四十一話 潜入
鮮血の子と呼ばれたカーリンが歯軋りした。
私は彼女をそっとつついて現実に引き戻す。
侮辱語だろう事は彼女の様子で分かったけど、冷静でいてもらわないと私が人質になった意味がない。
カーリンは小さく舌打ちした。
「この子を無事に渡してほしかったら、一人を残して村に帰りなさい」
カーリンが私に錆びたナイフを突きつける。
小刻みに刃先が震えているけど、手元が狂ったりしないでしょうね?
背中を流れる冷たい汗を感じる私の耳に間延びした声が聞こえてきた。
背後の洞穴から聞こえた声はこの場にそぐわない幼児の声だ。
「お姉さん達、誰?」
クルトがキョトンとした顔で私たちを見る。
昨日の今日で私のことを忘れたのか。
頭のいい子だと思っていたけど評価を改めた方が良さそうだ。
視線を戻す。男達は驚いていた。
昨日カーリンを追いかけていた狩人はさほど動じたように見えないものの、他は揃いも揃ってだらしなく口を半開きにしている。
「まさか、クルトの子供か?」
いち早く立ち直ったらしいリーダーの大柄さんは信じられないと言いたげだ。
クルトの子供、彼はクルト自身を指してそう言った。
やはり、クルトは蘇ったのだろう。
カーリンが私を見下ろす。
余計なことを喋ったら殺すと視線が語っている。
このやり取りも反応も想定していたから何とも思わない。
カーリンは私の首筋にナイフを当てたままクルトに近づいた。
さり気なくクルトの周りに土の魔力を集めて逃げられないようにしている。
クルトの手をカーリンが片手で掴む。
するとクルトは不思議そうにカーリンを見上げた。
「お姉さんどうしたの?」
「おいで」
名前は呼ばないでクルトの手を引く。まぁ、当たり前。
「その子達を離せ!」
大柄さんが叫ぶ。しかも対象が増えている。
カーリンはそれに眉を顰めつつも言い返さず、森へと静かに下がる。
男達が動こうとする度に錆びたナイフをこれ見よがしに掲げて封じた。
ジリジリと後退して十分な距離を取った瞬間、カーリンは私を突き飛ばした。
振り返る間も無く足音が遠ざかっていく。
私は牛頭に投げられた時と同じように地面に転がっていた。
どいつもこいつも、少しは労りなさいよ……。
私の隣を抜けてカーリンを追いかけようとした狩人Aの足を掴んで転ばせる。
心が晴れた。とっても清々しい気分。
「何しやがるこのガキ!」
跳ね起きた狩人Aの頬に平手打ち。
「魔法を使える相手を一人で追いかけるなんて自殺行為です!」
感情が高ぶった娘の演技で涙目を利用した上目遣いを敢行。見事に怯ませることに成功する。
「その子の言う通りだ」
大柄さんがやって来て私に手を差し伸ばしてくる。
断るのも失礼なのでその手を取って立ち上がった。
「助けて下さり、ありがとうございました」
深く頭を下げて感謝の言葉を紡ぐ。
大柄さんが気圧されたように息を飲んだ。謝罪として頭を下げる文化が無いのかもしれない。
やってしまった事は仕方がないので、先程転ばせた狩人Aにも頭を下げる。
「助けて頂いたにも関わらず失礼を申しました。ごめんなさい」
きっと、心にもない事ってこういうのを言うのね。
狩人Aはあたふたし、困ったように大柄さんを見る。
その他のメンバーの視線も受けて大柄さんは頭を掻いた。
「魔物退治は後回しだな。村に戻って村長に報告だ」
方針を決めて歩き出した大柄さんの後ろに続く。
私を他の男が囲んで周囲を警戒していた。
護送と言うより連行されている気分。
「連れはどうしました?」
大柄さんが振り返りもせずに訊いてくる。
何故か言葉使いが丁寧だ。
「ずいぶん前に魔物に殺されてしまって……。」
顔を伏せて答える。
たった一人で旅してきたと言うよりは真実味があると思うし、骸を弔うと言い出されないようにずいぶん前と証言した。
背を向けている大柄さんの表情は伺えないけど次の質問が来ないのだから信じたのだろう。
「鮮血の子って何ですか?」
「災いを招く忌み子だ」
問いかけると私の右隣にいた狩人Aが忌々しそうに吐き捨てた。
やっぱりそうか。
カーリンが追われる理由は分かった。
忌み子を殺さないと村に災いが起こる。だからカーリンは村に住んでいないし警戒している。
鮮血の子という名称から考えるとカーリンの赤毛赤目が忌み子の証だろう。
目が開いた赤ん坊の時点で殺されそうなのに、よく今まで生きてたものね。
疑問をぶつけてみると大柄さんが肩越しに振り返った。
「村の掟で十歳を過ぎるまでは処分できないんです」
処分……。
腹の立つ言い回しだこと。あんた達こそ梱包して地獄宛に郵送してあげようか?
咳払いして攻撃的な思考を追い払う。
せっかく巧く村に潜り込めるのに自分で台無しにしてどうする。
ようやく見えてきたのは陰気な小屋に人が出入りする規模の小さな村だった。
村の奥には不釣り合いに立派な石作りの神殿が建っている。
大柄さんが他のメンバーに指示を出して周囲の警戒に当たらせる。
「こっちに来て……あぁ……下さい」
無理して丁寧な言葉使いをしなくても良いのに。
見ていて楽しいから放置に決定。
大柄さんに案内されて村を観察する。
村人は痩せている。やつれていると言ってもいい。
畑にもちらほらと芽が出ているのが見える程度。冬だからかと思って民家をちらりと覗いてみる。
ひどい有様ね。
男性が横たわっている。すえた臭いが漂ってきて鼻を押さえたくなった。
今は非力な子猫の皮を被っているので自重する。
見たところ食品がないのは村全体の分をまとめて管理しているからかな。
大柄さんと少し距離が開いたのに気付いて小走りに追いつく。
この村は活力とか生気というものを感じない。
内部の不満をカーリンを使って逸らしているのかもしれない。
考察している内に目的の家に着いたらしい。少しだけ他より大きな家の前で大柄さんが立ち止まった。
「村長、ただいま戻りました」
大柄さんが戸を開けて私を中に通した。
白髪の痩せたお爺さんが私を見て目を丸くした。
心臓が少し心配になる驚きようだ。
気付かれたのだろう。私は怯えた振りをして大柄さんの後ろに回る。
大柄さんが怪訝な顔をしたがすぐに報告を始めた。
魔物に私が捕まっていた事、鮮血の子との遭遇、鮮血の子が子供を連れていた等、詳細で要点を押さえた報告だった。
大柄さんはかなり有能らしい。
「ーーふむ、分かった。お前は警戒に当たれ。魔物狩りは明日にしよう」
村長は大柄さんに命じた。出ていくように目線で指示している。
だが、大柄さんは私を横目に見た後、意を決したように村長を見返した。
「村長、この方なんですが……。」
「安心せい。育ちが良い事なんぞ見れば分かる。何十年村長をやってると思っとる」
私はお世辞にも育ちが良いとは言えないと思うけど。
大柄さんは頷いて村長と私に一礼した後、出て行った。
「さて」
村長が盛大なため息を吐いた。
「魔王が村に何のようかな?」
私はその言葉に子猫を被って微笑んだ。




