六十五話 暗器
トンボ達、馬鹿共を嘲笑い、私はリンド・クライツェンを睨みつける。
真っ向から睨み返してくる黒いランスの青年は声を張り上げる。
「各々、魔法使い一人を含む五人組で行動しろ!」
リンドの命令に騎士達は迅速に動いた。思わず感心するくらいに良く訓練されている。
蛇姫がさり気なく後方に下がっていく。魔物達を指揮するためだろう。
それを見て、私は悪巧みをした。
実行するため、空を無秩序に飛んでいた風狸を見咎められないようにリンドへ向かわせる。
「蛇姫、パフォーマンスは終わりかな?」
まずはジャブ、揺さぶりをかける。
騎士達は魔物を完全には信用していない。戦闘の片手間に観察すれば分かる程あからさまに疑っていた。
だからこそ、天魔自身が身を持って味方だと証明する必要があったのだろう。
戦闘開始直後からベリンダと連携できたのも事前に話し合っていたからだ。
魔物側の協力姿勢を見せ、私を討伐した後の交渉を有利に進めるための政治取引だと想像できる。
取引である以上は人間にも利点がなければおかしい。
蛇姫という戦力を使える事だと思っていたけど、それなら今の状況で蛇姫が自群に引き上げる訳がない。
だから、他にあるのだ。
私はそれに心当たりがあった。
異なる二つの指揮系統がある群は混乱を招きかねない。故に騎士と魔物は分かれて戦うのが理想だ。
騎士が攻め続けるのは無理。背後に守るべき城塞都市があるからだ。
そこで、魔物群と交代で私の体力を削る事にしたのだろう。
交代前に私が殺されると台無しだから、蛇姫が序盤で出てきた。
目論見通りにいくと思うなよ。
私は蛇姫に微笑みかけた。
「後はゆっくり高みの見物かな。人にだけ損害を受けさせて、魔物側は武力をちらつかせて有利に交渉を進める気でしょう?」
出てきなよ、魔物の群。人間と一緒に戦ってみろ。
現場は大混乱になるよ?
出てこなければそれで良し。騎士は魔物を警戒して全力を出せなくなる。
お好きにどうぞ。
表情を変えない蛇姫はリンドに目をやった。
利害関係から考えても人間側の指揮官であるリンドでないと収まりがつかない、そう思ったのだろう。
私の読み通りの展開。
騎士達がリンドに注意を向ける。私を警戒してもいるけど、注意力が散漫になっていた。
お腹の傷を押さえる振りをして服の裏ポケットから小さな矢を取り出す。
服で死角を作りながら隠蔽の魔法陣を展開し、風魔法で放つ。
狙いは勿論、
「ーーリンド、避けるのじゃ!」
「なっ!?」
……無駄よ、見えないから。
衆人環視の中で、リンドがわき腹を鎧ごと割かれて落馬した。
一瞬の沈黙の後、時が動き出す。
近くにいた騎士がリンドに駆け寄り、彼らを守るべく別の騎士が私と蛇姫に武器を向ける。
蛇姫がゆるゆると力なく首を振った。
「何をしたのじゃ、魔王」
私の唇は自制も効かずに笑みを形作る。
笑い出しそう。お腹が痛むから嫌なのに。
でも、無理だ。我慢できない。
「くっふふふ……あはははは!」
傷口を押さえながら、肺の空気をすべて使って私は笑う。
「見た? 傑作! 何が起こったか分からないって顔してるの、分からないんじゃなくて理解できないのよ。ばーか!!」
周りの騎士が取った行動も笑いを誘った。蛇姫に武器を向けるとは、誰が敵かを見誤っている。
私は蛇姫に武器を向けている騎士を指差す。
「あれが決定的な証拠よ。仲良しごっこをやった所で心の内は隠せない。武器を向け合うのがあなた達の仲間意識なの?」
化けの皮が剥がれたね。
あぁ、馬鹿らしい。素晴らしく馬鹿馬鹿しい。テンション上がる程に馬鹿げてる!
「みんな裏切り者よ! 信じ合える訳ないの、あれが証拠よ」
私だけじゃない。私だけじゃないんだ!
溢れる涙の原因はお腹の痛みか、笑い過ぎか、別の何か。
笑い続ける私の声に別の声が混じったのはその時だった。
「ーーあんたと一緒にするなよ。あたしは違う」
振り返る暇すら与えられず、高さ十メートルはあろうかという津波に私は呑み込まれた。
微細な泡の向こうに術者の顔が見える。
魅惑的な白い肌、燃え盛る炎より力強い赤い髪、何か覚悟を決めたらしい瞳が私を射抜く。
……ベリンダ?
あの子、あんな精悍な瞳してたっけ?
溺れる私の意識はそのまま闇に吸い込まれた。




