新たな疑惑
魔物があまり出ない、見晴らしのいい草原まで戻ったところで、テントをバッグから出してデスに結界を張ってもらった。以前使っていた結界石はスモールハウスの方に付け替えたから。
テントの中にある炊事セットでランチを作ることに。
デスは先程採取したミントでミントティーを作るようだ。
私はバッグに常備してあるパンと燻製ハムとサラダでパンサンドを作る。
まずサラダをパンに挟む分だけ用意して、燻製ハムをカットしてこんがり焼いていく。燻製になっているからそのまま食べてもローストビーフみたいで悪くないんだけど、私は焼いて味付けした方が好みだった。
パンも温かい方が美味しいので軽く炙って焼く。
小麦のいい匂いが広がる。
贅沢だよね。旅をしながら、必要な分だけ料理して食べるって。
今日はミントティーがあるから、スープはなし、と。
デスと、外にセットした椅子に座ってランチを始める。
ミントティーは爽やかさが喉を通って、スッキリした味わいだった。
食後の口直しにぴったりで、リフレッシュできるね。胃も軽くなるような。
「テイ茶にミントを浮かべてもアクセントになって美味しそうだね。」
「ふ。そうだな。帰ったら試そう。」
お料理の飾りにも使えるし、よく考えたら調合の材料にだってなるかもしれない。
私も帰りに少し採取しよう。
「こうしてゆっくりしていると、魔物や盗賊がいるような外にいるって事を忘れそう。」
「そうだな。他の奴らが見たら呆れるだろうな。」
フッと笑いながら、ミントティーをすする。
そうなのだ。
グレルさんたちとエルドラドへ向かう時も、かなり用心をしながら進んでいた。夜は必ず見張りを立てていたし、きちんと計画を立てて休む場所を休める時に取ったりしていた。
魔物が出る度に、ここは日本じゃないって、痛感しながら。
今ではこうして、デスと二人でも出られる。
グレルさんたちと過ごした時間は絶対無駄にならないと思う。
戦い方も、魔法の使い方も、旅する上で大事なことも色々教えてもらった。
でも、だんだん現実離れしてきた自分が普通になっちゃっている。というか、今の私にとってはこれが現実なんだけど。
私って何者なんだろう。
日本人じゃない。
異世界人?
でもこの世界の人にとっては、異世界人なんてものはないに等しい。
兎人のトタさんとか、他にも色んな人種がいるみたいで、特に色眼鏡で見ているつもりもないけど、彼らはこの世界に元々いる住人だもの。
もしデスがいなかったら、私は一人だ。
一人で来ていたら、おかしくなっていたかも知れない。
故郷もなくて、帰る場所もないって、こんなに怖いものだったんだって、思う。
……ああ、ダメだわ。また考え込んじゃって!
考えても仕方がないのに。
でも、時々私はこの世界から見たら異質なものなんだと思い出す。
それはどうしても拭えない。
この世界の人とは違う。
きっと恋愛も結婚もできないんじゃないかなあ。
ふとミントティーの香りに気付いて思考の海から浮上する。
デスが黙ってカップを口に運びながら、新しいお茶を作っていた。
デスは時々私が黙って考え込んでも、邪魔しないでそっとそばにいた。
見た目は子供なのに、すごく大人だなあ。
あ、成人してたっけ。すぐ忘れちゃうね。
「デス、いつもありがとう。」
「ん?」
「ううん。私、時々自分は何者なのかなって。」
「ああ。」
「私、この世界に転生して、新しく生きろって言われたけど、同じじゃないよね。この世界の人と。」
うまく説明できない、途切れ途切れの話だけど黙って聞いてくれる。
「そうだな。」
「うん。」
「その気持ちは分かる。」
「そっか、デスも一緒にこっち来たからね。」
「いや。……ん、そうだな。」
「?」
「飲むか? テイ茶。」
デスの提案をありがたく受けて、新しくお茶を淹れてもらう。
ミントティーも美味しいけど、テイ茶が舌に馴染んでいるみたい。ホッとするね。
ふと視線に気付いて顔を上げると、デスが小さく笑っていた。
わあ。
デスが微笑んでいるのってレアだよ。
「大丈夫だ。」
「えっ?」
「ふっ。」
ちょっと笑って、自分にも淹れたテイ茶をすする。
もしかして慰めてくれたのかな。
少し、いや、かなり心が温まって思わず笑みがこぼれる。
テイ茶を飲み干してから、テントなどを片付けて出発する。
ミントの木も忘れずに葉を採取した。
少し日が傾いてきた頃、デスが手を伸ばして歩みを止める。
「デス?」
「誰かいる。」
えっ。
声を出さずに静かに身構える。
その時、女の人の悲鳴が小さく聞こえた。
男の人の言い争う声と、金属がぶつかりあうような音も聞こえてきた。
魔物じゃない、人間だ。
「デス?」
「……チッ。通り道か。まな。」
デスが武器を召喚した。
慌てて頷く。
「大丈夫だ。心配するな。」
揺るぎない目を向けて強く言ってくれる。
「うん。」
私、冷静になれ。
声がした方へ向かって行くと、馬車が見えてきた。金属の弾くような音も聞こえてくる。
今は盗賊騒ぎがあったから、まだ馬車は動いていないんじゃなかった?
