四十八話 料理
牛頭が河原に佇んでいるのを見つけた私は手を後ろで組みながら近づいた。
牛の頭をあちこちの枝に実らせたこの魔物には死角が存在しない。
私が声をかけるまでもなく牛頭は私を見つけて身じろぎした。
「魔王、おかえり」
「ただいま。ハグしてほしい?」
欧米的な嬉しい再会の感情表現。偏見かもしれないけど。
私に向き直った牛頭を伺うように首を傾げてみる。
「必要、ない」
「つれないこと言わないの」
指先で幹をつつく。相変わらず突き指しそうな硬さ。
戯れを続けようとした時、枝に引っかかったウサギの毛皮が視界に入った。
最後に見てから十三日もの時を経て尚、枝に引っかかったままというのは考えにくい。
雨の日もあったし、嵐と評していい日もあった。
私の視線を追ったらしい牛頭がウサギの毛皮を差し出してくる。
……傷むどころか大して汚れてもいない。せいぜい泥が跳ねている程度ね。
「魔王、嬉しそう」
「うるさい。村に行くよ」
太陽の匂いがするウサギの毛皮を胸に抱いて来た道を戻る。
「顔、赤い」
「うーるーさーい」
道中ずっと牛頭が体調を聞いてくるので耳を塞ぎながら歩く羽目になった。
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牛頭を見たクルトがカーリンを背中に庇って私達に対峙する。
私と別れた後の牛頭は河原で過ごしていたそうだから、クルトには牛頭に関する記憶がないのだろう。
この状況はある意味、予定調和。
「こいつは牛頭。私の……。」
何だろ?
「まぁ、何かよ」
身も蓋もない紹介が不服だったのか、牛頭が不機嫌に私が座っている枝を揺する。
「ごめんごめん。旅の連れで仲間よ。人を食べない魔物だから安心してね」
と、言っても無理か。
私自身がクルトに信用されてないものね。
幸いにもカーリンが保証してくれたので牛頭も村に入る許可を得た。
礼を言わずに村を闊歩する牛頭は村長宅の前で地面に植わって光合成という名の昼食を始めた。
「私達もお昼にしない?」
村ではいつも礼拝の後に朝食だったから、昨夜を最後に何も食べていない。
そんな事情はどこ吹く風でクルトが私を引き止めるように肩を掴んだ。
星になーー
「村の再建が先だ。お前がやったんだから責任を持て」
私の魔法陣が展開する直前にクルトが言った。顎で半壊した家を示してクルトが続けようと口を開く。
「星になーれ」
私が言い直した術名と共にクルトが空に舞い上がる。
責任なら村長に取らせろ。そもそも、この村に人が住むことはもう無い。
クルトは手足をジタバタさせて空中遊泳を楽しんでいた。
カーリンがこめかみを押さえながら私の頭を小突く。
「下ろしなさい」
「ちぇっ」
素直な私は指示通り地面にクルトを下ろす。
このまま埋めてしまえば静かになるだろうか。
「村の再建、ね。食事の後に手伝ってあげるよ」
そんな義理はないし無意味だとも思うけど、それで今日は村に残るなら手伝ってもいい。
明日の朝までこの村に二人を置いておく契約だから。
「絶対だぞ?」
悔しそうなクルトを適当にあしらい、私はお昼の準備を始める。
村長に出された下手な料理に嫌気が差して台所を占拠した事もあるので、道具の位置は判っている。
クルトの視線を感じるのは彼が私を監視しているからだろう。
余っていたウサギの肉でスープ、先ほど採ってきた野草でサラダを手際よく作り皿に盛る。ついでに卵と野菜を拝借して玉子とじを作る。
クルト青年の視線に羨望が混じったのを感じ取る。
村でこの料理はかなり豪華な方だからクルトも食べたいらしい。
私と目が合うとクルトはとっさに真面目な顔をした。
「その卵や野菜は村の物だ」
「村に渡した金貨のお釣りにしては少ないよね」
涼しい顔で受け流す。
カーリンが私に苦笑した。
「二人も席につきなよ。久しぶりに一緒に食べましょ」
「おい、待ーー」
「ご一緒するわ」
クルトの制止に重ねてカーリンが招きに預かり席に着く。
クルトも結局、料理の魅力に抗えずに椅子に手を伸ばした。
「頂きます」
手を合わせて箸を手に取る。
村長には怪訝な顔をされたものだけど、クルトは料理に夢中で見向きもしない。
カーリンはそんなクルトに微笑んでいた。
クルトが玉子とじを口にして吐息を漏らした。
「……うまい」
出汁を取ったりしてるもの。
村人が食べてた焼くだけ煮るだけの偽料理と一緒にしないでよね。
「何笑ってんだ」
私の口元が綻んでいるのを目ざとく見つけてクルトが睨んでくる。
「食べた以上は共犯よね」
「蒸し返すなよな」