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【青】僕の前に彼女は飛んできた

【魔剣】

14世紀現在、世界マアジナルで主力となっている兵器群の通称。

かつて魔術分野は、祈祷、魔術、邪教、祈祷術、呪術、神言、占星術など、元々各地方・各時代で多種多様な枝分かれをしていたが、ある時ジャベリンという天才魔術師が、そのすべてに共通する万物理論を発見。

すべての魔術が動作する言語テクストが開発された。

その統合言語を組み込んだ魔術兵器こそ魔剣であり、これを使う戦士を魔剣士と呼ぶ――これで合ってますよね?




「……そろそろかな」


落ち着かない心持ちで、ケイはそう呟いた。

とんとん、とその場で小さく足踏みをした。

黒い修道服の裾を握る。

凍えるような寒さの中、ふう、と息を吐く。

すると吐息は白く染まり、消えていった。


ケイは今15歳だった。機械伯の子供チャイルドの中でもかなり年長に当たる。

だから、こうした役目を任されたのだと思うし、同時につつがなく果たす必要があるとも、強く思っていた。


「…………」


無言で彼は空を眺める。

そこには巨大な塔がある。

雪が降り積もる地上と分厚い雲で覆われた空を貫くようにその塔は鎮座している。

その堂々たる姿を見ていると、ケイは己がひどくちっぽけな物になったように思えた。


「――ずっと、ここにいたんだものな」


不意に、そんな言葉がケイの口からこぼれた。

外からこの塔を眺めた回数はそう多くはない。

ずっと中で、妹と二人で生きてきた。

だから、ずっと過ごしてきた塔なのに、外から見ても今一つピンと来ない。全く知らない場所を見ているかのようだ。


その奇妙な感覚と、これから迎える客人への緊張が相まって、ケイは何とも座りが悪い心地だった。

気もそぞろに目をこすったり「うーん」と唸ったりもする。


「そもそも僕一人って、よっぽど人手が足らないのかなぁ」


そんなことをぼやきながら、空を眺めていた。

そして――気づいた。

空に何かがいる。

真っ白な世界の中で、それは青くきらめていた。

次第にそれは大きくなる。存在感を増し、光が猛然と迫る。


塔の下――ケイの目の前へと、青い魔剣士は堕ちてきた。


舞い散る雪、轟く轟音、視界を覆う青の色彩。

「うわぁ!」とケイの声が漏れる。咄嗟に足に力を入れ、目元を手で覆った。


「着いたわ」


青と白が乱舞する中、声が聞こえた。

ケイは目を凝らすと、徐々にその輪郭が浮かび上がってきた。


“冬”の軍服を身に纏った彼女・・は、背筋をピンと伸ばして立っていた。

長く伸びた髪が風に吹かればさばさと舞う。

その手には青く光る剣が握られ、彼女が戦士であることを示していた。

ぱっちりとしたその目元はみなぎる自信を現しているようでもあった。


「こんにちは」

「え?」


呆けたように彼女を見上げていたケイは、ふと自分が挨拶をされたのだと気づき、はっ、として急いで敬礼の構えを取った。

そして大きな声で返事をしようとする。


「ようこしょいらっしゃいました!」

「ああ、ここから入るのね」


だが噛んだ。しかも挨拶した頃には、彼女はケイの前を通り過ぎていて、一人で塔の中に入ろうとゲートを探していた。

魔剣を格納し、展開されていたバリアが消える。

途端、そのきらめく髪から青の色彩が消え、地であろう茶色混じりの黒髪が現れた。


「待ってください! そこは僕じゃないと開けられません」


気を取り直し、ケイは彼女の背中を追った。


「ええと、クレイユさんですよね!?」


そう声を張って呼びかけると、彼女は振り向くことなく「そうよ」と答えた。

答えつつ、塔の壁面にできた不自然なくぼみを見つけ、あちこち触っていた。


「随分と古臭い言語テクストで閉じてるのね、物理的にも固いから、そういう意味では逆に攻略しづらいんでしょうけど、流石は辺境というか……」

「あ、勝手に侵入ハッキングしないでください! 駄目ですよ! ちゃんと開けますから」


ケイは焦ってそう呼びかけて、彼女の下へと走った。

そして「ん?」とそこで初めてクレイユはケイを認識したように、横目で彼を見下ろした。


僅かに緊張しつつ、彼はキーとなる言語テクストを諳んじた。

その瞬間、クレイユが不快そうに顔をしかめたのが見えた。

ドキリとするのものの、一通り言語テクストを読み終える頃には元の傲岸な表情に戻っていた。


そしてゲートが開かれた。

がたり、と音がまず響いて、塔の壁の構造がまたたくまに組み変わったのだ。

不自然なくぼみはどこかに消え、代わりに内部へと続く空洞が現れていた。


「ここから、どうぞ」

「なるほどお前が案内役だったのね」


そう呟いたのち、クレイユは、先導しようとしていたケイを置いて、ずんずんと前に進んでいってしまう。

「あ、もう」と思わず声を漏らしたケイは彼女を急いで追った。


外部との温度差を和らげるために造られたスペースを経由し、クレイユとケイは塔の中へと足を踏み入れた。

温風が頬に触れ、ケイは思わず安堵の息を吐いた。

同時に防寒のためにかけていた言語テクスト解除ディスペルする。


「機械伯はどこ?」

「ええと、最上層の、二三九層にいらっしゃいます」

「ふむ」


会話している間にも、クレイユはケイのことを見ない。

見ないまま、彼女は口元に手を当て、考える素振りを見せた。目線は頭上――恐らくは遥か上に機械伯へ向けられている。


この塔は全体が螺旋階段のような構造となっており、中心部には最上フロアまで吹き抜けが存在する。

何故そのようになっているかというと、中心部に仕掛けられた神言により、吹き抜けとなった部分を昇降機エレベータのように上下移動できるからだ。


「ええと、待ってください、今、僕が……」

「二三九ね」

「え?」


言語テクストを口にしようとしたケイを遮り、クレイユはそう尋ねてきた。

そしてその意図を掴みかねているうちに、がば、と彼女はケイをその腕に抱きかかえた。


「気を失わないように、私の『ビズワディ』は速いから」


返事をするより速く――魔剣が解放された。青い光が円を描く。

テクストコンバータがうなりを上げ、全面に展開された力場が球状の画面バリアを形成する。


“Mabi OS”

“version'97”

“boot.....”

“ようこそ”


