【 】兄と妹と
それは“春”と“冬”の戦争における悲しい話。
二人の子供が死のうとしていた。
◇
雪の中に首を突っ込むと、焼けるような痛みを感じた。
意外なことに冷たくはないのだ。
肌を炙ったような痛みが傷だらけの身体に染みわたり、熱で溶けてしまうような錯覚さえ覚えた。
は、は、と息をするべく必死に顔を出すも、すぐにまた雪の中に埋もれる。
煤にまみれた服が、汗と雪が混ざり合ってびちょびちょになっていた。
そこから何とか立ち上がろうとして、しかし身体は鉛のように重く、言うことを効かなかった。
何より、その身は諦観にとりつかれていた。
だから■■はごろんと雪の上で仰向けに寝転がった。
へへ、とか、ひひ、とか変な声を上げた。
理性らしきものが、そんなことをしている場合でないと叫んでいるのだが、
それ以上にもう何をしても無駄だという想いが勝っていた。
それ故に■■は笑っていた。
笑って、目の前にどうしようもなく広がる世界を見た。
そこに一切の色彩というものが欠けていた。
どこまでも続く分厚い雲、きっとあれが晴れることはないだろう。
そして大地も白かった。雪があらゆるものを白く塗り固めている。
土も草も、戦争で朽ち果てたこの街さえも、等しく白くしている。
白い空と、白い街。
そこで■■は一人で死のうとしていた。
その小さな身体を丸くして、眠ろうとしている……
「寝ちゃうの?」
ふとそこでひどく聞き覚えのある言葉が聞こえた。
目を開けなくともわかる。■■の妹がそこに立っているのだろう。
父も母もいなくなってしまった自分に、たった一人残された家族。
「僕はもう寝るかもしれない。立ち上がる気になれないんだ。もう全部、決定的にダメになってしまったって、そんな感じがする」
「じゃあ、私はどこに行けばいいの?」
平坦な口調で彼女は尋ねてくる。
■■は、正直なところもう何も考えたくはなかったが、
しかし自分のことはどうでもよくっても、家族のためと思うと少しだけ力が出た。
「昔、聞いたことがあるんだ。このあたりに“城”があるって」
「お城?」
「うん、そうだ。立派な、立派なお城さ。
そこにはこのあたりを収めてくれる伯爵さまがいて、子供たちを救ってくれるそうだ」
……それは全部でっち上げだった。
そんな都合の良い伯爵様などいる訳がなかった。
“冬”と“春”の戦争が始まって以来、このあたりの領主はみなどちらかの勢力につき、戦争を行っていた。
「子供だけ?」
「ああ、そうだよ」と■■はそこでまた笑った。
何もかもが嘘だったが、だからだろうか、言葉が尽きなかった。
どうすれば妹を救えるのか、どんな人がいれば彼女は助かるのか。
それを考えていると、少しだけ痛みを忘れることができた。
「子供だけらしいよ。その伯爵さまは、自分が本当に愛した人しか救えないんだ。
そしてその資格があるのは、良い子にしていた子供だけなんだって話だよ」
「じゃあ、私はもう、駄目?」
「駄目なもんか。たぶんだけどね。
きっと伯爵さまはお前を愛してくれる。お前のお父上になってくれる。
だからこのまま助けを待っていれば、きっとお前だって……」
僅かな沈黙ののち、
「兄貴は?」
「え?」
「兄貴のことは――愛してくれないのかな?」
そこで■■は笑みを消した。
何故ならば、とてもとても悲しくなったからだ。
最後の最後に、妹にしてあげられたのが、そんな馬鹿みたいな嘘を吐くことだけ。
そんな子供のことはきっと、おとぎ話の伯爵様は嫌いだろう。
“城”に連れていってくれるのはいい子だけ。
自分で吐いた嘘が、ひどく空しく感じられた。
「駄目だよ――僕は、愛される価値なんて、ないからさ」
だから全部、あきらめたんだ。そう言って■■は涙した。
きっと自分は見捨てられてしまうだろう――そう、思ったから。
◇
何も真っ白な街の向こうに、彼らは確かにその“城”を見たのです。
そして、焦がれました。
見捨てないでほしい、愛してほしいと……そう強く、強く思いました。
それが、この計画の発端だったのだと思います。