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第10話 転校生

眞梨子(まりこ)。」


自分のパソコンの画面を観ていた京一(きょういち)は、届いたメールに目を通し、妻の眞梨子を呼んだ。


「帰って来るそうだ。」


そう言うと、メール画面を眞梨子に見せた。

二人は特別驚く様子もなく、メールの送り主を見てどうしようかと思案を始めた。


「ということは、香織さんがまた()に会うことになるってことかしら。」

「そうかもしれないね。今度はきちんと私達が知っている話をしなければならないだろう。」


二人は小さく溜め息をついた。


「いずれこうなることはわかってはいたし、そろそろあの子にも話さなければならないとは思っていたけれど…。」

「我々の話した上で、彼にも知っていることを話してもらわなければならない。前回はきちんと説明してあげられず、混乱していたようだから。」

「ええ。これが香織(かおり)さんにとって少しでも記憶の足しになれば…。」


複雑な表情の二人は、これからどうするか話し合いをし、夜が更けていった。






五月になった。連休が明けたばかりの今日はやけに賑やかだ。

香織と由梨乃(ゆりの)が登校すると二人の通り道にはいつも花道が出来るのだが、今日はまばらで別のところで声が響く。


「今日はいつもより静かで良いわね。」

「うん。でも何かあったのかな?」


由梨乃は足を止め、声のする方を見つけた。香織は後で情報通のクラスメイトにでも聞けば良いと言い、気にすることなく校舎へと歩みを進めた。


案の定、教室へ入ると、千佳(ちか)花音(かのん)、はるひが待ち構えていた。


「由梨乃、香織、今日は転校生が来るんだって。」

「へえ。中途半端な時期に。」

「じゃああの人だかりは転校生を見る為だったのかしら。」


千佳の情報はどこから持ってくるのだろうか。

彼女達の話を聞きながら、由梨乃はうんうんと話を聞き、香織はカバンから教科書やノートを机の引き出しに仕舞いながら興味無さそうにしていた。


「何でも、『一般生』の男子らしい。」

「まあ、珍しい。」

「一般生の転校でわざわざこの学園に来るなんて、物好きね。」


「一般生」とは、名家などではない、一般家庭の生徒を指す。

香織達が在籍する羽岡学園(はねおかがくえん)は、名家御用達の学園。ほとんどが幼稚園から高等部、中には大学や大学院までここで学生生活を送る者がほとんど。一般生の受け入れは数十年前に始まったが、それでもごく一部であり、転校生というと、家族の仕事の都合で転居してきた名家の子女が来るくらい。家の名を鼻にかける者も多い中で、一般生が転校でこの学園に来ると言うのは、物好き以外の何物でもないというのが、生徒たちの認識だ。


