五十一話 輪廻
クルトをようやく見つけた時、彼は川原にいた。
村の畑に水を引く用水路に川が流れ込む地点で彼は辺りを見回している。
その眼前に降り立った私はクルトが疑問の声を差し挟む余地を与えず、運んできた丸太で周囲を塞ぐ。
クルトは昨日から一年分成長し、大人びた雰囲気を持っていた。
もう記憶も完全に取り戻したはず。
クルトは転がった丸太を見回して、私に視線を向けた。
「カーリンを捜しているんだ。何処にいるか知らないか?」
ずいぶんと冷静になっている。
やり難いな。
私はことさらにゆっくりと首を振る。
「知らないよ」
心当たりなら、ある。高確率でそこに居るとも思う。
ただ、教える気はない。
「クルトに用事があるの」
「……後にしてくれないか?」
冷静さの蔭に焦りが覗いた。
クルトが進めようとした右足のすぐ横をかすめ去るように小石を弾く。瓦礫ガトリングの応用だけど彼の後ろで地面が派手に抉れた。
自然とクルトの足が止まる。
「何の真似だ?」
「村長からの依頼には続きがあるのよ」
答えは返さずに一方的に話す。
残された時間はほんの僅かなのだから、効率的に動くしかない。
騎士共め、覚えてなよ。
「依頼の一つ目は村を襲撃し、移設のきっかけを作る魔王の役割」
役割っていうか本物だけど、割愛しておこう。
クルトは素早く逃げ道を探したけど見つからず、私の話を聞く姿勢を見せた。
当然だろう。急いだところでカーリンの死は決定事項。
彼の仕事はカーリンの死後、彼女を蘇らせる事だ。
だから私はそれを妨害する。
「二つ目は、カーリンの死体を村長が片付けるまでクルトを引き留める事よ」
クルトの眼の色が変わった。
蘇りの魔法は体がなければ発動しない。死体を片付けられたら彼女は二度と蘇る事はない。
「……何でだよ?」
クルトが拳を握り込む。
重たい怒気が溢れ出し、瞳に殺意が宿る。
「何でそんな事するんだ!?」
彼が怒りにまかせて足を踏み出す。もう少し煽れば殴り掛かってくるだろう。
実際、私は殴られるべきかもしれない。
「カーリンの友達じゃなかったのかよ!?」
激高しても未だに殴りかかってこないのは私がカーリンの友達だと思っているからか。
「カーリンは俺の為に死んだ。間違ってるだろ。永遠に死ぬのは俺の方だ」
「確かにカーリンがクルトの為に死ぬのは間違ってるね」
「ーーそれなら!」
「クルトがカーリンの為に死ぬのも間違ってるよ」
私が断言するのにクルトは口端を歪めた。非常に似合わない。
「最初に死んだのは俺だよ。だからカーリンは蘇るべきだ」
知ってる。日付を逆算したもの。
でも、
「関係ないよ。この計画を立てたのは村長なの。つまり村の人間よ」
カーリンは忌み子。クルトは村の子。
村人がどちらを取るかなんて決まってる。
彼も思い至ったらしい。
似合わない笑みを消して下唇を噛んだ。
そして過激な光を宿す瞳で私を見据え、クルトが地を蹴った。
「そこをどけ!」
魔法を扱えないクルトが私に叶うはずもないのに。
繰り出された右拳は左足を半歩引いて避ける。
「星になーれ」
魔法陣を展開する直前、クルトの唇が動いているのに気付いた私はとっさに飛び退く。
クルトの回りに魔力が集まっていた。
私が掌握していた魔力も少量とはいえ奪われている。
「詠唱か。クルトも使えたのね」
村人は村長以外に魔法が使えなかったから油断していた。
考えてみれば、カーリンを蘇らせるために魔法陣を起動させる必要があるのだから、クルトが魔法を使えないはずはない。
とはいえ、実力差は歴然としている。
「そのちっぽけな魔力量で私と闘うの?」
クルトの集めた魔力では座布団サイズの石壁を生み出すのがせいぜいだ。
