【青】クォード・ナルシズム
突如として巻き起こったその爆発は、空を埋め尽くさんほどの勢いで青い幻想の波を起こしていった。
どろどろのオーロラも、空っぽの白い空でもなく――純粋な青だった。
「……兄貴?」
赤と黒。一対の魔剣を互いに向け合う中、ケイはふとその動きを止めていた。
既に計画は最後の段階まで来ていた。あとはもう、この魔剣の力を解放するだけでいい。
そうすれば――自分たちは“城”に行くことができる。
「ルーシィ、僕は思うんだ。やっぱりこの街で生き延びたのは、兄の方だったんじゃないかって」
しかし、そこでケイは手を止めていた。
遠くに広がる空を見上げ、彼は言葉を続ける。
「妹の方は愛されていたんだ、兄にさ。だからたぶん、こんな気が遠くなるほど長い計画なんか、必要なかったと思うんだ。存在しない虚構のお父様なんて創らなくてもさ、目の前に家族がいたんだから」
ルーシィは無言でケイを見つめた。その紅い瞳の中に、ケイはいた。
「だから機械伯なんてものを創る必要があったのは、兄の方だと思うんだ。最後に嘘を吐くことしかできない、そんな自分を許せなかった、可哀そうな兄貴が」
ケイはそう言って、ルーシィに対して背を向けた。
ざ、ざ、と雪を踏みしめる音が響いた。ケイが走り去った先には――青い髪を血で紅く汚した、一人の騎士がいた。
「クレイユさん……!」
白い街に倒れ伏す彼女にケイは声をかけた。
その身からはだくだくと血が流れ、白い世界をこぼしていた。
ふと見れば、すぐ近くに壊れた青い魔剣があった。
剣身はひしゃげ、コンバータはカタカタと奇妙な音を立てていた。
「なんて無茶なことを……!」
「……ふふふ」
クレイユはかすれる声で笑っていた。
その瞳は焦点が合っておらず、何も見えていないようだった。
「ギリギリ、私の勝ちだわ。アイツに助かるメドはなかったけど、私には、あった……」
それでも彼女はそう口にした。
ボロボロの身になりながらも、これ以上ないほど晴れ晴れとした口ぶりで、そう言い放ったのだ。
「クレイユさん」
その様を目の当たりにしたケイは、震える声で彼女の名を呼んだ。
「ケイ……ね」
すると彼女もまた名前を呼んでくれた。
「私、ちょっとだけ――好きになれた。私のこと、みんなのこと、世界のこと」
“そしてお前のこと”
その言葉は少しずつ遠ざかっていくようにケイには思えた。
かすかに息のある彼女は、もう少しできっともう、会えなくなる。
その事実を思ったとき、ケイは街がひどく静かになった気がした。
「……私、やっぱり見捨てられちゃうのかな」
後ろで声がした。振り向かずともわかる。今まで生きてきた、ずっと一緒だったのだから。
「私みたいな人は、やっぱり“城”に行く資格なんて、ないんだよね」
「……ごめんよ」
ケイはゆっくりと、そこにいる者に語りかけた。
「お前は僕のことを好きでいてくれたのに、たぶん僕はお前のことを許すことができなかったんだな」
■■、とケイは口にした。
もはや誰も覚えていない、兄の名前。
「もう僕らには“城”なんてなくても、いいんだ。今までありがとう、僕らのために嘘を吐き続けてくれて」
いい子にしていた子供たちを助けてくれる、優しいお父様。
そんな人がいてくれる“城”に行きたいと、ずっと思っていた筈だった。
だけども――もう大丈夫だ。
たとえ始まりが嘘であったとしても、もう見つけてしまったから。
本当に自分が触れ合える人を、心の底から、一緒にいたいと思える人を。
「だからありがとう、そして、さようなら」
そう言って彼は振り返った。そしてそこに立っているもう一人の自分自身のことを、彼はようやく好きになることができた。
“高次幻想干渉”
そして最後に――今、自分が本当にやりたかった願いを言葉にした。
◇
辺境で行われた新型開発計画とそれにまつわる正体不明の勢力の攻防は、魔剣戦争全体の趨勢には特に影響を及ぼすことなく終わりを迎えました。
ただ――そこで造られていたはずの赤と黒の魔剣がどこかに消えてしまいました。
最後まで生き延びたROUGE隊隊長、クレイユ・リクイエストさえも、それが一体どんなもので、どこに行ってしまったのか、知りませんでした。




