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【青】バディ・バトル


“ぼうっとするんじゃないの! 未確認幻想源、確認して”


クレイユのしかりつけるような言葉こえにケイは一拍遅れて画面バリアを確認する。

そこに表示されていたのは雪原の中に残っていた廃墟と、その中心に立つ何者かの姿だった。


“なんだ、あれ”


その不可解ないでたちにケイは理解が及ばなかった。

画面バリアを拡大したその先にいたのは一人の少女だったからだ。


青いスカーフがひらひらと舞う。

フリルの縫い付けられた可憐な装いは、しかし煤にまみれていて、ところどころ焦げついてさえいた。

その身体より異様な圧の言語テクストが立ち昇っており、探知魔術レーダーは誤作動を思わせるほどの濃い幻想リソースを示していた。


“未確認騎をエネミーとして登録”


喉がひりつくのを感じながら、クレイユの淡々とした言葉こえに倣いケイは『ルジエクォード』のグリップを操作。対象を敵として登録する。


“何なんです! あれはE1の秘密兵器ですか?”

“知らないわ。少なくとも私の蔵書データベースにはないし、秘密兵器にしても意味が分からなさすぎるでしょう。でもなんにせよ”


クレイユは『ビズワディ』を臨戦態勢へと切り替えている。

青い髪が空を舞い、その剣身ブレイド幻想リソースが収束する。


“こちらを補足した瞬間に襲いかかってきた。なら――倒すしかないでしょ”


クレイユは空を蹴った。

真っ白な空と崩れ落ちた街の間を、彼女は魔剣と共に駆け抜ける。


“お前は後ろで見守ってて、危なくなった呼んで、助けるから”


そう言うだけ言ってクレイユは突撃してしまう。

青い閃光となり敵と相対する彼女に対し、ケイは取り残された形になってしまう。


“……こちらクレイユ隊、未確認騎と遭遇。これを敵と認識し交戦エンゲージ


ケイは当惑しつつもとにかく自分にできることとして、キャロルフーケ2への交信を試みた。

だがこの一帯の幻想リソースはあの敵のせいで著しく乱れている。

向こうがこちらの信号を確認するまでタイムラグがどうしても起こってしまうだろう。


それでも一縷の望みをかけてケイは状況を報告する。

廃墟地帯で未確認騎に強襲されたこと。

その時点で対象をエネミーと判断し交戦中であること。

異様なテクストコンバータ反応が敵から観測されていること。


“アマーリア。高次幻想干渉クォードシフト第三研究施設にて開発されていた少女機械マシンヒロインの中の一騎……”


と、そこで画面バリアに敵の照合結果が表示された。

ケイは眉をひそめる。

先ほどクレイユが蔵書データベースで照合した際には敵は正体不明のままだったという。


即ち“冬”の正規軍の蔵書データベース上には登録されていなかった『アマーリア』なるこの敵は、何故か『ルジエクォード』の蔵書データベースならば照合することができた。

それが何を意味するのかは分からなかったが、表示されたデータにケイは目を走らせる。


眼前で戦うクレイユに対し、少しでも伝えることがないかとケイは必死にだった。

高次幻想干渉クォードシフトだとか少女機械マシンヒロインだとかいう単語を理解することができなかったが、とにかくこの敵の構造を把握しようと務める。


「……そういう、ことか」


そしてケイは一つの事実に気付いた。

顔を上げると、乱舞するビームを潜り抜け敵と相対しているクレイユの姿が見える。


“クレイユさん! 駄目です、そいつは……!”


だが届かない。

乱れた幻想の中心で戦っているクレイユに、ケイの言葉こえ雑音ノイズにかき消されてしまう。


ケイは一瞬目をしばたたかせる。

意を決してグリップを操作。テクストコンバータを稼働させ、加速の魔術を展開した。


“加速《XPO》”


機械伯の下で慣れ親しんだ言語テクストを操り、ケイは戦火の中心へと近づいていった。

放出される無数のビーム。直撃を受ければ画面バリアを貫通してこの身が焼かれることは想像に難くない。

その恐怖を必死に抗いながらケイはクレイユへと言葉こえの届く場所まで急いだ。


“クレイユさん……!”

