【紅】私は故あらば殺すよ
一瞬シーンが飛ぶように見せますが、
のちのち別視点で描きます。
“メイズ! 無事でしたか? 当たりませんでしたか?”
“もちろん。私を誰だと思っている”
先ほど接敵した精鋭。
あの手の面倒な輩は、無視するに限る。
特にこういう時間のない局面では、まともに戦ってはいけない筆頭だ。
故にメイズはだまし討ちからの一撃離脱を選択し、クアッドもその意図を一瞬で汲み取り合わせてくれた。
“コンバータに損傷を与えた。あれで一瞬、魔剣が機能停止している筈だ”
“追い付くのは困難ってわけですか。流石、小さいだけあって細かい攻撃は得意なんですね、メイズ”
“…………”
うるさい、と思いつつ、メイズは言葉を無視する。
“しかしメイズ。いつまでそのデカい言語を維持しておくんです? そんなものを裏で動かしておいたら最低限の武装しか展開できないでしょう”
クアッドが続けて問う。
確かにメイズはこの場に降り立ったときより『フラグナッハ』に展開しておいた収束砲の言語を解放していない。
“単発花火を開幕で使ってどうする。これは保険だよ”
“保険?”
“フェイズ4の時点で、敵に囲まれていた場合、確実に全員で生還するための保険だ”
言いながら、メイズは白い街を進む。この先に、教会なる施設があるはずだ。
“しかし妙ですね。ここまでやってきた魔剣はさっきの女を含めて四騎。迎撃部隊の数が予想よりもずっと少ない。少なすぎるほどに”
“ああ、それも出てくるのは正規軍だけ。情報にあった機械伯の私兵の姿が見えない”
画面を確認。
他方からのかく乱に回っているリットとケインの交戦記録を見ても、機械伯の部隊は確認できていない。
“わからないが、敵の数が少ないこと自体はありがたい。早く目標を見つけて離脱したい――見えてきた”
その言葉と同時に、メイズとクアッドは教会へとたどり着いた。
メイズは減速をかけ、現れた建物を見上げる。
それはこの最上層にあってひと際巨大な建物だった。
全長は20メトラはあるだろうか。複雑に絡んだ装飾が施された鐘楼、回廊には女神の像が据えられている。
幾重にも立ち並んだ尖塔からアーチ状の繰形まで荘厳という印象が相応しい。
――そしてその建物も白一色で塗り語られている
“あの造形、前期エリオスタ時代からあるもののようですね”
教会を確認したクアッドが、上空からそうメッセージを送ってきた。
蔵書と照合させたのだろう。メイズもまた情報を確認する。
“大体二百年ほど前のものか”
“ちなみにヴェストヴェスト機械伯が今の身体になったのは12世紀半ば、だいたいその時期だそうですよ”
その符合がいったい何を意味するのか、メイズたちにはわかりようがない。
故に無視することにする。メイズは翼を動かし、再度全速力で突進する。
ごっ、と推力任せに扉を蹴破った。
そしてそこには――
「――子ども?」
無数の修道服を着た子どもがいる。
メイズは翼で制動をかけ、そこに座る百人近い少年少女たちを見下ろした。
みな一応に真黒な修道服を身に纏い、教会内に並んだ長椅子に詰めて座っている。
齢は上のもので十五歳ほどだろうか。
奇妙なのは、彼らの表情だ。
突然の闖入者たるメイズを見上げてはいるものの、その表情はひどく落ち着いている。
そこには恐怖もなければ、敵意もない。
好奇、という表現が最も近いかもしれない。
そんな無数の視線に晒され、メイズは顔をしかめた。
“メイズ、中には誰がいたんです?”
クアッドよりメッセージ。上空で待機している彼は、教会の内部が見えない。
“子どもだよ。百人近い子どもが押し込められている”
“子ども? 避難してたのかな? じゃあちょっと話を聞けそうにありませんね、使えない”
「…………」
メイズは沈黙する。その時彼女は珍しく――迷っていた。
“殺すか?”
“は?”
自らを見上げる子どもたちの視線を受け止めながら、メイズは告げた。
“ここにいる子どもを、今のうちに全員殺してしまった方がいいかもしれない。そう思ったんだ”
“……正気ですか? 冗談にしては笑えませんよ?”
“いや冗談じゃない。別に私は人を殺すのが好きな訳じゃないし、子供は特に気が滅入る、最悪だ”
とはいえ、そうも言ってられない汚れ仕事をやってきたのも事実ではある。
“私は故あれば殺すよ、それが敵ならね”
“でもここで殺戮することに何の意味が……!”
“わからない。だから迷っている。ただ私は直観的に、ここでこの子どもたちを殺すことが正解だと、そんな気がしているんだ”
メイズは言いながら『フラグナッハ』の柄を握りしめる。
そしてコンソールを操作。砲撃態勢へと移行する。
あとはトリガを引けば、無防備な子どもなど一掃、虐殺できてしまうだろう。
そこで手が、汗ばんでいることに気付いた。
「……やめておこう」
メイズは首を振り、砲撃を解除した。
少し焦っているのかもしれない。
先ほどの青い精鋭との一戦で、昂ぶり過ぎているのも原因か。
そうして魔剣を取り下げるメイズを、子どもたちは無言で見上げていた。
“クアッド、戻る。ここが外れなら管制室の方に向かおう”
そう通信を入れつつ、メイズは蹴破った扉から外に出ようとする。
「む」
だが、そこで気づいた。
ほとんどの子どもが一様に長椅子に腰かけている中、ただ一人、違う行動をしているものがいることに。
その少女は、破壊された扉の前に佇み、メイズを見上げている。
短く切り揃えられた髪の色は、この世の闇を一身に背負ったかのような漆黒をしている。
肌はその漆黒に対極に位置する白金。
灰色の修道服は風に吹かれて裾がばさばさと舞う。
そしてこちらを見上げるその瞳はぞっとするほど、紅かった……
人形のように精緻な美を感じさせる少女は、メイズと相対し、口を開いた。
「あの赤い魔剣を探しているのでしょう? 私、知っていますよ」
「は?」
「ねえ、侵入者さん。貴方をあの剣の下まで案内するよ」
そう言って、少女は微笑んだ。
「だから、私を誘拐してほしいんです。無理……かな?」