三十五話 自己紹介
戻って来た彼女は一歳くらいの男の子を抱いていた。
明るい茶髪に緑色の眼をした男の子だ。
既に焚き火と焼き魚を準備していた私は少し驚いた。
戦闘になる可能性があるのに子供連れとは思わなかったよ。
「その子を食べたりしないよね?」
訊ねる私と同様に彼女も眉根を寄せた。
「人なんて食べないわ」
となると弟だろうか。まさか彼女の子供ではないだろうし。
聞いたところで教えてもらえないのは目に見えているから、私は無視を決めこんだ。
彼女が私の向かいに座り食事が開始された。
「……気まずい」
和やかなムードなんて最初から期待してないけどこれはあんまりだよ。
会話しないと情報を得られない。よって事態の収拾も叶わない。
私は険悪な空気を無視して口火を切る。
「ヴェベストロー平原が何処にあるか知らない?」
「知らないわ」
釣れない返事だった。
魔物限定で通じる地名だと納得する。
「天魔が住む平原らしいよ」
「天魔……それは何?」
これも通じないのね。
リン某様が自慢していたから人でも分かるはずなのに、彼女は本気で首を傾げている。
牛頭に半眼を流すと「天魔、いる」と自信を持って言い切った。
男の子が牛頭をまじまじと見つめている。
「魔物連れでその平原に行く途中なのかしら?」
「そう。あなた達は?」
答えてくれれば情報ゲット。答えてくれなくても隠し事があると分かる質問をしてみる。
腹のさぐり合いがとても楽しい。ドキドキしちゃうね。
「……ここに住んでる」
言いたくなさそうにしていた彼女は男の子と目が合うとそれに促される形で答えた。
男の子が主導権を握っているように見える。
「近くに村があるのね。服を新調したいから場所を教えてくれないかな?」
古着でもこの際かまわないや。あと野菜とかもほしい。
頭の中で必要な物をリストアップしている私に彼女は睨みつけるような視線を寄越して低い声で言う。
「案内はしないわ。それに魔物はどうするつもり?」
失念していた。
けれど、牛頭の事は後付けの理由だと気付く。でなければ『それに』なんて言葉は使わない。
案内しないという彼女にとっての決定事項が先にあり、尤もらしい理由をつけ加えただけだね。
きっと、彼女は村に近づけない理由がある。私を賞金稼ぎと間違えたのと関係しているだろうか。
「村は自力で探すことにするよ……何で殺気立つの?」
「村に近づいては駄目」
そう言われると行きたくなるね、とっても。
とは言え、
「理由しだいかな」
「死にたくはないでしょう?」
ないね。
こっそり行くことにしよう。
彼女が理由を言えないのは自身にとって都合が悪いからだもの、色々と聞けるはず。
でも、今は彼女から聞き出せるだけ聞き出すべきか。
予定に村への訪問を加えながら私は彼女への質問を続ける。
根ほり葉ほり聞いても怪しまれるだけなので、ワンクッション挟んでおこう。
私は男の子に笑顔を向ける。
「君、いくつ?」
牛頭の実と睨めっこしていた男の子はいきなり声をかけても驚かなかった。
子どもらしく頭を悩ませながら人差し指を一本立てた。
思ったより聡明な子かもしれない。
「一歳か。お名前は?」
我ながら気持ち悪くなる猫撫で声が効いたのか、男の子は早くも警戒を緩め始めた。
しかし、娘が男の子を手招きしたので私と彼の交流は遮られた。
「クルト、おいで」
彼女が名を呼ぶとクルト君は私と見比べて、何故か牛頭の元に行った。
娘が焦って腰を浮かせる。
牛頭が無感動にクルトを見る。
「牛頭、じっとしてなさい。動いたら燃やされるよ」
娘の表情はまさに鬼の形相だった。
クルトに何かあったら修羅場になると容易に想像できる。
牛頭が微動だにしなくなりクルトは娘に捕まる。彼が娘に怯えて逃げたので少し手間取っていた。
クルトの手を引いて戻った彼女は安堵の面もちだった。
「魔物を止めてくれてありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。魔力を掌握しなくていいの?」
彼女がよほど焦ったおかげか、魔力が彼女の手を放れて好き勝手に漂っていた。
「……いいわ」
「そう」
今の一件で私達には害意がないと判断してくれたらしい。
態度にここまでの落差を生むくらいクルトは大事な存在なのか。
妬けちゃうね。
「名乗ってなかったわ。私はカーリン」
彼女から話を向けてきたのも態度が軟化した証拠。
今までどれだけ気を張っていたのやら。
さて、どうしたものか。
名乗りたくない。ベリンダと名乗って、もし珍しい名だったら出身地を聞かれてしまう。
ベリンダの街の名前どころか地方名すら知らないのだから怪しまれること請け合いだ。
けれど、この流れで名乗らないのも不自然だろう。
「あなたは確かマオウだったわね?」
返答に困る私はカーリンの一言に凍り付いた。
なんで、魔王だってバレてるのよ。
私が振り返ると寝起きに牛頭と交わした言葉に思い当たった。
聞かれていたのか。
「マオウ?」
……発音がおかしい?
もしかして、名前と勘違いしてるのかな。
「ごめんごめん。何時の間に名乗ったかなって考えちゃってね。牛頭との会話を聞いてたの?」
「そうだけれど、マオウで合ってるわね?」
この娘、案外ちょろい。




