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第17話 ジューンブライド

「六月と言えば、ジューンブライドよね。」


 花音(かのん)の一言で始まった会話は、女子高生である彼女達が気になる話題でもあった。


「花音は予定でもあるの?」

「無いけど、やっぱり憧れるよね、ウエディングドレスとか。」


 目をキラキラさせながら言う彼女は、夢の世界に浸っている。


「そこは白無垢って言ってよ。友達価格で上等なものを用意してあげるから。」


 そう言う千佳(ちか)は、実家が老舗呉服店の為、さりげなく営業をしていた。


「じゃあ千佳の実家で仕立ててもらった白無垢を着て、うちで神前結婚式はどう?」


 実家が神社であるはるひも、千佳に便乗した。


「私は教会でウエディングドレスを着てやりたいの!」


 花音は和より洋が好みらしい。そんな彼女の実家は老舗料亭。いつも家業で余った食材で作ったという料理が入った弁当を持ってきており、それはそれは美味しいわけで、香織達も何度かおかずをもらったことがあったが、この味になれてしまったら下手なものは食べられないのではと思った。だからなのか、花音が外で和食を食べることは滅多に無く、時々五人で遊びに出かける時も、ファストフード店やファミレスを選択する。


「白無垢も憧れはあるわよ。結婚の時にしか着られないわけだし。でも実家が料亭で着物は身近なものだから、ドレスの方が憧れるのよ。」

「そう言われると確かにうちも呉服屋だから着物の方が見慣れているけど。」

「うちも神社で装束だから似たものね。」


 和風で結婚式をやれば、このメンバーのつてで相当素晴らしい結婚式になるに違いない。だが、家業を考えると、縁の薄い西洋式に憧れるのは自然の流れなのだろう。


「由梨乃(ゆりの)や香織(かおり)だって、家が茶道の家元で着物を着る機会があるわけだから、私の気持ちわかるでしょ!?」


 花音は前のめりになりなりながら二人に訴えた。


「ま、まあ、そうね。一応たまにパーティーとか呼ばれることがあるから、ドレスは持ってはいるけど、着物の方が着る機会は多いわね。」

「でも、和装でも洋装でも、白を着られるのは結婚の時だけだし、両方着るという方法もあるから、どちらかだけに絞らなくても良いんじゃない。」


 花音に圧倒されながら答える由梨乃に、香織が冷静に付け加えた。

 

「まあ、そうよね。両方という手もあるわね。」

「でも和装でも洋装でも、どうして白なのかしら。」


 白は、日本でも西洋でも純真無垢や純潔などを表す神聖な色とされてきた。

 白無垢は、「嫁ぎ先の家風に染まる」という意味があり、古くは平安時代から始まり、室町時代には武家社会に広まったとされる。

 白いウェディングドレスは、1840年イギリスのヴィクトリア女王が結婚式で着用したのが始まりとされる。白いドレスは非常に汚れやすく、富裕層でなければ手に入れるのが難しい衣装だったことから、清廉さや高貴さに加えて経済的な安定を示すものとして広まった。


「どちらも特別な時にしか着られない衣装だから、その時が来たらじっくり考えればいいじゃない。」


 花音やはるひの問いに、物知りな香織が説明した。

とはいえ、五人はまだ高校生。香織以外はそれぞれ名家の家で、現代においてもすでに許嫁がいたり、高校や大学を卒業してすぐ結婚に至ることも珍しくないが、彼女達は違った。

 いつか訪れるであろう結婚という人生の節目に、それぞれの想いを馳せていた。


すると二人の男子生徒が会話に加わってきた。


「何の話してるん?」

「なんか結婚とか聞こえたけど。」


 クラスメイトの優介(ゆうすけ)と葵(あおい)だった。


「六月と言えば、ジューンブライドじゃない。だからウエディングドレスに憧れるよね、っ話をしていたの。」

「でもうちは呉服屋、はるひの家は神社だから、白無垢で神前結婚式をしてって言ってたところ。」


 花音と千佳の話に葵は苦笑いしていた。


「へえ。で、か…日生(ひなせ)と櫻井(さくらい)はどうなん?」

「え、そんなの無いわよ。」

「…お嬢様が先に決めていただかないと。」

「こういう時だけお嬢様とか言って。」

「事実だし。」


 香織に恨まれている優介は、名前で呼びそうになったところを慌てて名字呼びした。

 香織は普段名前で呼んでいる由梨乃のことを敢えてお嬢様呼びしたのは、表向きは彼女の付き人という立場を利用して、回答を逃れるためだった。


「でも名家となれば、誰か紹介されたり、高校や大学卒業したらすぐ結婚と言う人がいるわけで、今はなくても由梨乃もそのうちご両親とかからあったりするんじゃない?」

「四名家の令嬢であり、今この学園で一番の名家なんだから、話はたくさん来るでしょうし。」

「無い無い!それを言ったらうちの両親、二人ともこの学園の出身だけど、父は『一般生』だったし、そんな縛りはないわ。」

「えーそうなんだ、意外。」


 由梨乃は首を振って否定した。

 「一般生」とは、彼女達が在籍する名家御用達の羽岡学園(はねおかがくえん)において、一般家庭出身の生徒を指す。学園内でもごくわずかしかいない一般生は優秀な生徒が多く、特待生として入学する者もいる。由梨乃と香織の父も特待生として入学していた一般生だった。


