002 鎮火
風上に位置するアルメイダ商和国でも遅れて大森林の異変に気付く。誰かが「ウルジの輸送隊が慌てた様子で街を出て行くのを見た」と騒いだのを皮切りに、いつかの噂が再燃し一気に広がる
大森林の豊かな恵にはアルメイダ、ウルジ共に支えられてきた歴史がある。そこで取れる水や動物や植物、鉱石に木材と独占したくなるのは分かるがお互いに協定を組み管理をしてきて問題が起きた事はないはずだ
「エルガレスよ……目的はなんだ?」
アルメイダは大森林の向う側を遠く見つめながら空に問う。亜大戦では一番近くで戦い共に背中を預け合った、夜な夜な平和な世界について熱く語ったあの戦友は次は誰と戦う気なのか。昔の良い思い出ばかりが蘇りどうしてもエルガレスが敵対する事が考えられない
「エルガレスよ……目的はなんだ?」
答えの出ない様々な憶測が堂々巡り、それが結論だと言わんばかりに再び同じ言葉を吐かせた
「自然災害の線は薄いが残ってはいる。しかし例の噂話の件と、今朝まで滞在していたウルジの者が消えてから起きたこの火災。組合の奴らは確信犯だと騒いでるが……爺さんが言う様に理由が分からん」
水を勧めたくなる様な枯れた声がアルメイダの心を読む様に乾いた自室に響いた。振り返ると体格のいい青年がこちらの反応を伺いまっすぐな視線を向けていた
「バムか。お前はどう思う?」
この男は最初の正式な国民で街を統括する責任者。立場的にアルメイダの意見を聞きにきたのだろうが答えが出ていない。息子同然に可愛がっているこの者の意見を先に聞いてみるとしようと、アルメイダは質問した
「……ともかく、大森林の火を消すのが先決だろう。あの森はこの界隈に住む者達にとっては生命線。全部火ぃ消して、まだ燻ってるならそん時対処すりゃいい」
「その指揮をお前が執ってくれるのか?」
フンと鼻をひとつ鳴らすと踵を返し背中から声を出す
「既に組合で動いてるよ。ご老体はここでのんびりしとくんだな。それとあっちの王様に言いたい事をまとめといてくれ」
扉の前で振り返ると腹から声を出す
「首根っこ掴んで連れてくる!!」
投げる様に扉を強く閉めると、ドシドシと廊下を行くバムの足音がいつまでも聞こえていた
「なんじゃあいつ……怒っとるのか?」
ふぅと溜息を吐くと大森林の方を向き直した
「短気を直せば良い統治者になるじゃろうな」
「さて、お手並み拝見」
そう言うと雲行きの怪しい隣国の王に一筆認める
大森林の火災を鎮火すべく援助を請う手紙を出す事 で、向こうの腹の中を少し探ってみようではないか、という思惑を込めて
その頃ウルジでは、耳が早かった国民数十名が街外れの森の入り口に集まっていた
「これより森に入る先発隊は私が指揮をとる。後はヴァイス、任せた」
「はい」
ウルジ側から10kmほど森を北東へ進むと「リリー湖」という大きな湖に当たる。ここより南へ、木々が群集している場所を伐採し火の広がりを抑える。上手くいけば全焼は免れ全体の6割程度は残せる計算だ
エルガレスは自身の陽魔法を駆使して大木を枯らせていく。枯れて痩せた木を他の先発隊が根元から切り倒していく。燃え移らない様に移動させたいところだがそれは後続に任せるとして、1本ずつ木に手を当てて陽の光を過剰に注ぎ込む作業を繰り返す
「エルガレス様。今回の火事の原因は……?」
隊員の1人がエルガレスの側で斧を振り上げながら聞いた
「確定ではないがうちの輸送隊が戻っていない。なんらかのトラブルがあったのだろう。それが原因かもしれん」
皆は火事の原因も知らずに消火に当たっている事に今更ながら気付いた
「アルメイダ自身は動けないだろうがあの国は常に人で溢れている。彼らも消火に当たっているはずだ。なんとかなる」
自分に言い聞かせる様に言うと、次の木の幹に手を 当てる。大事の前の小事とはいえ植物の命を奪う行為は気持ちのいいものではない。それに
「キリがないな」
どれだけの数を切り倒しただろうか。先を見るとざわざわと木々はその枝を風に揺らし、早くしろとエルガレスを急かす様に騒いでいる。解ってはいる。解ってはいるが何かもっと重大な事が起こる様な気がしてならないのは未だ開けない木々が心を弱らせているからなのか
「バム! どうだ、いいもんあったか?」
組合所の扉を開けると防具屋のバジルが一番に声を掛けた
「アルメイダ様はなんだって?」
噂好きでおしゃべりな呉服屋の女主人ルージュが後に続く
