【青】世話係
「荷物を取ってきてくれないかしら」
晴れて世話係という大役を任されたケイが一〇九階の客室、今ではクレイユの部屋に赴くと、開口一番そんな言葉が飛んできた。
ちなみに彼女はケイが案内するよりも早く、近くにいた職人の小鬼を半ば締め上げるような形でこの部屋を聞き出したらしい。
やることなすこと、とにかく早い人だった。
「速攻で仕事を終わらせるつもりだったから、荷物がないの。着替えがないの。暇つぶしがないの」
「それは、その、ごめんなさい……」
「ん? 謝らなくていいから、荷物を取ってきてくれないかしら」
部屋にやってきた彼女はすぐにベッドに転がったようで、半身を起こした態勢で、ふわ、と欠伸をした。
“冬”の青い軍服は既に脱ぎ捨てられていて、薄手のシャツのみを身に着けている。
赤みを帯びた肌がうっすらと浮かび上がっているのが見えた。
「ええと、ごめんなさい、なんだったかしら、名前」
「ケイです」
「そうか、ケイか。すまないのだけど、人の名前はあんまり覚えないの。また聞くかもしれないわ」
平坦な口調で彼女は言う。
その言い方はこちらを突っぱねるようなものに聞こえる。
そんな彼女の態度に緊張をしつつも、やはり奇麗な人だと、ケイは感じていた。
ベッドのシーツにだらりと垂れる艶のある髪や、シャツの着崩し方など、さまざまな部分に目が行ってしまう。
印象としては先のピシッとしていたときとは全く違うが、しかし見た目の端麗さには遜色がない。
なんというか、自分の容姿の魅せ方をよく理解している人なのかもしれない。
「ええと、それで……」
ずい、と彼女はケイへと顔を近づけてきた。
「荷物」
「荷物……ですか?」
近くで見られると、思わず目を逸らしてしまう。
客室はそう広くはないが、棚や机は客室として整えられた高価なものが置かれている。
「でも、どこにあるんです?」
困惑しつつも視線を戻したケイは尋ねた。
何しろ彼女は空から一直線に堕ちてきたのだから、取りに行く場所が思いつかない。
「うん? 当然、私の船よ」
「船? でも」
彼女は単身で剣だけを持ってやってきたはずだ。
そんな当然の疑問に対し、クレイユはにべもなく、
「だから、私の後にやってくる船。本来なら、お前はそちらを出迎える筈だったんでしょう」
「はい?」
「カーゴ級の言語船がもうすぐやってくるわ。
正規軍の監査が、私単身で行われるわけないでしょ? 小隊規模の人員がそこに乗ってくる」
あっけらかんとそう語るクレイユに対し、ケイは「ええ!」と声を出した。
どうやら彼女は、本来集団でやってくるところを、勝手に飛び出してきたらしい。
それもとっとと仕事を終えてしまいたいという理由で。
「だからとりあえず外を見てきて、たぶん止まってるわ、冬の色をした船が」
そう言ったきり、クレイユは再び欠伸をし、ベッドに横になってしまった。
ケイは戸惑いしばらくその場にいたが、クレイユが「早く」とこちらに視線を向けることなく急かしてきたため、とにかく行動をせざるを得なかった。
一〇九階を出たケイは、クレイユの言葉通り船を探すため、吹き抜けを通って下層に降りていく。
先の急加速とは全く違う、備え付けの神言による緩やかに彼は堕ちていく。
「……お疲れ様です」
下降中、教会の先生とすれ違ったため、そう軽く挨拶する。
ケイとは逆に緩やかに上っていく最中だった彼は、にこやかに笑って挨拶を返してくれた。
「ケイか、どこに行っていたのだ」
そうして最下層まで降りると、青い軍服を着た集団と、私兵長のバルナバスがいた。
バルナバスはケイを見かけるなりそう叱ってきた。
褐色肌にがっしりとした身体つきをしたバルナバスと相対すると、修道服を着ていても、どうしても強い圧力を感じざるを得ない。
「先導役のお前がいないから、仕方がなく私が扉を開けたぞ」
「ええと、先に着いたクレイユさんを出迎えていて……」
「ああ、あの人のねー」
バルナバスに事情を説明しようとしたケイに対して、軍服を着た女性が割り込んできた。
小柄な体格をした彼女は、苦笑しながら、
「あまりその子を叱らないであげて、たぶん、こちらが悪いので。ごめんなさい。ウチのバカがご迷惑をかけたみたいで」
前半をバルナバスに、後半をケイに語りかけ、彼女は深く息を吐く。
「本当、集団行動のできない人なんだから。本当、そんなんだからお姫様なんて揶揄されるのよ」
不快感を滲ませ、心底呆れたように彼女は一人口にする。周りの軍人たちもやれやれといった空気を示している。
彼女が誰について述べているのか、ケイにはすぐにわかってしまった。
同時にその人物がこの集団でひどく浮いた存在であるということも。