しかも制御がガタガタ。
あれでは予め描いてある魔法陣を使わないと満足に魔法を扱えないだろう。
「やってみなくちゃ分からないだろ!」
呆れた。
あんたがそう言って村人とカーリンの間を取り持とうとして失敗したからこんな騒ぎになっているのよ。
馬鹿らしい。
「殺し屋黒子」
展開するのは、青と白の魔力が混ざり合う球形の魔法陣。
「ーーだいだらぼっちバージョン」
魔力を操って光を遮断した漆黒の巨人が顕現する。
本来は夜に奇襲をかけるために黒くしたのだけど、今は威圧するのが目的だ。
「……ありかよ、それ」
常識無視の球形魔法陣。
五メートルの巨人の肩に乗った私を倒さない限り消えない魔法。
クルトの魔力は雀の涙で、空を飛ぶ事も出来ない。よって巨人の肩に居る私への攻撃手段がない。
つまり、この後は私が一方的に攻撃を加えるだけだ。
「降参は認めないよ」
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クルトが川原に寝転がっている。
「背中が痛くないの?」
「……お前のせいだろ」
身の程もわきまえずに向かってくるあんたが悪い。
手加減しつつも二、三発巨人の拳を浴びせるとクルトは立てなくなった。
「あのデカいのなんだよ。勝てっこねえよ」
本気を出せば倍の大きさになるよ。
クルトの心を抉っても楽しくないので黙っておく。
それにクルトに精神攻撃を加えるとまた神が要らぬお節介をしてきそうだもの。ただでさえ体中を切り刻まれている気分だから避けておきたい。
「……カーリンと村で暮らしたかったんだ」
クルトが呟いた。
村長から聞いている。その後、どうなったかまで詳細に。
だから私は彼の後に続いた。
「受け入れると嘘を吐いた村人に騙されて彼女の元まで案内してしまい、カーリンは処刑されかけたのよね」
だが、カーリンは逃げ出した。それをクルトが追いかけた。
その日を境にクルトは村に帰らなかったと村長は言っていた。
「知ってたんだな」
「村長から聞いたのよ」
「そうか。俺はあの日の夜、カーリンに殺されたんだ」
クルトがぎこちない動きで上半身を起こす。
骨は折れてないようだけどあちこちに痣が出来ている。
巨人の拳に混ぜ込んでいた川原の石によるものだろう。
「クルトに裏切られたと思ってナイフでグサリ、そんな所かな?」
「ご名答。だから俺の自業自得なんだ」
上半身を起こしたクルトはそのまま私に頭を下げた。
「頼むよ。カーリンを死なせたくないんだ。お前なら村長だって止められるだろ? 助けてくれ! 頼む!! 頼むから……。」
やっぱりそうか。
これは贖罪の輪廻。
誰より自分を思っていたクルトを殺したカーリンはその命で償う。
クルトはカーリンの償いに対して償う。
だからお互いに合わせる顔もなくて最終日には姿を消す。
相手を蘇らせるという事は相手を許した証明だから。
傷つけて傷つけられて、当事者同士で慰め合って、
「それがまた傷つける事だと気づかずに」
下げられたクルトの頭を見下ろす。
永遠に贖罪のために生死を入れ替えるつもりか。
どこまで不器用なのよ。
見るに見かねた村長が英雄ごっこを始めたのも納得ね。
本当に、腹が立つ。
私は右足を軸に強烈なローキックをクルトの頭に見舞った。
満身創痍のクルトが堪えきれる道理はなく、クルトの頭は川原の石に並んだ。
とってもお似合い。
「私に人助けをしろって? そんな事するものか。そこで奇蹟でも祈っていなよ」
呻くクルトが立てないように彼の足を踏みつける。
「それじゃあね。私は村長に報告しないといけないから」
嘘だけど。