“お前、なんで来たの”


クレイユは振り返らずに答えた。

彼女は『ビズワディ』で耐衝撃ダンパーを展開し敵の攻撃を受け止めていた。

その背中から少し離れたところ、なんとか言葉こえが届く位置までやってきたケイは、彼女に対して叫びを上げる。


“駄目です! そいつを不用意に攻撃しちゃ”

“なに?”

“そいつは、そいつ自身が魔剣なんです! テクストコンバータを内蔵された、少女型の魔剣ともいうべき存在です!”


ここまでこればケイも必然的に敵の攻撃を受けることになる。

ケイは迫りくるビームに細心の注意を払いながらクレイユに告げた。


“コンバータを下手に傷をつけると、巨大な爆発を起こします!”


ケイの脳裏に、先の一戦が思い起こされる。

強引に出撃した自分は『ルジエクォード』のスペックを盾に強引に戦場を駆け抜けた。

そのだが撃ち漏らした最後の一騎を、敵の魔剣ごと叩きつぶした。

その結果として半壊した魔剣は巨大な爆発を起こした。あのときの感覚は、未だにこの体に残っている。


言語テクストを展開している最中のコンバータを下手に傷つければ、あのときのように爆発を巻き起こす。

加えてこの『アマーリア』なる少女型魔剣は、膨大な幻想リソースを操り、異様なまでの高密度の言語テクストを生成している最中だ。

その爆発は『ハスカール』のときの比であるまい。


“面倒ね”


クレイユは短く言って、一度『アマーリア』から距離を取るように後退した。

崩れゆく街の上、ケイと並ぶ形で彼女は考えるそぶりを見せた。


“お前、敵の構造をちょうだい”

“今送ってます”

“見たところ、どう?”

“この敵、『アマーリア』はどうやら暴走しているようです。概要を見た限り、新型魔剣のプロトタイプとして開発されていたようですね”

“今は詳細は良いわ。弱点は?”


会話を交わしている間にも『アマーリア』が腕を広げるのが見えた。

途端、無数のビームがこちらに収束して襲ってくる。


“邪魔”


その攻撃をクレイユは『ビズワディ』を持ってして一閃する。

完璧なタイミングで放たれた斬撃は、迫りくるビームすべてを弾き返した。

その姿を見て胸に昂るものを感じながら、ケイは言った。


“構造を確認したところ、方法は二つでしょう。大火力でコンバータが暴走する前に殲滅するか”

“コンバータが一時停止するように、一点を狙うか、ね”


ケイの言葉を引き継ぐようにクレイユは答えた。

その言葉こえにはどこか含むところがあるようだった。

以前、そうした攻撃を受けたことがあるのかもしれなかった。


“わかったわ、私が敵のコンバータを止める。だから――”

“――わかってます。僕が前に出ます”


ケイはそう言い放ち『ルジエクォード』と共に前に出た。

『アマーリア』を撃破するために必要とされるのは正確にして精緻な一撃。

未だ魔剣の扱いが未熟な自分ではとてもではないが不可能だ。

だから役目はクレイユに譲らなくてはならない。

そしてタイミングをみはからった強襲をかけられるよう、自分が前に出て彼女を守るのだ。


「幸い敵は戦略的な動きができるような奴ではないわ。近づいたものに反射的に仕掛けてきているだけ」


前に出たケイに対して、クレイユは肩に手を置いて語りかけてくれた。


「その馬鹿みたいな魔剣を最大火力で振り回すだけでいいの。

 攻撃を当てることは考えなくていいわ。

 耐衝撃ダンパーは最大限効かせて、とにかく早く派手に暴れること」

「え、あ、はい」


耳元で囁かれる声にケイは頷いた。

その言葉が、彼にはひどく意外なものに思えた。


「何なら逃げてもいいわ。私がなんとかするから」

「……言ったでしょう?」


ケイは苦笑しながら、


「見捨てないでくださいって――一緒にいたいんです」


その言葉と共に二人は散開する。

『ルジエクォード』の赤と『ビズワディ』の青が二手に分かれて朽ち果てた街を駆け抜けた。

まずケイが前に出て、敵の攻撃を誘うような動きをする。


ケイはクレイユに言われた通りに、とにかく高密度の幻想リソース剣身ブレイドに纏わせ画面バリアを堅牢なものにする。

どうせ自分の腕では敵の攻撃を自在に避けることなど叶うまい。

ならば当たっても問題ない状態の形成に腐心するべきだ。


誰もいない廃墟の中央にて君臨する『アマーリア』は、案の定近づいてきたケイに対して無数のビームを浴びせかけた。赤、青、緑、紫、と雑多な色彩の幻想リソースが破壊の言語テクストと共に街に舞う。


