四十九話 月夜の宴
山裾に沈む夕陽を眺めて私は一息ついた。
夜の山道は真っ暗だから、クルトが村人を追いかける心配はもうしなくていい。
魔法で切り出した木を風の魔力で包んで運ぶ。
最初はカーリンと二人でこの作業をしていたけど、彼女は魔力の制御が下手で森の木々を縫って進む器用さはなかったので私がすべて請け負っている。
「二人も一緒に行く?」
汗を拭っているカーリンとクルトに訊く。
私ならこの二人を連れて文字通り飛んで帰れる。
私の提案にカーリンは乗り気だったもののクルトが難色を示しご破算となった。
どうやら「星になーれ」がトラウマになっているようね。
問答無用で拉致しようかと思ったけどカーリンが怖いので自重する。
「それじゃあ、一足先に帰ってるね。夕飯の用意もしておくよ」
自身を風の魔力で覆い、浮かび上がる。
躊躇無く空を飛んだ私に呆れるような視線が向けられているのに理不尽さを覚えながら、村へと飛ぶ。
村の中心、最も日当たりが良さそうな場所に切り出した木を並べた私は村を見て回った。
火事場泥棒が現れるにはまだ早いけど村人が戻ってきている可能性がある。
念には念を入れておかないとね。
一通り見て回った私は我が物顔で村長の家に上がり込み料理を始める。
小さくて歪な芋を土魔法で形作った皮むき器で剥いているとカーリン達が帰ってきた。
「クルト、汗臭いよ。体洗ってきて」
虫を払う要領で手を振る。
「なっ!? お前だって汗かいてるはずだろ」
何で突っかかってくるのよ。面倒な奴。
「私は体を動かしてないもんね。風魔法で移動してたの、気付かなかった?」
幽霊みたいに絶えず地面から浮かびながら村と森を行き来していたのだ。
「……良く集中力が持つわね」
肩を竦めて去るカーリンを見送る。
家の裏手に井戸があるからそこで水を汲むのだろう。
水の魔法で体を洗うことも出来るけどクルトは魔法を使えないから。
「つい数日前まで子供だったのに、今更恥ずかしくなるんだねぇ」
台所の窓から覗く牛頭に同意を求めるも、沈黙が返ってきた。
この寡黙な魔物と会話をしていても何時も途中から独り言になる。
慣れたけど、やはり味気ない。
「魔物、来た」
唐突に牛頭が告げたのは招かれざる客の来訪だった。
水を張ったボールに芋を放り込んで家を出る。
村の入り口で大きな影が揺れているのが遠目から見て取れる。
「一体か。……牛頭はカーリン達に知らせて、隠れるように言っておいて」
牛頭が家の裏手に消えるのを確認して、私は影に近づく。
魔物は毛虫にコウモリの羽根が生えたような姿で大きさは二メートルと少しと言ったところか。
「見た感じはまともな部類ね」
美的感覚が麻痺しているのを実感する。
私が近づいても羽根付き毛虫は地を這うだけだった。
動きも洗練されていないので知性が無いのだろう。
埒が明かないのでサクサク処理しましょ。
風の魔力を集めて村の外に吹き飛ばそうとした時、森から視線を感じた。
何時でも視線の主に対処できるように身構えつつ、羽根付き毛虫を吹き飛ばす。
割と頑丈そうだから高く打ち上げない限り大丈夫だろう。
木に引っかかってしまう可能性もあるけど、ご愛嬌って事で。
視線の主は私の実力を見たからか、襲ってこない。
「どちら様?」
こちらから声をかけても森から出る気はないようだ。
普段の私ならこの時点で無視する。でも今晩はそうもいかない事情がある。
「出てこないと真っ黒にしちゃうよ?」
火の魔力が私の手元に集う。
真っ黒に燃やすよ。白くなっちゃうかもしれないけど、美白の一環って事で一つ、
「許して、ね!」
円形の魔法陣を展開、隠蔽は無しの一転突破仕様だ。
簡単に避けられるように手加減してある。
顔くらい見たいから。
「……逃げたかな」
森の奥に逃げて事なきを得たらしい。
姿を見れなかったのは残念。
今晩が計画の最終段階だから邪魔が入ると困る。
カーリン達を置いて視線の主を追いかけることも出来ず、私は村長の家にとって返した。
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食事をしてしばらく雑談を楽しんだ後、クルトが何処からかガラスのビンを持ってきた。
「二人も飲むか?」
ビンを振って中の液体を揺らしながらクルトが訊いてくる。
二人って事は私も入っているのかな。
興味はある。
「月も綺麗だし、外で飲もうよ」
蝋燭の臭いがするこの部屋だと悪酔いしそうだもの。
カーリンが水差しを持ってくる。
私はクルトに頼まれて爽やかな香りがする花を台所から取ってきた。サラダに添えようと思っていた柑橘系の香りがする花だ。
夜の空気は随分と冷えていた。
私とカーリンは息を白くして遊びながら適当に切り出した丸太に座る。クルトは家から椅子と小さな机を持ってきて腰掛ける。
カーリンが木の杯に注いで差し出してくれたのは透明な液体。
クルトにもそれが配られる。
「香料と水は自分で調整するといいわ」
クルトが何故か手慣れた様子で水を加えている。
「この辺りは寒いからな。寝る前に一杯飲むんだよ」
参考にしようと観察していた私にクルトが説明した。
私は杯の中身を水で三倍くらいに薄めて昼に採ってきた香りの強い花を浮かべる。
透明な水面に映る青い月と金木犀に似た花が風流だ。
杯を軽く回して花の匂いを楽しんでから液体を口に含む。
「暖まるね」
飲み過ぎると明日が辛いだろうけど、思ったより抵抗なく喉を流れていくので加減が分からなくなりそう。
「遠慮なく飲みなさい」
カーリンが杯を傾けて言う。クルトが面白そうに頷く。
カーリンの雪色の頬に早くも朱が差していた。
絡み上戸じゃないでしょうね?
「鼻も目も口も楽しめる一級品」
自画自賛という。心を満たす一級品よね。
私は部外者だけど。
「ただ耳が寂しいわ」
カーリンが言外に催促するのに苦笑する。
クルトは興味をそそられたのか身を乗り出してきた。
「唄が歌えるのか?」
「きっと驚くわ。すごく綺麗だから」
ハードルあげないでよ。
放っておくとどんどんハードルが高くなりそうね。
「では、注文通りに一曲」
私は一口飲んで杯を置いた。
唄うなら鎮魂歌なんて皮肉が効いてると思うけど。




