四十二話 交渉
村長は私の笑顔に眉一つ動かさなかった。
相応に胆力があるのだろう。
「私の正体を知ってたのね」
「今朝になって騎士団から知らせが来たからな。村の者に伝える前に乗り込まれたのは予想外だったが……。それより、こんな小細工をしてまで村に入る必要があったのかね?」
あったのよ。
直接村に来るとカーリンに殺されるからね。
私は無言で来客用の上等な椅子に腰掛ける。
大柄さんを遠ざけたくらいだから村の戦力では私に敵わないと悟っているのだろう。
実際のところ、私には人と争うと激痛が走るハンデがあるから一概には言えないけど、村を破壊し尽くして逃げるくらいは出来る。
さて、交渉開始といきますか。
脅しとも言うけど。
「買い物がしたいの」
「……なに?」
村長が肩すかしを食らって呆けたのに構わず私は銅貨の詰まった皮袋を投げ渡す。
「相場より少し高くても良いよ。村も裕福とはほど遠いようだし、断る理由はないよね?」
銀貨も五枚取り出して渡す。
こんな寂れた村にまで連絡が来ているのだからこの先、街に入ったりするのは難しいだろう。
だからここで必要物資を買いそろえたい。
お金の真偽を確かめた村長が頷いた。
「何がほしい?」
「服とか色々」
私が言った物を羊皮紙に書き出した村長が価格の計算を始めた。
暇つぶしに部屋を眺めても面白い物が見つからないので窓に近づく。
木の戸を開けてみると石作りの神殿と向かい合っていた。
「立派な神殿ね」
「皮肉か?」
そんなつもりは無かったけど、期待されると皮肉の一つも返したくなるね。
「信心が足りていればきっと魔王からも救ってくれるよ」
魔王と取引する人が信心深いかは兎も角ね。
村長は鼻で笑った。
「なまじ立派なばかりに頼ろうとしよる。おかげでこの有様じゃ」
村の惨状を言っているのか。
「信じるばかりで努力をせん。土地は痩せ、村を別へ移したいが皆神殿に心捕らわれとる」
口調から察するに、かなり不満が溜まっているらしい。
村を捨てないようにするための信仰が今は後ろ髪と足を引っ張っているわけね。
カーリンのような忌み子を作り出して嫌悪する文化レベルならそうなるでしょうよ。
信仰なんて道具は使える人と使われる人がいる。この村の大半が後者だっただけの話。
おそらく村長も百も承知で今まで誰にも不平不満を漏らす事が出来なかったのだろう。
「邪魔なら壊しちゃえば?」
「魔王らしい考えだが、それをしたら皆が儂を恨むだろう。儂は村を潰したいのではなく移したいのだ」
ままならないね。
「カーリンに恨まれるのは平気なくせに……。」
私の呟きが聞こえたのか村長の手が止まる。
顔を上げて腕を組んだ村長が私を見て、窓を顎で示す。
閉めろと言いたいの?
とりあえず木の戸を閉めてみる。
「その名を誰から訊いた?」
……面白い事になった。
カーリンの名を口にしてはいけない掟があるのか、さもなければ名前を知っている人間が限られるのか。
「誰に聞いた?」
「言わなくても分かるでしょ」
質問を繰り返した村長に意味深長に返す。
村長はこれ見よがしに舌打ちした。
「あの馬鹿者共が……。」
思わず吹き出す。
目でこちらを伺いながら言ったら鎌を掛けているのが丸分かりよ。
「へぇ。名前を言っちゃいけない掟もあるんだ?」
掟が、ではなく掟も、と言うと村長がため息を吐いた。
「本人から聞いたのか」
「自己紹介してきたよ」
私は名乗ってないけどね。
村長は暫く羊皮紙を見つめていたと思うと唐突に立ち上がって廊下で人の有無を確認すると部屋の鍵を閉めた。
なるほど、カーリンの事は誰にも聞かれたくないと。
村長にならって窓の外に誰もいないのを確認して再び木の戸を閉じる。
「カーリンと何を話したんだ?」
「クルトについて教えて」
村長の質問なんて無視だよ。
悔しかったら解決してみろ。
土魔法で作った岩の椅子に腰掛けて足を組む。
村長は顔のパーツを一切動かさずに思案した。
なんて完璧なポーカーフェイス。札束で叩いたりしても反応無いのかな。
驚かしてやりたい。凄く。
「クルトに会ったのか?」
「会ったよ」
「そうか。生きてたか」
「生きてたよ。二日前に死んでたけど」
上げて、落とす。突き落とす。
村長は顔色一つ変えなかった。
「カーリンのそばに子供がいたと聞いたが、名は分かるか?」
蘇りの事を知ってるな。
「名前を予想できる人はあなた以外に何人いるの?」
「いない。その口振りだと子供はクルトだな」
村長だけあって頭の回転が早い。話がスラスラ進む。
「クルトはカーリンの何?」
「友人、理解者。儂がなれなかった何かだ」
随分と暴露するのね。
私は片手をあげて村長を止め、家周辺の魔力を感知する。
万が一にも聞かれるとまずい。
村長も私の懸念を理解したのか黙って頷いた。
「魔力の扱いに長けとるようだな」
「魔王なんてやらされてるからね。それより、クルトは何時までこの村にいたの?」
「三十日前かそこらだ」
質問が来ない。
予備知識で不明点を埋めたのね。
逆に言えば予備知識があれば状況を把握できるという事か。
私は今まで得た情報でそれらしいシナリオをでっち上げてみる。
出来上がったものは神が手を出すようなストーリーには思えない。
まだ何かピースが足りないのか。
見落としを探すと一つだけ、ピースか否か分からない物があった。
「記憶はどうなるの?」
カーリンの理解者だったクルト。
今の彼にその記憶はない。
あれば牛頭を怖がらない彼がカーリンを怖がって逃げたり、『お姉さん』と呼ぶはず無いもの。
同様にカーリンがクルトの周りを土の魔力で囲むはずもない。
「随分と熱心だな?」
……乗せられてた。
言われてみれば私がこんなに熱心に聞くのは不自然よね。
「魔法陣や詠唱に興味があるの」
嘘を吐くコツは真実を混ぜて堂々とすること。
村長は私の真意を測るように見据えてくる。
「魔法なら儂が教えよう」
村長が重苦しく言う。
今度は私が村長の真意を測る番だった。
揺らがない村長の目に嘘はない。
それが尚更、不気味。
「何のつもりよ?」
「交換条件だ」
村長が提案した条件は私がいないと成功し得ない物だった。
思わずお腹を抱えて笑ってしまう。
あの立派な神殿で説くのは他力本願かな?
「神が神なら崇める奴も似てくるのね」
笑いすぎておなかが痛い。目尻に浮かんだ涙を拭って私は立ち上がった。
握手を求める。村長はすかさず応じてくれた。
村長の手は骨と皮ばかりのかさついた手だった。
契約成立ね。
カーリンには死んでもらいましょう。