【青】出撃のROUGE
出撃する。
そう短く言ってクレイユはキャロルフーケ2より空へと躍り出た。
眼下では雪原と暗い森が延々と続いていた。
白と黒でできた単調な光景が猛然と流れていく。
自分と追従する形で二騎の魔剣士が飛んでいるのを確認すると、クレイユはさらに速度を上げた。
画面に表示される情報を確認すると、クリオの別動隊が指定ポイントに到達しようとしているのが見えた。
今回の作戦において攻撃役を務めるのはそちらの部隊だ。クレイユ達は敵が潜んでいるであろうこの森を爆撃し、敵をいぶりだす。
と、そこでクレイユに対して通信が入ったことに気づいた。
“隊長さん、よろしくお願いしますね”
クリオだった。画面内に小さく窓が表示され、彼女の顔と言葉も一緒に届けてくれる魔術だ。
“よろしく、とはどういうことかしら”
“そっちの囮、大変な仕事押し付けちゃったと思いましてね”
平坦な口調でクリオは言う。まぁ間違ってはいない。
“ま、一人にしちゃったけど頑張ってください。できるでしょ、貴方なら”
そこで通信は切れた。何がやりたかったのか、今一つ不明瞭な通信だった。
「……一人、まぁそうでしょうね」
ぼそりとクレイユは呟く。こちらに割り振られたのはクレイユを除けば、機械伯からの補充兵士の二人だ。
役割としてもこちらはあくまで陽動役。
作戦内での重要度は低い。
クリオによって提言という形でその配置を告げられたとき、クレイユはやろうと思えば隊長という肩書を使い、強引に割り込むこともできただろう。
しかしクレイユに不満はなかった。
――あの、紅い女
クレイユの心にあるのは、その存在だけだ。
先の塔での戦いで、自分は敵の隊長と思しき紅い魔剣士に敗北を喫した。
少女のような姿だったが、コンバータの制御や正確無比な射撃などその剣からは卓越した技量が感じられた。
そしてそれに自分は敗北した。
ぐっ、と『ビズワディ』の柄を握りしめる手に力が入っていた。
先の戦闘で自分が敗北したことは隊全体に伝わっている。そしてこのまま首都の方にも――義父のところにも連絡がいくだろう。
その事実を思うと、クレイユは自分自身を許せない。
それ故に彼女はこの場所に甘んじた。
この配置ならば一人で動きやすいし、殿として敵の最高戦力、あの紅い女が出てくる可能性は十分にある。
“ああ、ごめんなさい。隊長”
と、そこで再びクリオが通信を入れてきた。
“終わったら、ちょっとお渡ししたいものがあります”
彼女はそう言って手元に何かを見せた。
コインだった。鳥の紋章が刻まれた記念硬貨。確かそれは騎士学校の記念硬貨だった気がする。
“なに、それは”
“隊長就任記念、ですよ。では――終わったら”
そう言ってクリオは通信を切った。
意図のわからない通信だった。
とはいえ――きっと厭味のようなものだろう。
形ばかりの隊長の地位をあげつらったようなものに違いない。
クレイユは思う。彼女は随分と嫌われてしまったな、と。
――誰もいないくせに
キャロルフーケ2の前で言われた言葉を思い出す。
通信ではあのなじるような口ぶりこそなかったが、大事な者を喪った彼女にしてみれば平然と立っているクレイユ自体が気に入らなかったはずだ。
ましてや彼女は精鋭のくせに敗北した身であり、加えて隊長でありながら半ばその職務を放棄しているのだから。
「…………」
“攻撃、開始”
ポイントについたクレイユはそう短く言葉を送る。
とはいえもはやこんな扱いは慣れている。ただ勝利すること。
それだけを胸にクレイユは任務を介する。
同時に私兵たちも魔剣『フラウ・フラウ』を構え砲撃を開始する。
コンバータにより幻想を圧縮し、弾丸として撃ち出すのだ。
三騎の魔剣士は空から弾丸を雨あられと降らしていく。
「出てきなさい」
砲撃の最中、クレイユは姿の見えない敵にそう告げる。
敵はこの森にいるはず――なら。
そう思ったとき、彼女は上《、》から攻撃を受けた。
◇
「え?」
そのときケイは思わず声を漏らした。
クレイユたちの部隊が敵をあぶり出そうとしたとき、レーダー上に魔剣の反応が突如として現れた。
クレイユたちを取り囲むように6騎の魔剣が現れたのだ。
「何があった?」
「待ち伏せです! クレイユ隊の攻撃ポイントに、事前に隠蔽魔術を発動させていた魔剣士隊が出現しています。『リカッソR』が四騎、『ハスカール』が二騎の構成です」
レニと通信士のやり取りを聞き、ケイは目を見開く。
「待ち伏せだと?」
「そうとしか言いようがありません。こんなタイミングで戦力を固めてぶつけてくるなど」
「クリオ隊は?」
「すでに通信可能エリア外まで進んでいるので、大雑把な反応しか掴めません」
「急いで誘導用の使魔を出せ! 作戦は失敗だ、戻すんだ」
レニは指示を出しながら漏らした。
「何故作戦がバレていた? あの短期間で組み上がった作戦が漏れるなど……」
そう言うレニが、ちらりとこちらを見ていたことにケイは気付いた。




