四十六話 信仰
私は焼け残っていた村長の家で紅茶を飲んでいた。
カップを置いて窓の外を眺める。
村人達が逃げ去った貧相な村はやけに広く見えた。
部屋の扉が軋んだ音を立てて開く。
「立体の魔法陣なんぞ、夢想すらせんかったわい」
部屋に入ってきた村長が苦虫を噛み潰したような顔で言う。
私が想定以上に強くなって後悔しているのだろう。
何せ私は魔王だから。
「手伝ってあげたのに感謝の言葉もないの?」
「ありがとう。これ以上ないほど絵になっておったよ」
「村長こそ。みんなを逃がすため村に残る決死の立ち姿、惚れ惚れしたよ」
感謝と共にお褒めの言葉も頂いたので、貰いすぎた分をきっちり返す。
村長は力無く首を振り、椅子に腰掛けた。
「お金は全部渡したの?」
どうせ使う機会もないから私の所持金を全て村長に寄付してあった。
「あぁ。金貨も含めて全てな」
それはそれは……。
堕落したり使い込んだりしないと良いけど。
私の集めたお金だけで村人全員が半年近く質素に暮らせるはずだから、どこに行ってもそこまで邪険にはされないはず。
人は自分に迷惑がかからない範囲で人助けをする生き物だと村長もよく分かっているのだろう。
私は青い空を暢気に泳ぐ雲を目で追いながら話を変える。
「明日の夜に次の契約を履行するけど、良いのね?」
明日の夜にカーリンは寿命を迎え、クルトが記憶を完全に取り戻す。
土壇場になって辞めると言い出されても面倒なので、この場ではっきりさせておきたい。
村長に視線を移して瞳に揺らぎが無いのを確かめ、私は窓から離れた。
本当に、意地っ張りだね。
「魔王よ」
部屋を出ようとする私は村長に呼ばれて振り返る。
「何故、手を貸してくれるのだ?」
「魔法を教えてもらう代わりに協力する約束だったでしょ」
即座に返した私に村長は薄く笑った。
「もはや儂を凌ぐ実力を持っとるのに裏切らんのだな……。」
「契約ってそういう物よ」
何を当たり前のことを言っているのか。
魔王だから信用されてないとしても、裏切られない限りは手を尽くして成し遂げるに決まっている。
「村長こそ、裏切らないの?」
私は魔王だ。
後ろから刺したところで喝采は受けても非難されはしないだろう。
私と手を結んでまでカーリンにこだわる理由が分からない。
「持ち掛けたのは儂だ。メリットも多い」
「メリット?」
これからの計画を客観的に見ても、村長には何一つメリットが無いと思う。
デメリットしかないような気さえする。
「長くなる。話すこともーー」
ない、と言いかけた村長は私が土魔法で椅子を作ったのを見て苦笑した。
「私の経験上、死ぬ前には語る事の一つくらいあるものよ」
「まるで死んだことがあるような言い方だな」
経験済みなの。
人生経験が豊富で嫌になっちゃうね。
椅子に浅く腰掛けて膝に頬杖を突く。
村長は私が聞き終わるまで出て行かないと判断して窓の外、壊れた神殿を眺めた。
「処刑される直前のカーリンを牢から外に出したのは儂だ」
遠い目というのを初めて見れるかと期待したけど、そんな事はなかった。
村長は飲みかけの紅茶に口を付ける。
それ、私の飲みかけだけど。まぁいいか。
「儂が村長として仕事をしようと、感謝されるのは神だけだった」
「感謝が欲しかったの?」
首を傾げた私に村長は妙な視線を寄越した。
わからんだろうな、とでも言いたげなそれに私は頬を膨らませてやる。
怒りアピールが功を奏して村長は視線を再び神殿に戻した。
「昔々、儂が子供の頃に旅人がやって来た」
唐突に話が変わった。
年寄りめ。ボケたか?
睨む私を気にも止めずに村長は続けた。
「旅人が語る中に異国の騎士物語があった」
あらすじを訊いてみる。情けないひ弱な騎士が人知れず魔物の群に立ち向かう話だった。
「『誉れはいらぬ、いさおしを謡われずとも我がなすことの意味は変わらぬ』子供心に響いたものだ。おかげで魔法を学んだ」
男の子だなぁ。
私が呟くと村長は照れくさそうに頭を掻いた。
「だが儂は物語の騎士より欲が張っておったようだ。人生が無駄ではなかったと思いたかった。故にカーリンを助けた」
自分を誇る為に助けた訳ね。
底の浅いプライド。
私の評価に村長は自嘲気味に笑った。
「村の皆に何も言えんかった事を言っとるなら言い返せんな。儂は保身に走ったのだから」
カーリンを本当の意味で助けるなら村人に差別を止めさせる必要があった。
それをせずにただ逃がしても対症療法でしかない。
「では、魔王ならどうする?」
「村で自分が育てるよ。そして毎朝神殿で祈らせる」
形だけでも神の庇護を受ける者にしてしまえばいい。
「それでも何かする奴がいれば罰当たり者として神にご報告するのよ。村のみんなの前で、ね」
村長が目を見開いた。
「神を……信仰を道具にするか。それこそ罰当たりであろう」
「馬鹿ね。神は待っていても助けてなんかくれないの。あいつの重い腰が上がらないなら引きずり出すまでよ」
渋々納得した村長は一転して愉快そうに笑った。
「儂も信仰に踊らされていたか」
「みんなとステップが違っていたけどね」
話は終わりだ。
私は立ち上がって今度こそ部屋を出る。
牛頭は心配しているだろうか。




