【青】再会
「いいじゃないですか――」
ケイは叫びを上げる。
言葉通じない相手と分かっても、この敵に言わなくてはならないことがあった。
「いいじゃないですか! 何もなくたって、貴方がここにいたのは、何よりも確かなことなんだから!」
共に剣を握るクレイユのことを想う。
確かに自分が見ていたのは、彼女の虚像にすぎない。
自分の意志で好きなように歪めた現実だった。
だけど、その虚像を通してみた世界が、まるっきり無意味だったとは思わない。
確かに正しくはなかったかもしれない。
それでも――大切な時間だったんだと、胸を張って言うことができる。
「間違っていても、大切なものだって、あるはずでしょう!」
ケイは『ルジエクォード』のテクストコンバータをさらに展開する。
『アマーリア』を包み込むように幾多の赤い言語が広がっていく――
“クォード・シフト”
【ふと私が目を開けると、そこにはオルガがいた。
いつもフリルのついた侍女服で、心配そうに私を見下している。
何をしているの? と私は尋ねた。
かつて使っていた、仰々しく演劇染みた口調はもう使わない。
私はひどく疲れていた。オルガと二人でずっと生きることに、途方もないくらい疲れていた。
何年も何十年も、私たちは終わりのない迷路に迷ってきた。
最初にお父様に造られ、虚構の過去を与えられた。
君もいつか停止する時がくる。
その言葉を信じてここまで生きてきたけれど、結局、結末は与えられないまま、ここまで生きてきてしまった。
だからオルガと二人でこれからもずっと生きるのだろう……
「ねえ、アマーリア」
床に伏せるアマーリアに対し、オルガはゆっくりと語り出した。
いつものぼそぼそとした喋り方ではない、落ち着いた声音だった。
「私と貴方って、どんな関係だったのかな_」
妙にかしこまって、そんなことを言う。私は不思議に思いながら、
「今更、何を言うの?」
何を当たり前のことを、という風にこう答えた。
「こうして一緒に暮らしているのだから、当然じゃない。そう――」
続きを言い切ったとき、私は気が付いた。
ああ、そうか。私にとって、オルガとの日々は、誰に与えられたわけでもない、本当のことだった。
それだけは、そう、確かな……】
◇
空はゆっくりと晴れていった。
濁った幻想は引いていき、再び誰もいない、静かな街が帰ってきた。
その中心に立つ館。戦いで荒れ果ててしまった庭に、二人の少女の身体が倒れている。
既に彼女の身体は冷たくなっており、一切動こうともしない。
それは紛れもない“終わり”だった。彼女らが到達した、最後の場面。
「……クレイユさん」
その姿を見下しながら、ケイは共に飛ぶクレイユに声をかけた。
「頑張って、隊に戻りましょうか」
「……ああ、そうね」
ふう、とクレイユは息を吐く。それを見てケイも身体から力が抜けていった。
何とか場をしのぐことができた――まずはそれを喜びたいそう思った。
「ところで、ケイ」
そこでふとクレイユが呼びかけてきた。
態勢としてはまだ密着したままなので、変わらず耳元で囁かれる形になる。
「お前、何歳なの?」
「え?」
「一度で答える」とたしなめられる。
「あ、はい。15ですけど」
「そうなの」
意図が掴めない問いかけにケイが戸惑っていると、
「私は23歳」
「はい?」
「問題なく行けるわ」
「ええと、何が……?」
「少しだけ、待ってるわ」
問いかけの意図が掴めないケイをよそに、クレイユは一人納得してしまう。
あはは、とケイは困ったように笑っていたあ、画面上の反応に気が付いた。
魔剣の反応だった。
『フラウ・フラウ』の四騎編隊であり、識別信号では友軍として表示されていた。
「友軍? でもこんな部隊」
怪訝な顔をしてケイは表示された情報を確認する。それを見たクレイユが背中から覗きこむ。
「もしかすると、正規軍の援軍が間に合ったのね」
彼女自身は『ルジエクォード』の言語を読み解くことができないはずなので、ケイの様子から類推したのだろう。
「なるほど! だとしたら大分楽になりますね」
「ええ――あとは私もあの紅い魔剣士と決着をつけるだけ」
そこでクレイユは声のトーンを落とし、そう口にした。
力強い声音だった。やはり彼女にしてみれば、あの相手は無視できない存在なのだろう。
「僕はじゃあ」
ケイは少し苦笑しながら、
「もう少し隊の人と話してみます。こうしてわがままいってここまで来たんです。もう少し外の人たちとも話したいと思います」
今までそれを見ないようにしてきた気がする。
居場所がないと勝手にいじけていたのかもしれない。そうケイは自省していた。
告げると、クレイユは少し寂しそうに、
「……そうするといいわね。お前の場合」
「クレイユさんとも、もっと話をさせてください」
ケイは少しだけはにかんでいった。
こうして間近で彼女と会話するときも、随分と心持が変わったように思う。
と、そこでさらに画面に変化があった。
「あ、フーケ2です。こっちの反応に、気づいていたみたいですね」
帰る手間が省けて楽になった。
そう思った次の瞬間、小さな窓が開かれた。
“レニさん”
ケイは言葉を上げた。
そこには眼鏡をかけた小柄な少女、レニがいた。
とりあえず彼女に帰投を報告しようとした、その瞬間、
“やはり、君が内通者だったのか”
え、とケイは声を漏らした。
雑音混じりの通信はひどく状態が悪く、画面も乱れている。
だがそこに映るレニの表情は、ケガをしているのか、苦痛に顔を歪めていることがわかった。
“レニさん!”
“クソ、読めていたのに。あの計画は――”
その通信がそこで断絶した。
ケイとクレイユは共に状況が呑み込めなかった。
一拍遅れて先ほどの『フラウ・フラウ』の部隊がこちらに猛接近していることに気付いた。
そして次の瞬間には――頭上より言葉が聞こえた。
「そこまでだよ、青い精鋭」
はっとして顔を上げた。
「紅い魔剣士!」
クレイユが鋭い声を上げた。
そこにはそう、塔での戦いで確認されたあの紅い魔剣士がいた。
バイザーで顔を隠す彼女は翼を広げ、悠々とこちらを見下している。
「ここまで来たんだね、兄貴」
そしてその隣には――ケイが探し求めていた妹がいた。
「本当に……お疲れ様」
彼女、ルーシィは以前会ったときと同じ様子で、ケイにそう告げた。
かどわかされている様子はなく、『ルジエクォード』によく似た黒い魔剣を駆っていた。
ケイは状況がつかめずただただ戸惑うことしかできなかった。
そして気づく。
例の『フラウ・フラウ』の部隊が到着していた。
友軍として表示されている四騎編隊の部隊は、紅い魔剣士を襲うことなく、寧ろこちらを取り囲むようにして飛び出した。
そしてそれらの『フラウ・フラウ』は通常のピンク色の塗装ではなく白いカラーリングで統一されていた。
それは、彼らが正規軍でなく機械伯私兵軍の魔剣士であることを示しいてる。
彼らは“冬”の正規軍ではない。彼らは、ケイのよく見知っている機械伯の私兵たちだった。
「さぁいこう、兄貴。最後の場所。私たちの“城”へ」
ルーシィは微笑み、そう告げた。
◇
……そうしてクォード計画は最終段階に入ります。