「しかも、このクラスに来るらしいの。」

「どんな人かしらね。」

「肝の据わった人ということは確かね。」


何故か転校生に期待を寄せている千佳達に、香織は水を差すような言葉を放った。






「今日は転校生を紹介する」


担任の合図で教室に入った男子生徒は、緊張する様子も無く、スタスタと歩き、黒板の前に立つ。 

外見は長身ですらっとしたスポーツマン体型、整った顔立ちをしている。


「今日からこのクラスに在籍することになった、水無瀬優介(みなせゆうすけ)です。」


女子生徒は彼に釘付けになっている者もいた。

彼は教室を見渡し、言葉を続けた。


「中等部の頃、この学園に在籍していました。知ってるやつも何人かいるっぽいけど、よろしく。」


軽い口調で話す彼の言葉に、早速反応した者がいた。


「優介か!?俺、葵!中等部で同じクラスだった高辻葵(たかつじあおい)だけど、覚えているよな?」


まさかの学級委員長で、クラスは騒然となる。


「葵か、久しぶり!まだサッカー続けているのか?」

「ああ。またサッカー部入れよ!」


早速部活への勧誘をするが、担任から後にしろと止められる。クラスに笑いが起こった。


「水無瀬の席は…壁側の後ろの席だ。クラスや学校に関しては…高辻が教えてやれば良いな。」


ついでにその時に部活の勧誘をしろと付け加え、授業が始まった。






転校生が教室に入って教室全体を見回した時、香織は一瞬目が合った気がしたが、すぐ反らした。

香織は元々イベント事に騒ぐタイプではなく、転校生に対しても特に興味を持っていなかった。しかし、今回ばかりは違った。

香織は彼のことをよく知っていた。まさか再び会える、いや会うことになるとは思わなかった。幸い自分は窓際の席で離れているから、関わらずに済みそうだと安堵した。


しかし何故戻ってきたのだろうか。始まった授業の内容が頭に入ってこない。彼と最後の日を思い出してしまった。

自分を騙して近づいてきた、最低の人。


水無瀬優介は、かつて香織の恋人だった。






優介の転校初日は、「一般生の転校生」という物珍しさで、休み時間は彼を見に人が集まれば一言二言挨拶を交わし、中等部時代の友人とわかれば思い出話に花を咲かせるという、なんとも充実した時間を過ごしていた。家の名を鼻にかけた嫌がらせなどは起こる気配がなく、むしろ彼の気さくで明るい態度に好意的な人ばかりだった。特に女子生徒は、学園にはいないタイプとあって、本人の知らないところでファンクラブもできたとか。


教室に入ってすぐ香織の姿を見つけ、初めて同じクラスと知った。偶然か、運命か、必然か…。このタイミングでの彼女との再会は、願ってもいない機会だった。しかし彼女は一瞬目が合ったと思ったらすぐ反らし、それ以後一向に目が合わない。当然だ。自分はそれだけ彼女に酷いことをしたのだ。


彼女の素性を知っていて、利用する為に近づいたのだから。






高等部の校内では転校生の話題で持ち切りだった。

情報通でミーハーな千佳、それに便乗する花音もノリノリだった。


「話題になりそうな転校生が来たわね。」

「あんな格好良い人、中等部の頃にいたなんて全然知らなかった!」

「私も。」


千佳、花音、由梨乃も珍しい一般生の転校生の話をしていた。

休み時間になると教室の前には転校生を一目見ようと人だかりができていた。

話題の人物は、教室内外で沢山の生徒達に声を掛けられ、女子生徒からはキャーキャー騒がれている。校内を案内しようとする学級委員長の葵は、そんな様子に苦笑いし、悪戦苦闘していた。


「そう言えば中等部の頃もおんなじ感じだった気がするけど、ねえ香織。」


はるひの一言に、千佳、花音、由梨乃は二人の顔を見た。香織は片肘を付いてそっぽ向いた。


「私と香織、それから葵君は中等部の頃同じクラスだったじゃない。葵君が水無瀬君のことを覚えていたから思い出したんだけど。」


中等部時代、由梨乃、千佳、花音の三人と、香織とはるひの二人はそれぞれ同じクラスだった。

こんなに騒がれていれば忘れているはずはないのだが、数少ない一般生は何かと騒がれる存在である上、中等部時代の由梨乃達三人は香織達とクラスが離れていた為、あまり覚えていないのだった。


「香織は覚えていないの?」

「知らない。」


はるひ達の問いかけに香織はやけに不機嫌な様子だった。

由梨乃は香織の様子が気になるものの、三人ではるひに優介のことを尋ねた。


「で、中等部の頃どうだったの?」

「今みたいに騒がれていた気がするわ。気さくで親しみやすい性格だったし、確か成績優秀でスポーツも万能だったと思うけど。」

「さっき葵君がサッカー部に誘っていたわね。」

「確か葵君と二人でエース争いとかしていたんじゃなかったかしら。」

「今回もサッカー部に入るのかしら。」

「葵君が誘っていたから入るんじゃないかしら。」


四人が転校生の話で盛り上がる中、香織は教室の窓から見える景色をぼーっと眺めていた。






放課後、四人はそれぞれ部活へと向かった。由梨乃と一緒に帰る香織は、その間図書室で勉強や読書をして過ごすことが多い。部活が終わる頃合いを見て、待ち合わせ場所へと向かった。


廊下を歩いている途中、「香織」と声を掛けられた。振り返った香織は、声の主に思わず眉間に皺を寄せた。


「元気だったか。」

「何しに戻ってきたの。」


香織は突き放すような言葉しか思い浮かばなかった。

優介は、自分に向ける香織の表情を受け入れながら、伝えたかった言葉を言った。


「あの時、俺がしたことを謝りたくて。許さなくていい。ただ、前の学校でお前を狙っている奴と会った。俺は香織を守る為に戻ってきたんだ。高校生に出来ることなんてたかがしれているが、お前の邪魔にならないように勝手にやるだけだから。それだけは許してくれ。」


廊下には二人しかいない、静まり返った空間だった。

夕陽に照らされた二人の姿は、どこか寂しかった。


優介は言い終わると、香織に背を向けその場を立ち去った。

香織は優介の後ろ姿を見届けることなく、反対の方向へ歩き始めた。

よくある転校生登場パターンです。

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