五十五話 テント
平原というから爽やかな草原を想像していたのに……。
心の内でため息を一つ。
ヴェベストロー平原は森を抜けてすぐの所にあった。
しかし、今は冬。私達を出迎えたのは期待していた青い草原ではなかった。
見渡す限り草の残骸。土が見え隠れするくすんだススキ色の平原が広がっている。
生命の息吹を感じない出迎えはある意味、私にぴったりね。
皮肉ってみても空しいだけだった。
「街が見えるけど、人は住んでるの?」
近くはない位置に灰色の壁に囲まれた大きな街があった。城塞都市というやつだろう。
出入りしている人間は遠すぎて確認できない。
牛頭の答えを聞く限り街の状況は分からないらしい。
当然といえば当然か。
随分と遠くに来たものだと後ろに広がる森と山を振り返る。
状況に流されるままに旅をしてきて数ヶ月が経つ。
サバイバル知識がついたし、魔法も使えるようになった。
色々な人間を敵に回してきたから、早く雲隠れしなきゃねぇ。
「思い出もないね」
「魔王に、会えた」
「……ありがと」
牛頭の幹を軽く叩いて出発を促す。
天魔はヴェベストロー平原の奥にいると聞いている。
地平線が見える程に広いこの平原でうまく出会えるかは分からない。むしろ配下の知性体を探す方が確実か。
方向性を天魔から知性体に変えて私は辺りを見回した。
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魔物に出会わないまま夜を迎えた。
悩んだものの、寒さには敵わず火を熾す。
賞金稼ぎや騎士団が食事中に襲ってきたら、煮て焼いて魔物の餌にしてやる。
忍び笑いをしているといち早くお食事モードになっている牛頭に不気味と言われた。
薪にしてやろうか。
「寒い日は鍋に限るね」
野生の馬は美味しいのだろうか。
すぐに分かるけど。
「それにしても、魔物の姿がないね」
カーリン達の村からずっとそうだけど、ほとんど魔物を見かけない。
天魔のお膝元とも言えるこの平原でもそれは変わらない。
「ここ、いる」
「的外れの解答をどうも」
いつの間にやらぎっしりと実った牛の頭が私を見る。
「多分、天魔、一緒」
「やっぱりそうだよね」
それでも肉食の魔物は狩りに出るはずだ。
まだ一日目でくまなく調べたとは言えないけど、草が倒された様子が見あたらないのでこの辺りには魔物がいないと思えた。
「早めに奥を目指した方が良いね」
天魔と会えなくても縄張りに入れば騎士団も手を出しにくくなるはず。
私はお椀に食事をよそって手を合わせながら考える。
「明日は空から探してみるよ」
街から見える範囲で空を飛ぶと騎士団に目撃情報がいくので避けていた。
ここまで離れれば安心だろうけど、平原に住む人は目が良いらしいから明日の昼に空を飛ぶと決める。
椀に口を付けてつゆを飲み、温まった私は食器を手早く片付けた。
牛頭の枝に吊してある皮袋の一つを取って中身を取り出す。
光の魔力で生み出した白色光で取り出した四つの石を照らす。
「欠けてないね」
石に刻んである球形魔法陣に不備がないのを確かめる。
魔法で石を球形に整えた上で誤差一ミリメートル以下で魔法陣を刻むから欠けたら最後、作り直すしかない。
作る手間はかかるけど相応の効果を発揮する私のお気に入りでもある。
それらを頂点に置いた四角形を地面に作った私は牛頭に顔を向ける。
「牛頭は下がってて」
四角形の中から牛頭を追い出した私は土の魔力を集めて石の魔法陣へ慎重に供給する。
石の床が広がり、壁が出来る。平らな屋根が頭上を覆えば完成。
石で造られた正方形の小屋が建つまで時間はかからない。
魔力の調整に慣れてきたのか。
「そのうち畳とか作りたいね」
あとお風呂とキッチン。贅沢か。
幼児の村長が動き回るので編み出した軟禁部屋も何時しかテントのようになっている。
元々は床も無かったし。
「穴はない、と。牛頭、私は寝るから何かあったら起こして」
まぁ、多少の攻撃では傷一つ付かないし魔力が自動供給されて直っちゃう仕様だから心配はいらない。
むしろ外にいる牛頭の方が危ないくらい。
石の大きさからしてこれが限界で牛頭は入れないから仕方ない。
攻撃されると目覚ましが鳴るのですぐ牛頭に加勢できるだろう。
牛頭におやすみを言って、私は瞼を閉じた。