三十八話 結界の応用
剣呑な赤い瞳と見つめ合う。
川のせせらぎを聞き流しての睨み合い。
「保留にするわ」
「それじゃ、ウサギは食べられないね」
信用してない相手からは危なくて食事はもらえない。彼女も同じだろう。
毛皮を上手く剥ぎ取り川で洗う。明日の晩には使えると良いけど。
「マオウこそ、女の子が一人旅なんて大変でしょう?」
「牛頭もいるよ」
楽しい楽しい探り合い。
互いの事情は隠しつつ相手を多く知りたがる、と。
「私たち、似たもの同士よね」
「残念だわ」
同感だよ。
人を無条件で警戒するような人と仲良くなれないもの。
口元だけで笑い合う私たちにクルトが不思議そうな顔をした。
「夕飯、一緒にどう?」
「魔力は掌握しても良いかしら?」
「ご勝手に」
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明るいだけが取り柄の太陽が山向こうに沈みゆく。
川の水音を伴奏に夜の虫が高く鳴き始めそよ風に揺れる木々が唱和する。
この場所にも闇が迫る。抵抗するのはちっぽけな焚き火ふたつ。
「夕焼け色の髪よね」
少し羨ましい。
「マオウは夜闇色の髪だわ」
「おかげで面倒なことになってるけどね」
「奇遇ね。私もだわ」
ウサギの足を焼いていた私は危うく落としてしまうところだった。
まさかのお仲間ですか。私とは逆に勇者だったり?
カーリンは目元にかかる夕焼け色の髪を後ろに流すと、煮込んだ野草をクルトに食べさせた。
考えてみれば勇者が村人に襲われるはずがない。騎士団にいたリンさんが勇者としては妥当だろう。
あまり詮索するのも良くないよね。
ウサギの足がしっかりと焼けたかを細い枝を突き刺して調べる。
「そうだ。カーリン、魔法を教えてほしいのよ」
生焼けだったウサギの肉を火に戻して羊皮紙を取り出す。
結界魔法陣が描かれているそれを彼女に見せる。
「面白いわね。光を曲げて視界に入らないようにする魔法陣かしら」
一目見ただけで分かるんだ……。
無言で先を促す。
「これ、相手を絞り込まないと発動しないわ」
「血を使って相手を定めるの」
「魔法陣を血で描くのかしら?」
肯定するとカーリンは小首を傾げた。
何かおかしいのだろうか。
「多分、血以外でも限定できるわ。例えば骨」
「どういうこと?」
「血を使うのは描きやすいから。骨でも良いはずだわ」
そういえば、この魔法陣は古い神殿にあった。
貴族でも作るのが難しい魔法陣だとオイゲンが言っていたけど、彼自身はどこで魔法陣を知ったのか。
血と違って骨なら保管しておける。
私の脳裏に白い池が浮かんだ。
オイゲンが私を追い払ったのはあの池が安全だから。
魔物の骨で結界が描かれていたのだとすればどうか。
大量にあった罪人の骨の下に描かれていたとしたら。
「魔法陣を骨で描いた後、別の骨を足したり出来ないかな?」
「それは無理。完成した魔法陣には手を加えられないわ」
決まりね。
教会には血で、白い池には骨で、結界が描かれていた。
オイゲンは骨も材料になることを隠していたんだ。
自分の死に場所と定めた池に私が興味を持たないように。
やってくれたね。
「これ墓を掘り返して骨を取ってくれば人相手にも使えるわ」
さらりと凄いことを言ってのけたカーリンに驚く。
「その手があったね」
よくもまぁ、直ぐに思いつくものだ。
白い池なら材料が大量にあるけど騎士団と鉢合わせしそうで怖い。
「でも、自分も人間だから結界の効果を受けるよ」
「……何か良い案はないかしら?」
私は親指と人差し指で輪を作る。
「円の中をくり貫いちゃえばいいよ」
「それだと外に出れないわ」
確かにそうだ。
光を屈折させるだけだから中に入れないわけではないけど、結界内をさまよう事になるだろう。
人以外の獣に結界内で襲われたら対応出来ない。
私は親指と人差し指の先を離して穴の開いた輪を作る。
「出入り口を設けて、罠を仕掛けたらどうかな?」
「進入路を限定できるのは良いけれど逃げ場が無くなるわ」
カーリンは相手を複数に考えてる。
彼女がこんなに真剣なのは使用する気があるという事で、相手は村人かな。
実は有効な方法は思いついている。
村の周りを結界で囲って孤立させるやり方。
私は村に行く予定があるから提案しない。
代わりに私にも役立つ案を挙げる。
「光の曲げ方を変えたり出来ないかな?」
「一から組み直すしかないから何年かかるか分からないわ」
魔法陣の一部を弄っても不可能らしい。
お手上げね。
使えない物に興味はない私はカーリンから羊皮紙を回収した。
物欲しそうな彼女の視線は無視する。
使われると碌な事にならないもの。
再び手に取ったウサギの肉は良く焼けていた。