三十六話 狩り
カーリン達の後ろ姿を見送って、私は牛頭に背中を預けて腰を下ろした。
帰るというカーリンに対しクルトは牛頭で遊びたがったため少しごたついたけれど、最終的にクルト君はカーリンに説得されて帰宅の運びとなった。
気になるのはそのクルト。
「やっぱり、昨日の赤ちゃんよね……。」
途切れないように話し続けて喉が渇いている。
それだけ長いこと話したのにカーリンは帰ると言い出さなかった。
赤ちゃんを置いて来ていたらあまり長く傍を離れたりしないから、誰かに子守を頼んだと仮定しても私の前に足手まといのクルトを連れて来る意味はない。
一緒に預けてしまえば良いのだから。
したがってカーリンに子守をかって出る殊勝な知り合いはおらず、放置も出来ずに私の前に現れたのだろう。
気になる点はまだあるけど。
「牛頭はクルトの事どう思う?」
水筒に口をつけながら訊いてみる。
「うろちょろ、うるさい」
「素っ気ないね」
気に入られているだけだと思うけど、牛頭にとってはウザかったらしい。
私は頭上を見上げる。
鈴なりになった牛の生首が好き勝手な方向を見ながら風にゆらゆらと振れている。
こんなのに物怖じしないのは幼児だからだろう。知らなければ不気味さも感じない。
「そう、知らないのよ」
一年も森で暮らしていて魔物を知らないはずはない。
クルトはつい最近まで平和な村にいて魔物を見慣れていなかったから、牛頭を怖がらない。
私を村に近づけたくないのは自分たちの存在を隠したいからで、その理由は急激な成長と魔法による蘇り。
まぁ、全部ただの仮定。
知らないことが多すぎて状況が把握できない。
「牛頭」
呼び掛けると視線が一斉に注がれた。
「狩りに行くよ」
「肉、たくさん、ある」
言われなくても分かってる。
ただ、狩りの振りしてカーリン達の住処を探すのよ。
そこにあの二人しか住んでないなら、私の想像が肉付けされる。
「肉はいくらあっても良いの」
「肉、腐る」
細かい事を気にする牛頭の意見を黙殺して立ち上がる。
さて、痛みセンサーで位置を探りますか。
魔力で探ると逃げられちゃうし、我慢しよう。
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見つからない。
カーリン達はおろか獣すら見当たらない。
「毛皮だけでもほしいね」
「必要、ない」
あんたはそうでしょうよ。
牛頭と呼んではいるけど本体はあくまで木の方だから温度なんて感じないと思う。
それにしても、おかしい。
普段なら牛頭の実を狙った肉食獣がやって来たりするのにまるで姿が見えない。
鳥もいない。魔物も見ない。
「カーリンの仕業かな」
魔力の掌握はあまり上手くなかったけど、詠唱や魔法陣を使えばカバーできる。
知性体でなければ魔物に後れは取らないだろう。
カーリンもこの周囲で狩りをしていたら、私を獲物と間違って攻撃したりしてーー
「冗談じゃないね」
笑い話にもならない。
魔力を掌握しておくべきかと思案する私の耳にたくさんの鳥の羽ばたきが聞こえた。鳩くらいの鳥が群で飛び立っていく。
西に少し行ったところだ。あの下に何か居るのかもしれない。
あえて東に進んでみる。
「うん、痛いね」
痛みが強くなった。
つまり、西にカーリンが居る。
鳥が飛び立った辺りを目指して歩き出す。
牛頭は無言で付いたきた。
「前から思ってたけど何で先に行かないの。私を置いて行っても牛頭に不都合はないでしょ?」
もちろん、案内役がいない私は困る。
でも、魔物は私を傷つけないだけで助けてくれる存在ではない。
何か理由があるのだろうと水を向ける。
「仲間、見捨てる、天魔、怒る」
私を見捨てると天魔のご機嫌を損ねるから牛頭が困る、と。
なんだ、自分のためか。
「安心したよ」
振り返って笑顔をぶつけても牛頭は無反応。
私のためなら兎も角、牛頭自身のためなら遠慮しなくてもいいや。
再び前を向いた私は足を止める。
「……人の声?」
距離があるのか、かすかに聞こえるくらいだけど、男の怒鳴り声。
カーリンの言っていた村の人間か。
今は会いたくないね。カーリンに警戒されてしまう。
「牛頭、隠れてやり過ごそう」
怒鳴り声とは反対の方向に逃げようと指示した時、駆けてくる足音が聞こえ慌てて眼を向ける。
「ーーマオウ!?」
現れたのはクルトを抱きかかえたカーリンだった。
肩で息をしていて、転んだのか左肘を擦りむいている。
「カーリン……。すぐに逃げて! 牛頭、人間を脅かしに行くよ」
絶句しかけた私は即座に頭を切り替えた。
カーリンの切羽詰まった様子と男の怒鳴り声を併せて考えると、彼女たちは男から逃亡中。
恩を売るには絶好の機会。
唇が歪むのを抑える。
「さっさと行って!」
私の歩いて来た方向を指さして促すと同時に魔力を掌握して男の位置を探る。
十メートル以内には居ないようだ。
「……信用するわ」
「決断が早くて助かるよ」
カーリンとすれ違って男の怒鳴り声を頼りに先回りする。
牛頭の姿だけで逃げてくれればいいけど。
多少の不安はあるものの私は息を殺して怒鳴り声の主を待った。