【紅】子供《チャイルド》
「今回の仕事で一番ヤバかった。心臓が止まるかと思った」
メイズはげっそりとした表情でそう言いながら、手に抱えた人質《、、》を見た。
「君、死ぬ気か?」
「死ぬ訳ないわ。お前が助けてくれるもの」
あっけらかんとそう言い放つ相手にメイズは嘆息する。
この高度で身を投げることを自殺といわずして何という。
自分がこうして引っ張り上げなければ、今頃彼女の身体は地面に叩きつけられ、ペシャンコだっただろう。
『フラグナッハ』の蔵書が表示した名はクレイユ・リクイエスト。
そしてそこにはご丁寧に“殺すな”という依頼主の文言が記されている。
「あの塔での戦いで、わざわざコンバータだけを狙った時点で、私の素性が貴方たちにバレてることくらい読めたわ」
言いながらメイズは肩を竦める。
画面越しに見えるクレイユは澄ました顔をしていて、じゃじゃ馬だねこりゃ、とメイズは自らのことを棚に上げて思った。
「あら、あんな魔剣の部隊で取り囲んでおきながら私たちを殺さなかった。そこで、お前たちの魂胆は何となく読めるわ」
「……絶対に、ではなかったんだけどね。君が死ぬと面倒だから、今での襲撃時も致命傷は避けていた訳だし」
彼女を殺害してしまった場合、貰える額が減る。
それを伝えていたから、塔の外での“ヒュペーリオン”傭兵部隊は、圧倒的に優位な立場だったにも関わらず、クレイユとあの新型魔剣を操る少年に撃退されてしまったのだ。
我が兄たるカールの顔を浮かべ、メイズはもう一度息を吐いた。
そういうのは変に下に伝えない方がいいというのに。
「それしか、ケイを逃がす手段が私には思いつかなかったの」
クレイユはそう言って、視線をどこか遠くへと移した。
『ルジエクォード』の反応は既に消えていた。
ケイ。
その名は何度かルーシィが聞いていた。
塔の子供の一人でらしい、彼女がたびたび「好きだ」と口にしていた兄だという。
確かに彼にはまんまと逃げられてしまった。
クォード計画の要である新型魔剣の一振りが自分たちの手からこぼれてしまった。
とはいえ、それも大きな問題ではない。
「あんな出力の魔剣だ。少しでも動かせば、探知するのは楽だ。だから逃げることはできないよ。それに――」
メイズは思い返す。この作戦を告げられたときの、依頼主の言葉を。
ケイと呼ばれるあの少年は、子供だ。
それ故に計画の障害となることはあり得ない。
“お疲れ様、メイズさん”
そこで画面に見知った顔が表示された。
漆黒の髪に、『フラグナッハ』と同じ紅い瞳。
ルーシィ。
“クレイユさんは死ななかった?”
“まぁね、澄ました顔でぴんぴんしてる”
“よかった、その人、兄貴のお気に入りなんだよね”
ここしばらく行動を共にしていた少女に対し、メイズは声色をわざとらしく変えて、
“ご満足いただけましたか? 我が依頼主方々”
そう告げると、画面に映った少女は微笑んだ。
◇
「クォード計画」
オルガとアマーリア。
数日前、三号舞台と呼ばれていたあの館で出会った少女機械たちに魔剣を振るいながら、ルーシィは口を開いた。
「メイズさんってこれどこまで知ってるんだっけ?」
朽ち果てた街の中で、ルーシィは夜を煮詰めたのような漆黒の幻想をまき散らしていた。
「だから――それはただの新型魔剣の開発計画だろう?」
依頼主から聞かされていたのは本当にそれくらいだ。
“冬”の正規軍からの技術支援を受けたうえで機械伯が行っていた魔剣開発計画。
だがその裏側として、メイズたち“ヒュペーリオン”が関わっていた。
「だが“冬”の正規軍が関わっている以上、完成した技術を接収されることは見えている。だから私たちが機械伯の塔を機械伯の命令で襲い、新型を奪取したうえで、もう一度機械伯に渡す。そうすることで機械伯は“冬”の援助を受けるだけ受けたうえで、開発した魔剣や技術を独占することができる」
それが今回の計画の全容のはずだった。
少なくとも“ヒュペーリオン”に伝えられていたのは、そのくらいだ。そのために機械伯の塔を襲った。塔に内通者がいるのは、依頼主の正体を考えればある意味当然のことだ。
だが実際に渡された情報はひどく穴だらけで、そのせいでクアッドが死に、あげくの果てにこんな少女と二人で歩くことになった。
「うん、だいたいそうだよ。それは間違ってない」
そう告げると、ルーシィは微笑んだ。
「でも、よく考えると、ちょっと変だよね。そんな芝居を打ってまで、何で機械伯は新型魔剣を手元に置こうとしたのかな? 確かにこの剣はすごいよ」
ルーシィは手に持った魔剣『ノワレクォード』を視線で示した。
「それでもただの強力な兵器というだけなら、こんな辺境の領主が持っている必要はない。もうこの戦争の終わりも段々見えてきた時期だしね。正規軍に売り飛ばした方がよほど見返りは多かったはずでしょ」
そう朗々と語る少女に対して、メイズは静かに問いかけた。
手に臨戦状態の『フラグナッハ』を握りしめながら、
「君、何者だ?」
ルーシィは答えた。
「子供だよ、私も兄貴も」




