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【 】兄と妹と


それは“春”と“冬”の戦争における悲しい話。

二人の子供が死のうとしていた。




雪の中に首を突っ込むと、焼けるような痛みを感じた。

意外なことに冷たくはないのだ。

肌を炙ったような痛みが傷だらけの身体に染みわたり、熱で溶けてしまうような錯覚さえ覚えた。


は、は、と息をするべく必死に顔を出すも、すぐにまた雪の中に埋もれる。

煤にまみれた服が、汗と雪が混ざり合ってびちょびちょになっていた。

そこから何とか立ち上がろうとして、しかし身体は鉛のように重く、言うことを効かなかった。


何より、その身は諦観にとりつかれていた。


だから■■はごろんと雪の上で仰向けに寝転がった。

へへ、とか、ひひ、とか変な声を上げた。

理性らしきものが、そんなことをしている場合でないと叫んでいるのだが、

それ以上にもう何をしても無駄だという想いが勝っていた。


それ故に■■は笑っていた。

笑って、目の前にどうしようもなく広がる世界を見た。

そこに一切の色彩というものが欠けていた。

どこまでも続く分厚い雲、きっとあれが晴れることはないだろう。


そして大地も白かった。雪があらゆるものを白く塗り固めている。

土も草も、戦争で朽ち果てたこの街さえも、等しく白くしている。


白い空と、白い街。


そこで■■は一人で死のうとしていた。

その小さな身体を丸くして、眠ろうとしている……


「寝ちゃうの?」

 

ふとそこでひどく聞き覚えのある言葉こえが聞こえた。

目を開けなくともわかる。■■の妹がそこに立っているのだろう。

父も母もいなくなってしまった自分に、たった一人残された家族。


「僕はもう寝るかもしれない。立ち上がる気になれないんだ。もう全部、決定的にダメになってしまったって、そんな感じがする」

「じゃあ、私はどこに行けばいいの?」


平坦な口調で彼女は尋ねてくる。


■■は、正直なところもう何も考えたくはなかったが、

しかし自分のことはどうでもよくっても、家族のためと思うと少しだけ力が出た。


「昔、聞いたことがあるんだ。このあたりに“城”があるって」

「お城?」

「うん、そうだ。立派な、立派なお城さ。

 そこにはこのあたりを収めてくれる伯爵さまがいて、子供たちを救ってくれるそうだ」


……それは全部でっち上げだった。

そんな都合の良い伯爵様などいる訳がなかった。

“冬”と“春”の戦争が始まって以来、このあたりの領主はみなどちらかの勢力につき、戦争を行っていた。


「子供だけ?」

「ああ、そうだよ」と■■はそこでまた笑った。


何もかもが嘘だったが、だからだろうか、言葉が尽きなかった。

どうすれば妹を救えるのか、どんな人がいれば彼女は助かるのか。

それを考えていると、少しだけ痛みを忘れることができた。


「子供だけらしいよ。その伯爵さまは、自分が本当に愛した人しか救えないんだ。

 そしてその資格があるのは、良い子にしていた子供だけなんだって話だよ」

「じゃあ、私はもう、駄目?」

「駄目なもんか。たぶんだけどね。

 きっと伯爵さまはお前を愛してくれる。お前のお父上になってくれる。

 だからこのまま助けを待っていれば、きっとお前だって……」


僅かな沈黙ののち、


「兄貴は?」

「え?」

「兄貴のことは――愛してくれないのかな?」


そこで■■は笑みを消した。

何故ならば、とてもとても悲しくなったからだ。

最後の最後に、妹にしてあげられたのが、そんな馬鹿みたいな嘘を吐くことだけ。

そんな子供のことはきっと、おとぎ話の伯爵様は嫌いだろう。


“城”に連れていってくれるのはいい子だけ。


自分で吐いた嘘が、ひどく空しく感じられた。


「駄目だよ――僕は、愛される価値なんて、ないからさ」


だから全部、あきらめたんだ。そう言って■■は涙した。

きっと自分は見捨てられてしまうだろう――そう、思ったから。




何も真っ白な街の向こうに、彼らは確かにその“城”を見たのです。

そして、焦がれました。

見捨てないでほしい、愛してほしいと……そう強く、強く思いました。

それが、この計画の発端だったのだと思います。


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