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【青】ケイの初陣

「待ち伏せ、ですって」


キャロルフーケ2からの通信を待つまでもなく、クレイユは己の状況を把握していた。

これは敵の作戦だ。幻想増大の反応をわざと大きく見せてこちらを誘いこみ、叩く。

隠蔽魔術ステルスでは完璧に幻想の反応は消せないが、近くに大規模の反応があるためにレーダー上はそちらにかき消されてしまう。

森の中に木を隠すようなものだ。

自分たちは敵を罠に仕掛けるつもりでまんまと引っかかってしまったという訳らしい。


「負けないわ」


だがクレイユは決して戦意を衰えさせない。

『ビズワディ』を携え敵の攻撃から逃れるべく空を飛ぶ。

囲まれているうえに、高度も敵の方が上だ。ここはとにかく逃げに転じて反撃の機会を窺うしかない。


「……馬鹿! 今撃てば死ぬわ」


画面バリア上に表示された僚騎の動きにクレイユは叫びを上げる。

味方の一人は叫びを上げて敵へと反撃を試みていた。

囲まれたことによるヤケクソじみた攻勢だ。

そんなことで敵が落とせるわけもない。

一人向かっていたその魔剣士は集中砲火を浴び、なすすべもなく墜ちていった。


「だから、言ったのに」


そう呟きつつも、クレイユは画面バリアを展開しジグザグとしたマヌーバで敵の攻撃を避けていく。不利なことには変わりないが、初撃のときの混乱は既に引いていた。

だからもう当たらない。

そう力強く思うと同時に、クレイユは加速した。幾重にも展開される砲撃の隙間を縫い、飛ぶ。


そうして避けていると、焦れた敵が一騎先行して飛び込んできた。

高度を盾にした強引な攻め――すぐさまクレイユは急旋回ブレイク

高密度の幻想を纏った剣身ブレイドで、迫ってきた『ハスカール』をすれ違いざまに斬り裂いた。

コートごと真っ二つにされた敵は、その勢いのまま真っ赤な血をまき散らして墜ちていった。


「一つ」と言いつつも、クレイユは止まらない。

同時に視界の端で、もう一人の僚騎が囲まれていることに気付く。

駄目だ、と思った瞬間には、その魔剣士は攻勢に押し負け、墜落していった。


クレイユは舌打ちし、同時に『ビズワディ』のテクストコンバータを稼働。

たった今撃墜スコアを上げて弛緩している敵を収束させた幻想リソースで撃った。

「二つ目」そう彼女は漏らす頃には『リカッソR』の撃破が表示されていた。


“味方騎が全滅。こちらでも二騎落としたけど、まだ四騎残ってるわ”

“隊長、作戦は失敗です、撤退してください”


キャロルフーケ2から通信士の言葉こえが帰ってくる。怒号だ。

“駄目、私は戻れないわ”

“撤退が難しい状況ですかか、待ってください今援護を”

“無理よ、囲まれてるし、自衛戦力に乏しいフーケ2に敵が行ったらそれこそおしまいだわ”


画面バリア上で会話しつつ、クレイユは『ビズワディ』と共に四騎の敵と相対する。

敵はこちらが精鋭エースと見るや否や闇雲な砲撃は止め、前に出た二騎がこちらを挟撃し、さらにそれぞれを後ろの二騎が援護するというフォーメーションへと移行していた。


そこでクレイユは敵の動きに違和感を覚える。

こちらを狙う攻撃に奇妙なぎこちなさが感じられた。

だがその違和感の正体を突き止める余裕はなかった。

彼女は大きく言葉こえを張りあげて、


“だから私がこいつらを引き付けるから、その間にお前たちは逃げなさい”

“その状況じゃ無理だ! 隊長、こっちにも戦力はある。だから”

“クレイユさん!”


その最中、別の会話が混線してきた。

キャロルフーケ2のブリッジからだ。

聞き覚えのある少年の言葉こえだ。


“戻ってきてください! そんなことをしたって、誰も貴方を認める訳じゃないんです!”


左右から来る斬撃を弾き、飛来してい来る砲撃ショット画面バリアの出力を上げることで防御する。

そうして必死に四騎の敵と渡り合いながら、クレイユは言葉こえを返す。


“違うわ。私は、私自身を認めさせるためにここにいるの”





「クレイユさん!」

「お、おい君」


置いてあった通信魔術の言語テクストを起動させ、ケイはクレイユへと語りかける。

出発前にレニの下で設定セットアップを見ていたためどこに何があるかはわかっていた。


“私にとっての居場所は、ここ”


レーダーで見ているだけでもクレイユが窮地に陥っていることはわかっていた。

如何に彼女が卓越した技を持っていても、たった一騎ではいずれ押し込まれることは確実だ。


“でもこのままじゃ”

“そちらに帰ってどうするというの”

“フーケ2にだって戦力はゼロじゃありません。それをぶつければ”

“民間人の乗っている船を危険に晒す訳にはいかないわ。私が全部こいつらを倒せば、それで丸く収まるんでしょう?”