雪は解け、瓦礫は粉砕され、僅かに残っていた街の形が吹き飛ばされていった。

ビームもだが、跳ね飛ばされていく瓦礫も非常に危険だった。


最大出力にした画面バリアで弾き飛ばしているものの、衝撃で速度が落ちてしまえば、その隙に強烈なビームを叩き込まれかねない。

冷汗が背中に流れる。脳裏に過るその可能性が、ケイの胸の中に恐怖を齎すのだ。


「まだ……!」


ケイはその怖れを克己こっきすべく喉から声を絞り出す。

画面バリア上で確認すると、視界の端でクレイユが上昇しているのが見えた。

高度を取ることで敵に動きを悟られる前に強襲するということだろう。


彼女の攻撃が成功するよう、可能な限り派手に動かなくてはならない。

ケイは言葉にならない叫びを上げ、『ルジエクォード』を駆った。

テクストコンバータがうなりを上げて動作し、赤い幻想リソースを放出する。

その勢いのまま、さらに速く、さらに強く彼は朽ちた街を飛んだ。


「――――」


そんなケイに対し、『アマーリア』は何一つ言葉を口にしなかった。

ただ淡々と破壊をまき散らすその姿は、人間ラングとは呼べなかった。


近づくにつれて、その表情も徐々に見えてくる。

そこには――何もなかった。

喜色はなく、憂いも悲しみもない。

破壊に対して力は感じられず、その攻撃はまるで“垂れ流す”とでもいうような、ある種の受動的な立ち振る舞いにすら見えた。


少女の形をした異形バアバロイは、燃え盛る洋館の上にたった一人で立ち、何もないままにケイへ襲いかかっていた。


「お前なんかに……!」


その様にケイは思わず声を漏らしていた。


「何もないお前なんかに……!」


だがその言葉をぶつけるより先に、ビームが無慈悲にこちらに照射される。

追尾ホーミングされたケイは、それを回避し切れずに直撃する。

ケイは声を漏らす。足を止められた『ルジエクォード』に対して無数のビームが殺到する。


“耐衝撃《dag》”


一瞬悔しさに似た想いに囚われるも、即座に言語テクストを展開する。

足を止められた以上、飛行のための幻想リソースを防御用に回すべきだろう。


そうして分厚くした画面バリアで耐え忍んでいると、ケイは不意に白い空に走る閃光を見た。

それは青い光だった。

ばさばさと舞う青い髪。魔剣を携え風を切るその姿は、何よりも颯爽としていて、美しかった。


「敵はそこです!」


ケイは叫びを上げた。きっとその声は届かない。だが叫ばずにはいられなかった。

『ビズワディ』の薄い刃がきらめく。

崩壊する街の中心に立つ『アマーリア』に、魔剣の一撃が突き立てられた。


“コンバータ反応確認!”


言葉こえが街に響き渡った。

ケイが持っていた蔵書データベースに存在した敵の情報より、コンバータの中枢は既に確認している。

そこにクレイユ自身の魔剣士としての卓越した技量が合わさり、敵の急所へと斬撃を敵に浴びせることが可能になった。


『アマーリア』の胸に突き立てられた剣身ブレイドより新たな言語テクストが展開された。

それを内部で刻まれた『アマーリア』はしばらく痙攣けいれんしたようにその身を震わせていた。

その間にも痛みを訴える様子は一切なかった。

やはり――人形のようなものなのだ。


“止まりなさい……!”


クレイユが力強く言い放つと同時に、がくり、と『アマーリア』は崩れ落ちた。

同時に辺りに舞っていた幻想リソースも鎮まっていく。

ふぅ、とケイは息を吐いた。

突然の接触だったが、何とか退けることができたらしい。


“お疲れ様です、クレイユさん”

“……ケガはないみたいね”


雑音ノイズ混じりのクレイユの言葉こえに当惑しつつも、ケイは答えた。


“はい、僕の方は大丈夫ですが”

“そう”


クレイユが短く言ったその時だった。


「――――」


『アマーリア』が再度動き出していた。



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