「皆はそれぞれ代々続く稼業とかやっている家だからそんな話も出てくるんだろうけど、俺達には縁遠い世界だな。」


 葵も五人と同じく幼稚園から羽岡学園に在籍している。代々学者の家系で、彼の父と祖父はこの学園の大学で教授をしている縁でこの学園に通っているのだという。


「それ言ったら俺は『一般生』だからもっと関係ないな。」


 優介は父がこの学園の出身だったが、この学園に入学する際は一般生として受験をするように言われ、編入してきたのだった。父親がこの学園の出身であることは香織と由梨乃しか知らないことである。


「まずは彼女を作らないとなあ。俺は優介と違ってモテないし。」

「そうか?俺も全然だけど。」

「お前、自覚無いのかよ。」

「そもそも今は目の前のことでいっぱいだし、まあそもそも縁があるかどうか…。」

「優介で縁が無かったら、俺はどうなるんだよ!」

「まあまあ。」


 由梨乃が仲裁に入る。優介はちらっと香織を見るが、彼女は目を逸らしていた。


「いつか憧れのジューンブライドになれるように花嫁修業とかしておこうかな。」

「今時花嫁修業というのも珍しいけど。」


 花音達の話を遮るように香織が言った。


「水を差すようで悪いけど、そもそも『六月の花嫁(ジューンブライド)』は、六月を意味する『June』が結婚や女性の神であるユーノーが由来であって、六月に結婚することで花嫁にユーノーの加護があると言われていることから、ヨーロッパで始まった風習なの。日本の六月は梅雨の季節で結婚式を挙げる人が少なくて『六月の花嫁(ジューンブライド)』の風習を取り入れた策略だから、わざわざ六月に縛られなくて良いんじゃない?」

「そうね。日本としては、旧暦の神無月に神前結婚式をやるのは、神様が不在だから控えた方が良いという考えもあったみたいだけど、今はあまり関係なく行われているし。」


 香織と実家が神社のはるひが説明した。


「それもそうよね。高校生の分際で今から将来のことなんてわからないし。」

「そうそう。まずは目の前のこと…って言ったら、期末試験がもうすぐじゃない!」

「そんな嫌なこと思い出させるなよ!」

「じゃあ花嫁修業のはじめとして、まずは期末試験の勉強を頑張っていこうね。」

「そんなあ、はるひひどい!由梨乃もなんか言ってよ!」

「皆で試験勉強していきましょ。」


 話題がジューンブライドから期末試験へと移っていった。






 学校が終わり、帰宅した香織と由梨乃は香織の部屋にいた。


「結婚ね…。」

「あら、否定していた人が一番気になっていたのかしら。」

「私のことじゃなくて、両親のことを考えていて。」


 香織はどこか遠い目をしていた。


「二人とも、駆け落ちしてまで結婚したかったのかと思うと、なんか不思議で。」

「それほど、お二人は惹かれていたってことなんじゃない。」


 香織の父は羽岡学園で特待生として入学した一般生、母は国内随一の名家の一人娘だった。身分や立場の違いに到底許される関係ではなかった為、由梨乃の両親や優介の父の協力の元、駆け落ちをしたという。


「まあそうだろうけど、ただ身分差の恋愛なんて歴史においてたくさんあるけど、苦労が多いばかりで幸せなエピソードが残っている夫婦はそういない。それに、許されない恋愛をした二人に待っているのは、大体ろくな死に方をしていない例が多い。心中だったり、事故だったり。」


 そして十三年前、香織が四歳の頃に二人は彼女の目の前で殺された。


「そして、殺人だったり。」


 それを予期していたのか、両親は自分達の身に何かあった場合は櫻井家に香織を託していた。


「きっとろくな死に方をしないとわかっていたからこそ、私をこの家においてもらうようにお願いしていたんだろうけど。」


 香織は先日紫陽花を見に行った時に見つけた、父から母へ贈ったと思われる紫陽花を思い出していた。決して公にはできない関係を静かに育んでいたのだろう。

 そして、大切なものを入れている箱から、ロケットペンダントを取り出した。ロケットを開けると、そこには生まれたばかりの香織と、彼女を抱く母、寄り添う父の写真が入っている。二人が殺されてから記憶喪失となった香織にとって、数少ない両親との思い出の品であった。


 由梨乃は香織が見ているロケットペンダントを覗き込みながら言った。


「その写真を見れば、お二人がいかに幸せなひと時を過ごしていたかはわかるわ。最期があんな形になってしまったけれど、香織がいかにご両親に望まれ愛されていたのは、その写真が証拠でしょ。」

「そうだね。」


 香織はロケットペンダントを箱に閉まった。その箱の中には、今年の誕生日プレゼントに由梨乃や千佳達からもらった桜のペンダントも入っていた。由梨乃は自分たちのプレゼントが彼女にとって両親との思い出と共に大切にされているように感じ、嬉しさを感じていた。

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