抱えられたケイは、訳のわからないまま推移する周りに表示される言葉こえを読む。

知識としては知っていた。“冬”の魔剣はMABIマビと呼ばれるOSを搭載しており、これがその起動画面であることは。

だが、何故自分をまきこんでクレイユが魔剣を抜いているのか、理解できなかった。理解できないまま――クレイユはトんだ。


どん、と虚空を蹴る音がした。そして次の瞬間には、地面は遥かな下へと遠ざかっている。

その跳躍は勢いを衰えることなく、いつしか飛行となり、猛然たる飛翔となった。

その光景をケイはクレイユの腕の中で見ていく。

見慣れた螺旋階段が、いつも通っている居住フロアが、部品を運ぶ小鬼たちの姿が、現れてはすぐに視界の隅に消えていく。


「もう一度聞くけど、二三九階ね?」

「え? あ、はい」

「よろしい。でも一度目で答えなさい」


頷いたケイに、クレイユは満足げに頷き、青い髪をははめかせながら微笑んだ。


「――――」


その笑みを見上げ、ケイは思わず声を喪った。

奇麗だ。そう思ったとき、自分が彼女とかなり密着した態勢になっていることに気付き、顔を赤面させた。


「気持ちいいわ、こうかっ飛ばせるのは」


そう語る彼女の顔は無垢で、無邪気ささえ感じさせた。

と、そこで不意に制動がかかる。

コンバータから幻想リソースが放出され、上昇アップを繰り返していた減速していく。


「二三九、ここね」


クレイユはそう言って、吹き抜けから階段へと着地する。

途端、青い画面バリアが解除され、装甲が閉じコンバータが格納される。


「機械伯に直談判、それで仕事はおしまい」


おしまい、という部分に力を入れながら発音し、クレイユはそのまま扉へと歩いていく。

二三九、と番号ナンバーを振られた扉を押す。


「わっ、ダメですって! 勝手に」


その光景を見て、ケイは焦ったように彼女の下へと急ぐ。

まだ予定の時間にも早いし、そのうえ不躾にもほどがある乗り込み方である。


「失礼します、ヴェストヴェスト機械伯」


だがそんなことを意に介さず、勝手にクレイユは中に入ってしまった。

おろおろとしながらもケイも続く。そして、彼もほとんど入ったことがない、機械伯の個室に足を踏み入れた。


静かな部屋だった。


円状をした部屋で、だだっ広く、隅の方に最低限の調度品が備えられているのみで、それ以外には何もない。

敷かれたカーペットは高価なものであるが、くすんだ色をしていて、豪勢な雰囲気とはむしろ真逆の、くたびれた印象を与える。

特徴的、というべきなのは全面ガラス張りになっていることで、そこには最上層に建設された真っ白な街が一面に広がっている。

これらの街はあくまで見た目だけを再現したもので、そこには誰も住んでいない。

ここから機械伯が一望するためだけにこさえられた装飾品のようなものだ。


その中心に、ぽつん、と椅子が置かれている。

古びた木製の安楽椅子で揺れるたびに、ぎい、と染みついた年季が軋む音がする。

その椅子に座っている者こそ、この塔の主にして、この地方を治める領主である。


彼ははその丸っこい頭を、くるり、と回転させてこちらを見た。

瞳と思わしき頭の二つの愛嬌あるくぼみが、腰に魔剣を挿すクレイユを捉えている。

マントにくるまれたその身体は小柄で、ともすると子供のようにも見えた。


ヴェストヴェスト機械伯。

魔剣戦争が起こるずっと前、12世紀の初期エリオスタ時代から意識を言語テクストとして機械に刻み込み、それを身体とすることで生き永らえている人間ラングである。


「早い、ものだね」


最低でも齢三〇〇を超える機械伯は、絞り出すように声を出した。

基本となるトーンは少年のような高音だったが、同時にノイズが短い言葉でも隠せないほどであり、それが老いを感じさせた。


「まだ寝ているつもりだったのだが」

「申し訳ございません。このような仕事は、私としても、早めに済ませてしまいたいのです」


鎮座する機械伯に対し、クレイユは何一つ気遅れすることなく近づいていく。