「うちは武器屋だからな。火消しに使えるようなもんはなかった。国王は相変わらずだ」
「そうか。そんならワシらは耐火布を皆に渡して回る。ルージュとワシで在庫を出し合ったんだ。あんたは街の入り口で皆をまとめてくれ」
「あの噂通りでこれが何かの始まりだったら……」
ルージュの余計な一言に「ごくり……。」と喉仏をゆっくり上下させたバジル
「今は余計なことは考えなくていい。大森林の火を何とかしなきゃ何も始まらないし何も終わらない」
それを見たバムは張り裂けんばかりの胸板を力強く「ドン!」と叩いて二人の不安を打ち消した
「おーい、大体皆で持寄った物は整理できたぞー」
組合所の奥から声が掛かった
「よし、じゃ後は頼む」
バムは掴んだままの扉の取っ手をそのまま押すと街の入口へと急いだ
「エルガレス様、後続に指示は出しておきました。……しかしこのままでは」
「あぁ……時間との勝負だな。なんとか風向きを変えたいものだ」
振り返ると全国民がいるのではないかという人数が一心不乱に事に当たっている。中には子供までもいる。自分も子供の頃この森が遊び相手だった事を思えば、あの子もエルガレスと同じ思いで必死なのだろう。こんなにも万人に愛されている森を護りたい。元防衛長は打開策を絞り出そうと目を細めた。助けになりたいと、いや大森林を生かしたいとヴァイスも頭を絞る
ーーその時向かい風から追い風へと風向きが変わった
エルガレスはハッと表情を変えると矢継ぎ早に口を走らせる
「ヴァイス、このまま伐採を続けてくれ。私は湖へと戻る」
そういうと駆け出した。久しぶりに走るお陰で全身の筋肉が悲鳴を上げている。歳のせいもあるだろうが王の職務に追われて体を鍛えてないせいだと自分を戒めながら、走る
いつ風向きが変わるか分からない。掴んだ藁は頼りなくともそれにすがるしかない、だから走る
時間との勝負がまだ続いている限り
その頃、組合員を先導して大森林の中心地へと急ぐバムも風向きが変わった事に気付いて焦燥していた
「なぁ……これって」バジルが何かに気付いた
「あぁ、灯油だな」バムが苛立ちながら答える
「やっぱり……」ルージュは確信を得たように頷いた
「今は火事の原因はいい、先を急ぐぞ」
バムが声を荒げたのは色々な事が彼方此方で起こっていて収拾がつかなくなりそうな予感がしたのもある。特に学があったりするわけでもないが、こういった感はとにかく当たる
「嫌な予感しかしないな」
そう呟くと西の空が煌々と輝きだし、直後に積乱雲のような濃霧が此方へと向かってくる
「バジル! 後は任せた、俺はエルガレスの所へ行く」
そう言うと集団から離れて森の奥へと消えていった
「エルガレス様!」
リリー湖の畔でアルメイダの遣いとエルガレスが接触した
「国王よりエルガレス様への文でございます」
遣いの者は馬から降りるとエルガレスの前で跪き、国印の入った封筒を渡す
「こんな時に……」
そう言いながら手紙に目を通したエルガレスは一言
「……馬鹿なことを」
と言うと遣いの者に即刻ここから離れるように促す
「さてと、ではやるか」
両掌を上に向け胸の前で合わせたかと思うとゆっくりと開く。まるで閉じようとする力に逆らうように力ずくでゆっくりと。
魔力が留まっていくのが分かる。空間が歪み蜃気楼のように揺れている
「こんなものか」
湖の中央上空へとその空間を投げるとそこに向かって最後の仕上げとばかりに魔力を注ぎ込んだ。すると、空間が裂けて眩いばかりの光が溢れ出した。よく見ると豆粒のようなものが発光している。物凄い熱量なのだろう直下の水面は沸々と茹だっているみたいだ
「久し振りにしては上等だ」
今度はゆっくりと水面へと光球を下げていく。すると大量の水蒸気が発生し、風に乗って流れていった
「上手くいくといいんだが」
エルガレスの魔力量にも限界がある。太陽の一部を召喚するこの魔法の魔力消費量はエルガレスの引出しの中では群を抜いて多い
膨大な魔力をこんなに短期間で使用したのは亜大戦以来で、魔力枯渇とは違う立ち眩みのような目眩に足元が覚束ない。それどころか徐々に足にも力が入らなくなり、ガクッと膝を落とした
「おっと!」
エルガレスの肩を抱いて支えたのは息を切らしたバムだった
「よう、親父」
「なんだ放蕩息子。元気か?」
「この魔法が見えたもんでちょっと顔見に来た。前はこれで死にかけたろう? 嫌な予感の正体はこいつかね」
