【青】ルーシィ
誰もいない白い街で二人は彼女は口を開いた。
「……兄貴だって本当は覚えている筈だよ」
ゆっくりと彼女は語り始めた。
「二百年くらい前……かな。この街に二人の兄妹が逃げ込んできたんだって」
“雪の中に首を突っ込むと、焼けるような痛みを感じた”
ケイの脳裏に、知らない記憶の言葉が流れてきた。
「もうその兄妹の名前は誰も覚えていないんだけどね。
でも、その二人は絶対にここで生きていたはずなんだ。
戦争の炎から逃げた先で、すべてを諦めそうになったんだ。
お兄さんの方は、もう、助からない傷を負っていたから」
“それ故に■■は笑っていた。笑って、目の前にどうしようもなく広がる世界を見た。”
「それと同じくらいの時期にね。立派な領主様が現れてたんだ。戦争で身寄りを喪った子供たちを助けて、自分の養子として育て上げてくれた伯爵様。その人は自分のことをヴェストヴェスト機械伯と名乗ったの。機械に自分の意識と記憶の言語を刻み込むことで、無限の身体を手にした人……その子供に、その兄妹は助けられた」
“駄目じゃないよ。たぶんだけどね。きっと伯爵さまはお前を愛してくれる。お前のお父上になってくれる”
ルーシィはそこで少しだけ顔を俯かせた。
「でもおかしいんだ。だって――その伯爵様は嘘だったんだよ。その死にそうになっていた兄貴が作った嘘。私にだってわかるよ。あの時代に、そんな都合の良い伯爵様なんて、いる訳ないって」
わからないの、とルーシィはこぼした。
「誰が嘘を本当のものにしたのか。
もしかしたら一人生き延びた妹が、兄の虚構を機械に刻み込んで伯爵という存在を作り上げたのかもしれない。兄の嘘を本当にするために。それともここで死んだ兄妹のことを哀れんだ誰かが適当なものをこしらえたのかな?
もしかすると兄妹の存在がそもそも嘘だったのかな?
ただ気が狂った伯爵が、子供なんてものを作ったのかもしれい」
ケイは思わず頭を押さえた。
ひどい目まいがしていた。ああそうだ――自分は全部、知っていた。
子供の正体も、機械伯とは一体何だったのか、そしてこの魔剣は何のために造られたのかも。
「この場所はね、もう全部滅びてるの。
二百年前の時点で、そこに生きていた人間は全部死んでいた」
延々と続く雪原。
あそこはもう人が住める環境ではなかった。
残っているのは舞台と呼ばれる、機械伯の研究施設だけ。
「だけど現れた伯爵様は子供を救わなくてはならなかった。だってそういう存在だったから。子供を助ける伯爵様として生まれた以上、逆説的に子供がそこに存在しなくてはいけない。だから――」
「だから――お父様は僕たちを造ったんだ」
ルーシィの言葉を引き継いでケイは言った。
「子供は機械伯が自分自身の言語を複製することで作り上げた、もう一人の自分。だから家族なのは嘘じゃない。血のつながった親子であり、血を分けたきょうだいであり、血を同じくする自分自身。あの塔にいた人たちは全員、僕もルーシィも、みんな同じなんだ。全員で、一人なんだ」
「そう、私はルーシィだけど、兄貴でもある。
そしてお父様でもある。同じように、兄貴だって、私でもあるんだ」
ケイが覚えがないままに情報を漏らしていたのも当然だ。
すべては同じ存在である以上、ただ経験するだけで“機械伯と子供”という一つの群体に経験が共有される。
――“城”にいきたいな
自分の中に刻まれた、この願いこそが、きっと子供に共通する言語。
「機械伯、少女機械、子供、そしてこの魔剣……」
ケイとルーシィは互いが持つ魔剣を見た。
『ルジエクォード』と『ノワレクォード』。
それは二百年前から続くこの計画の、最後の鍵として開発された。
「『ノワレクォード』は言語を消してしまう魔剣」
ルーシィはゆっくりとそう語った。
ケイには彼女が何を考えているのかがわかった。
そう彼女はこれでクリオやメイズに刻まれた言語を、過去を垣間見た。
そしてオルガとアマーリアの記憶を消してみせた。
「『ルジエクォード』は言語を新たに作り上げる魔剣」
ケイはそう口にする。
自分はこの魔剣で、すべてを消された少女機械に幸福な結末をでっち上げた。
そう――かつてここにいた兄が妹に嘘を吐いたように。
「クォード計画とは、この二つの魔剣を使って過去を改ざんする計画。
二百年前の過去を改ざんして、虚構を本当にするために、私たちは創られ、ここまでやってきた。
始まりの街で、“冬”にも“春”にも邪魔されない場所で、私たちは――愛されるために辻褄を合わせる」
ルーシィはそこで笑った。笑っているのに、悲しそうだった。
そしてケイは自分が全く同じ表情を浮かべていることに気付いた。
「さぁ兄貴、剣を使って」
自分と同じ表情をした誰かが言った。
黒い魔剣を掲げ、この地に刻まれた過去を抉り取ろうとしている。
そして自分もまた赤い魔剣を抜くのだ。
彼女が抉った空白に、嘘を書き込んで本当にする――
“高次幻想干渉”
言葉が聞こえた。