ケイはとにかく一度大きく頭を下げ、彼女の後を追った。


「さて、ご老体。お疲れのところを申し訳ないのですが、仕事の話をさせてほしいのです」


機械伯の目の前までやってきたクレイユは、単刀直入にそう切り出した。


「仕事、か。君は真面目な軍人なようだな。聡明、とは少し言い難いが」

「そういうあなたは随分と愛らしい外見をしていらっしゃるのね」


そう言ってクレイユは口端を吊り上げた。

そのやり取りを間で聞いていたケイははらはらと見守っている。そもそも自分はここにいていいのだろうか。

そんな疑問が脳裏を過る。元々ケイに与えられた役目は、やってくる軍人たちのためにゲートを開けることだ。

そこから先はもっとちゃんと立場の大人の仕事だ。状況に流されるようにここまで着いてきてしまったが……


「――クォード計画」


ぽつり、とクレイユはその単語を口にした。


「私は例の計画の監査のためにやって参りました。そのことは伯も知っているでしょう?」

「……無論」

「それでは早速お見せいただきたいのです。新型魔剣の実力とやらを、同盟者として正規軍にも見せてもらわなくては」


やってしまった、とケイは思わず無言で服の裾を掴んだ。

計画だの新型だの、どう考えても聞いてしまってはいけない会話の場に同席してしまった。


「新型魔剣、か。赤と黒、既にどちらも完成しているよ」

「……二振り存在するのですか? 新型は」

「ああ、あれは二つなければ意味がないのだ。計画の要として」


そんなケイの焦りと裏腹に会話は進んでいく。ごくりとケイは唾を呑み込んだ。

だがそんなケイを、クレイユは意にも介さず、


「どちらでも構いません。とにかく性能を見せてもらいたいものです。魔剣士が足りていないなら、私が使ってみせましょうか?」


そう言い放った。言外に、威圧を滲ませながら。


「それは無理だな……様々な意味で」


機械伯は静かに言った。


「やはり早過ぎる。クレイユ戦士。魔剣は完成しているが、この塔にはまだない」

「何ですって?」


そこでクレイユは顔を顰めた。


「ないとはどういうことです」

「言葉通りの意味だ。近くの工房から現在輸送中だ」

「監査の日時はあらかじめ伝えてあったはずでしょう」

「この雪道に、オーロラが多発する地域だ。予定通りに事が進まない可能性は十分にあった。その旨は事前に正規軍に伝えてあったはずだが」

「…………」


クレイユはそこで押し黙った。

それまで即座に威圧的な言葉で返してきた彼女が、ここで口を閉ざしたのがケイには少し以外に思った。

が、会話の流れから推察もできた。

クレイユは、どちらが悪い正しいという点で意地を張ることに意味はないことと、単純に「どうしようもない」ということを悟ったのだろう。

新型魔剣の監査を早く済ませてしまいたくても、肝心の剣がないのだから、どれだけ機械伯を急かしたところで事態が早まりはしない。


「魔剣の到着は何時です?」


沈黙ののち、クレイユはそう尋ねた。


「恐らくは、三日後」

「そうですか、それではそれまでこの塔で待機させてもらいますわ。部屋は用意されていますね?」

「もちろんだ」

「了解。それではまた、三日後に」


そう短く言い放って彼女はすたすたと歩き去ってしまう。

来るときも早ければ、去る時も早い人だった。ケイは一拍遅れて反応し、機械伯の姿を窺ったが、


「ケイ、君は彼女の世話をしてやりなさい。魔剣の到着まで、教会よりもそちらを優先しても構わないよ」

「え、あ、はい! お父様」


機械伯の言葉に、戸惑いつつもケイは頷いた。

そして、勝手に出て行ってしまったクレイユを追いかけ、部屋を後にした。


――あの人の、世話係


ケイは思う。ほんの少し前に出会ったばかりだが、その仕事が如何に大変で、骨が折れるか、想像がついてしまった。

これは相当、根気がいる仕事だと。

そしてその想像は五分後には既に正しいことがわかった。


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