この分からず屋、とケイは言いたくなった。

いろいろ理屈を述べてはいるが、つまるところ彼女は負けたくないのだ。

ケイたちを救いたいのではなく、自分のために彼女は戦っている。


――なら僕だって自分の居場所のために戦う


だん、と通信席に手を叩きつけ、ケイはブリッジを後にした。

後ろでレニが「おい待て!」と叫んでいたが、無視をした。

今、この船に自分の居場所はない。

役割を与えてくれる人も、認めてくれる親もいない。だから自分で戦いの場を見つけるしかないのだ。


格納庫ハンガーへとやってきたケイはそこに置かれていた己の剣を手に取った。

装甲の閉じた細身の魔剣は今眠っている。

これが今この船に残されている唯一の魔剣だ。

そしてこの剣を抜くことができるのは自分だけなのだ。


「『ルジエクォード』起動」


だから――ケイは剣を抜いた。

目覚めの言語テクストを唱えた途端、閉じていた装甲が開き、コンバータが獣のような唸りを上げる。

放出された赤い幻想が花びらのように辺り一面に舞う。整備士の小鬼たちがその衝撃に目を覆った。


“レニ! 僕が出ます”

“はぁ? 何を”

“他に剣がないんでしょう? なら、僕が援護に出るしかないじゃないですか!”

“君は子供だぞ!”

“でも親はもうここにはいないんです! 父上の子供チャイルドでいい時間じゃもうないんです!”

“馬鹿なことを! それを子供の理屈って言うんだ!”

“じゃあこれは――僕の理屈です!”


レニの罵倒を無視してケイは出撃の準備を進める。


“jzYEp1LeBwJOpRhdTgybadPB7vAztOhUv8TiCmDLYLdhqcCpBSzEYEt1VHdMn1LzXJzDyhXfU9UrA95xWzUb6FOTjpiPEcZaiobgPQHTYvI9b0lx356p2v0uBSahRw24OfnNwFxwB1avhYUAHTi60G5qJNwkxVbGkGckSFE5ZWdP2WHDS6ipBSjwhWlBR4sbkJUh1eqyNaHKfp9hbO”


無数の記号の羅列がケイには一つの言語テクストに読める。

だから幻想リソースを使い、世界に対して自由なる魔法を起こすことができる。


「こちら、ケイ! ハッチを開けなかったら突き破りますよ!」


大声でケイは周りに言う。

同時に自らを覆う幻想のフィールドを形成する。

それこそが魔剣の画面バリアであり、空を駆けるための足がかりとなる。


その様を見てこちらの意図を悟ってくれたのだろう。

誰かが格納庫ハンガーハッチを開けてくれた。

ケイはその計らいに感謝し、空へと飛び立った。


――そこは初めて見る世界だった


空に舞う幻想リソースオーロラとなって広がっている。

ありとあらゆる色彩が混在したような中で、自分はいま飛んでいる。たった一人で飛んでいる。


きっとこれが、クレイユさんがいつも見ていた光景なのだ。

一人で空を飛んでいた彼女は、いつもこんな風に世界を見ていたのだ。

そのことを意識して、ケイは初めて自分が塔の外に出たのだということを強く思った。


『ルジエクォード』を握りしめる。

そして――加速した。


「ううぅ……」


声が漏れる。

急な制動により、画面バリアの調整がうまくいってなかった。

生まれてから塔で何度もやってきた言語テクストの解読だが、こうして実践するのは初めてなのだ。

得た知識に血を通わせる感覚を新鮮に思いつつも、一秒でも早くクレイユの下に辿り着くべく、ケイは飛んだ。


“クレイユさん!”


そして叫びと共にケイはやってきた。

真っ赤な幻想を花のようにまき散らしながら、少年はクレイユの戦場へとたどり着く。


「斬りますよぉぉぉぉぉぉぉ!」

“何だ! 援軍?”


四対一でギリギリで渡り合ってきたところに、ケイはあらん限りの力で乱入してみせた。

『ルジエクォード』の剣身に幻想が収束。

そうして出来上がった刃は、ケイ自身の背丈の数倍は大きい異様な大きさのものだ。

それをケイは振るった。

四騎まとめて斬ってやる。

そんな気概で真っ赤な刃が戦場を文字通り斬り裂かれた。


“なんて馬鹿な火力! 各騎かっき、散開!”


敵の声。

突然の攻撃だったが、敵は即座に反応し『ルジエクォード』の斬撃を回避する。

だが突然の攻撃に隙は隠せない。

回避マヌーバの最中の『リカッソR』使いに、青い魔剣『ビズワディ』が襲いかかった。


「三つ!」


その言葉と共に『リカッソR』使いが鮮血をまき散らして堕ちていく。

残る敵三騎は再度集まり、フォーメーションを組み直している。


「クレイユさん!」

「お前、馬鹿なの?」


ケイとクレイユも合流し、背中を合わせる形で会話を交わす。

この距離なら魔術も要らない。ただ呼びかけるだけで言葉こえが聞こえる。


「これが僕の居場所です!」

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