「そいつはハズレだな。私は死ぬつもりはないし、私も同じように嫌な予感がまだ続いてるからな」
バムはそう言われる事が分かっていたかのように冷静だ
「若い時はもっとでかいやつだったな、今は豆粒くらいしか出せなくなったのか?」
皮肉が言えるくらいに
「あれよりでかくしたら湖畔の森が焼けるだけだ」
「そうか……」
エルガレスはバムが何か言い淀んだのを察したが目の前の光球へと意識を注いだ。もう既に湖の水位は平常時の半分くらいにまで下がっている。湖を枯らしてでも消し止めるつもりだが、その前に消火しきれるだろう
「……大丈夫そうだな」
足元がしっかりしたのと、大量の濃霧を見てエルガレスの側からバムが離れる
「息子に支えられる時が来るとは私も老いたものだな」
自嘲気味に背中でバムに語りかける
「あぁ、そうだな。それに頭の中も老いてきてるって事はないか?」
「……物忘れが酷いとヴァイスにはよく言われるが」
「そうじゃねぇ! 今回の大火事の原因、アルメイダの連中はあんたが仕組んだものだと思ってるぞ」
「そんな噂があったからな。仕方ないだろう?」
「だが現実に事が起こるとそう悠長な事言ってはられないんじゃないか?」
「バムよ。お前は私が本当にーー
「やるとは思ってねぇさ。 だから原因を聞きに来た」
かつて『北の三英傑』と讃えられた父の背中は昔と変わらず安心できるものだった。その背中から次の言葉を待つ
「……サマルが戻ってないのだ。奴から話を聞かなければ真実は分からない。憶測で言わせて貰えば輸送隊の積荷を狙った輩と戦闘になり、積荷を壊され灯油が漏れてそこに火がついた。事故だ」
「そうだろうな、しかしサマルさんが戻らないのは引っかかるな」
空を見上げるといつの間にか雲が広がり今にも雨が降り出しそうになっていた。エルガレスは魔法を止めるとバムの顔をマジマジと覗いた
「お前も人の事言えないだろう?もう30になるのか?私が結婚したのはーー
「まだ29だし、言いたい事も分かってる。でもな親父ーー
ーーヒュィ……ズガガガガガ!
親子喧嘩が始まるのを割って入った轟音は二人の頭の中を一瞬で真っ白にした
「サマル!」
「サマルさん!」
曇天と巨大な雷。この二つの要素が真っ白な頭の中でひとつの答えへと導いた
大森林中央付近ではウルジ国民が最後の消火活動に当たっていた。現場を任されたヴァイスはエルガレスの魔法を感じた時は駆け付けたい衝動に駆られたが、国王側近にまで上り詰めたヴァイス生来の忠実さがそれを留めた。途中バムに肩を掴まれ「親父は何処だ!」とせがまれ、必死な息子の顔を見せられたせいで簡単に諦めがついたのも一因だが
「あの雷はサマル様? 誰と戦っているの?」
先程から立て続けに雷が落ちているのが見える。不自然なのは分かる、あれは魔法だ。ヴァイスはサマルが魔法を使った所を見た事はないが千鬼狩りとまで謳われたサマルの剣術には必要のないものだと納得していた。そのサマルが奥の手とも言える雷魔法を連発している。強敵と戦闘になっているのだろう。エルガレスの指示を待つか雷の方へ向かうか消火が終わるまでに判断しなければならない
そこへアルメイダの連中が現れた。お互い煤だらけで必死に消火に当たっていた事が伺える
「ヴァイスだな? 何故このような真似を!」
口火を切ったのは防具屋のバジルだった
「このような真似とは耳を疑う。我々は必死に消火活動を行っていたのだぞ」
熱り立つ国民を宥めながらヴァイスが慎重に言葉を選ぶ
「これで軍隊を連れてアルメイダに攻め入る道はできたわね」
呉服屋のルージュが棘のある言い方で返す
「何を馬鹿な事を! 毛頭そんな計画などないわ!」
ーードンッッドガガガッ
「……それにさっきからあの雷。ありゃなんだ?」
「また火事にならなければ良いのだけれど」
アルメイダの連中がざわざわと不安を口にしだした
「とにかく。一旦各々の国へ戻らないか? 雷については心当たりがある。任せてくれ」
「攻め入る準備に掛かるわけね」
「だからちがっーー
「ルージュは少し黙っておれ。世話役のバムがおたくの国王の元へ行ったきりだ。ワシは帰りを待って戻るとしよう」
「バム様ならエルガレス様とご一緒なはず……積もる話もあるでしょうしバジル殿も先に戻った方が宜しいかと」
「うーん、それもそうだな。いつ戻るかわからんか」
そんなやり取りのあと双方バラバラと自国へと戻っていくのだった
雷の轟音が一抹の不安を拭い去る事もないままに




