十三話 攻防2
とても恥ずかしい名乗りだったはずなのに、黒ランスの青年は眉一つ動かさない。
そして、私は萎えた気力を奮い起こさざるを得なくなった。
周りの騎士達の士気が目に見えて揚がったのだ。
四方八方から黒ランスに賛辞が送られ、負けじと他の騎士が新たな賛辞の声を張り上げる。
熱狂的だ。
「ずいぶんな人気者ね。リンなんとかさん」
衝撃的すぎてむしろ名前が記憶に残らない。残したくもないし。
「神の力も知らぬとは愚か者め」
「天魔を唯一倒した御仁ぞ!」
外野うるさい。自意識過剰で名誉欲全開の筋肉バカが。
頭のネジが緩むと口のネジも弛むんですか?
「そこの娘、見事な腕前だ。私怨があるようだが後は私に任せて貰う」
黒ランスがベリンダに「今から良いとこ取りします」と告げる。
穿ちすぎか? 周りの熱狂を含めるとあながち外れでもないと思うんだけど。人気取りしたいだけだよ、きっと。
今すぐ逃げ出したい、でもチャンスは一回しか作れない。
失敗しないためにも黒ランスがどんな力を持っているか冷静に見極めてからの方が良さそうだ。
天魔を唯一倒した、あの言葉から考えてこの熱狂的な人気を支えているのは力だろう。
天魔が何を意味しているかは分からない。ただ一目置かれているのは確かだ。
黒ランスが私に向き直る。あまり筋肉があるように見えないのに身の丈を越える黒ランスを片手で握っている。
その黒いランスの雰囲気がひどく不吉に感じた。向けられた途端にピリピリと威圧される。
「覚悟!」
気合いを込めた一声、走り出した馬、周囲の喧噪。
ーー全てを塗りつぶす黒い死の予感。
黒いランスがこちらを向いて走ってくる。ただそれだけが酷く恐ろしい。
強烈な威圧感が私を飲む。
「神の慈悲を受けて死ね!」
馬上から黒いランスを突き出した青年が叫ぶ。
神の慈悲?
「ーーそんな物ないよ」
あったら私はここにいない。
土の魔力を帯びた拳に岩のグローブを形作り、間近に迫った黒いランスを迎え撃つ。
横から殴りつけて黒いランスを逸らそうとした瞬間になぜか背筋がぞっとした。反射的に風魔法を発動し黒ランスから距離を取る。
いまの悪寒は何?
その正体を見極めようと黒ランスに目を凝らす。
それが間違いだった。
「うぐっ」
突然の衝撃と痛みに声が漏れる。
脇腹を貫く青い魔力のレール。滲む赤と広がる痛み。
振り返る時間も惜しい。次がくる前に逃げないと。
私は広場の中心へ自分を吹き飛ばす。急激な加速に傷が広がり私の動きに合わせて血の軌跡を描いた。
「ベリンダ……。」
後ろから水魔法で撃ち抜かれたのを理解する。
私を睨む目は見慣れた色をしている。
私を苦しませることを愉しむ目。
彼女の唇が形を変えて意味のある音を出す。やった、と。
私が傷を負ったことを喜ぶ騎士達。渦巻く下品な笑顔と下劣な喚声。
どいつもこいつも憎悪と殺意を正義で包んでる。
あんなモノを生かしておく必要があるの?
こんな醜悪な正義の味方、死んで当然なのに。
「騎士ども、群れてれば強いと思うなよ!!」
血を吐いてのたうち回って神の慈悲に縋って裏切られてろ屑ども。
ありったけの風の魔力で正義なんて汚い御旗を吹き飛ばしてやるよ。
その汚い誇りを埃に変えてまみれて腐って死んでいけ!
懐からすべての皮袋を取り出して空中に放り投げる。魔法の風が皮袋を裂き、中身をぶちまける。
ーー頭を貫いて掻き回すような痛みを私は感じていた。
次でベリンダ編は終了予定。
次編との間に外伝的なものを挟むかもしれません。