静かに近づいていくと、馬車から少し離れたところで男の人が二人、剣で戦っていた。
馬車の荷台の前でさっき悲鳴をあげた人だろうか、女性が戦う二人を必死な顔で叫んでいた。
「ジョー! ナル!」
?
「どっちが敵なんだ?」
デスも疑問に思ったみたい。
喧嘩にしては、二人とも本気で潰しあっているみたい。
「こいつらと、馬車の中の奴ら、の他には誰もいない……か。」
「どうする?」
「待ってろ。」
そう言って飛び出していった。
すごいスピードであっという間に馬車の近くまで行ってしまった。
すごい。
馬車の陰で、デスが武器からカマを出して構えた。
デスからは嫌な感じはしない。
黙って見守っていると、飛び出していって二人にカマを振った。
女の人が悲鳴をあげて、ゆっくり倒れた二人に、転びそうになりながら駆け寄っていく。
もう行っても大丈夫そうね?
「どうして二人を!」
泣きながらジョー、ナルと呼びかけている。
やっぱり二人とも知り合いなんだ。
「意識を落としただけだ。殺してない。」
デスの言葉にハッと顔を上げて、二人の無事を確認している。
ハアッとため息を落として座り込んでしまった。
二人ともかなりの怪我をしていたけど、女性は回復薬(小)しか持っていなかった。それでバッグから回復薬(大)を出して、使おうとしたら止められた。
「いけません!あなたたちの分が。」
「大丈夫です。回復薬はまだありますし、私達はエルドラドへ戻るので、距離も遠くありません。」
「では!……ありがとうございます!」
二人を回復させてから、縄で縛り上げた。
理由は解らないけどまた暴れだすと困るから。
馬車の中には気の弱そうな男の人が、恐々と窓から顔を見せてくるだけで外には出てこなかった。
よほど怖いのか、目も合わせようとしない。
「止めてくださって、助けてくださってありがとうございます。このお礼はエルドラドで必ずします。それで……あなた方は?」
「あ、私たちはエルドラドで冒険者をしています。」
「私はリア。ドローガ村から護衛の依頼で、エルドラドに向かっていました。」
ドローガ村では農業が盛んで、農作物、特に珍しい野菜が高値で売れるから、エルドラドまで護衛を請け負って来ることが少なくないらしい。
「あの二人は、仲間のジョージアとナルギア。急に様子がおかしくなって、突然傷つけあい始めたんです。何が何だか……。念のために縛っているのはいいけど……やっぱり訳がわからないわ。」
それに、と馬車の方に視線を向けた。
「あの人たちを無事にエルドラドまで届けなくてはいけないから。」
行き先が同じだったから、エルドラドまでの同行を提案して一緒に行く事になった。
「ありがとうございます。」
道すがら、リアさんが改めて自分の話をしてくれた。
「私達は『ブライ』のギルドに所属しています。三人で冒険者として活動しています。」
ブライとは、ドローガ村より少し南方面に行くとある町の名前だった。
エルドラドを中心に村や町もいくつかあり、ブライとドロール村は比較的近い町だから行き来も盛んなようだ。
「ジョージアとナルギアが心配だから、ギルドの治癒室を紹介して頂けませんか?」
「もちろんです。今盗賊騒ぎがあったばかりだから、治癒室には回復薬とかも揃っているので、すぐに対処してもらえると思います。」
「盗賊騒ぎはブライのギルドでも聞いています。でも捕まったと聞きました。」
「そうなっています。でも、まだ謎もあるみたいで。ギルドの職員だというおじいさんが用心するようにと言ってました。」
「そうなのね。」
さっきリアさんが言っていた、急に傷つけ合ったって話が引っかかる。
仲間同士で急に?
最初の盗賊騒ぎを思い出す。
ランクBの冒険者が二人いたのに全滅した話。
……まさかね?
ギルドで、要報告だよねきっと。
モヤモヤするものを抱えながら、私達はエルドラドへ向かった。
読んでくださって、ありがとうございます。




