れている騎士をあらかた片付けると足の踏み場が確保できた。


「お掃除は終わりっと」


 ゴミが多くて嫌になっちゃうね。


「埒が明かぬ。ベリンダよ毒の維持を頼む。我は魔法を解くぞ!」


 騎士が巻き添えになる心配が薄れたからか、蛇姫が毒の魔法を解いて水の魔力を集めだした。

 私はリンドやトンボ達の位置を確認して蛇姫を挟める位置に回り込む。

 常に強敵と一対一に持ち込まないと不意を打たれる恐れがある。

 皮袋から岩テント用の丸い石を取り出す。

 蛇姫の魔力量からして、この魔法陣を使わないと防げないだろう。

 蛇姫が集めた水の魔力で円形魔法陣を正面に構築し、詠唱を開始する。

 その魔法陣を読み取れば沸騰水を使った魔法だと分かる。


「それは火を呑み沈める覇者。飲んで鎮めよ、水流のアギト!」


 蛇姫が魔法陣を発動させるのを冷静に見届けながら、岩テント展開、V字型の岩壁が私の前に出現した。

 蛇姫の放った水魔法は熱湯の鉄砲水、触れたら火傷は免れない。

 私に止めを刺すのは人間に任せると言ってたのは本気らしい。だけど、代わりに重傷狙いというのも容赦ないね。

 蛇姫の後ろで最後の影法師が消えた。術者の私が離れすぎたせいだろう。

 手の開いたトンボが空に飛び上がる。


「つまんねえ魔法をちまちま連発しやがって」


 トンボが槍を背中に担いだ。あの姿が二つ名の由来なのね。

 槍に描かれた菱形の魔法陣が光る。

 地上ではカマキリとか言う女が大鎌を肩に担いで走ってくる。

 蛇姫が水魔法で私の足止めをしている内に囲むつもりか。

 出し惜しみをしている暇はなさそうね。

 腰に下げていた大きめの皮袋の口を開けて丸く削った木を取り出し、空に放り投げる。

 岩テントと同じように球形魔法陣を刻んだボール状の木が十個、空に浮かぶ。

 それに風と水の魔力を素早く込めて、詠唱を始める。


「飛べ、飛べ、はしゃげ。空を舞え、飛ぶ鳥落とす勢いで」


 詠唱が進むに従って丸い木を頭にしたムササビが形成される。


「さぁ、飛べ。風狸!」


 名前を呼ばれた途端に空を飛び回る十匹の風狸。

 トンボは舌打ちして避けている。それを見上げて私は笑いをこらえた。

 実はあれに殺傷能力はないのだ。ただ飛び回るだけ。勢いのある詠唱は虚仮威しよ。

 頭にある丸い木が核でそれを壊さない限り自己修復して飛び回る。

 『ひたすら目障りであれ!』がコンセプト。

 そうこうしているとカマキリがすぐ近くまで来ていた。大鎌が振り抜かれる。

 物理的な防御は効果がない、物質を自在に素通りする大鎌。

 ヒダル神を構成する暇はなく、私はしゃがんで鎌の下を潜った。

 下手にこの場を動くと岩テントの壁からはみ出て、蛇姫が発動させ続けている水魔法の餌食になる。

 しゃがんだ体勢のまま、風魔法で加速した足払いをかける。

 上に軽く飛んで足払いを避けたカマキリが私の胴を切り払うべく大鎌を薙ぐ。

 地面の上で前転してカマキリに肉薄し、体のバネを利用して伸び上がる。


「持ち主は素通りしないでしょ?」


 彼女の顎を狙い裏拳を放つ。

 素人の私でも風魔法を使い、拳が砕けるのを覚悟でやれば脅威だろう。

 かなりの速度で繰り出したにも関わらず、仰け反ってかわしたカマキリは流石だ。

 しかし、私にとっては十分な隙が生まれた。


「星になーれっ!」


 言葉が終わる前に円形魔法陣が足下を飾り、カマキリが空に打ち上がった。私の掌握範囲である二十メートル上空までの旅を楽しんでね。

 その後は落ちるけど。


「カマキリ!? あのバカ!!」


 花火よろしく小気味良い風切り音を残して空高く進んで行く相棒に慌てたトンボが追いかける。予想通りの展開だ。

 それを確認した私は素早く次の行動に移る。

 円形魔法陣を消し、球形魔法陣を展開。


「お邪魔虫、ぬりかべ」


 水晶の壁が蛇姫の水魔法を防ぐ。入れ替わりに岩テントの核を回収し他の三個の核と一緒に土の魔力を込めながら空に打ち上げる。


「トンボ、避けろ。罠じゃ!」


 蛇姫が気付いて叫ぶ。風狸が飛び回る音で聞こえないと思うよ。

 トンボが自分達の周りに魔力レールが敷かれているのを発見して、槍を前で交差させた防御姿勢を取る。

 私は彼らを指さして満面の笑みを浮かべ、言う。


「墜ちろ、イカロスもどきめ」


 岩テントが発動しトンボとカマキリを内包する。閉じ込めに成功した。

 そして、岩テントは核である丸い石にかかる重力に従い落下を始める。

 中にいる者達も落下の衝撃からは逃げられない。

 外から攻撃を加えても容易には壊れず、威力のある攻撃では中の二人も危険。

 岩テントの外にいる騎士や魔物にも為す術はない。


「まずは二匹、ね」


 派手な落下音を聞きながら私は呟く。

 私はことさらにゆっくりと振り返り、呆然としている騎士に聞こえるように宣言する。


「誰かを庇うなんて馬鹿のする事よ」



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