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001 序章

 神はかれこれ数百年は頭を抱えていた

 また(・・)食物連鎖の頂点に立った人類が、神の創造した大海や大地を我がもの顔で侵略し支配しそして牛耳ったからだ

人類の信仰は神に大いなる力を与え、神は恩恵を返す。そうして世界は成り立っているのに、いつの時代も人類は醜く、裏切り、争い、血を流すことで初めて我に返る。そして神に許しを請うのだ

  神は多岐に渡る種に生命を与え、その繁栄を気が遠くなるほどの時間の中で傍観してきたが、幾度となく繰り返す人類の進歩のない愚行に業を煮やし『神の御業』である「創造」で天敵を創ることにする

 実に数百年振りに力を使った所為であまり出来が良いとは言えないが人類が滅ぼされない程度の加減は出来たであろうその種は、背格好は人間の子供と変わらず、人間の大人と大差のない容姿に控えめ(・・・)な知性を備え、繁殖欲が非常に強く人間の女を狙う

 人類共通の敵の創造は、絶滅危惧(レッドコード)の原因である「種族間での戦争(共喰い)」を無くすという側面では大いに貢献したがその反面、圧倒的捕食者の立場であり飽食の世にまみれた人類は、亜人間の出現に対し混乱し防衛と対策に遅れを取った


 そうして人類は世界人口を四割程度にまで衰退させる事となる


 神は「自然の摂理を曲げて生まれた邪悪な存在に打ち勝てず今度は人類が絶滅か」と嘆き、それでも良心の呵責からか人類に新たな力を伝授する為「仙人」として地に降り立ち『魔力』と『魔法』の存在を世に拡めた

 魔力とは人間がこの世に生を受けたと同時に誰しも持ち備えるもので、目には見えないが常に体から溢れ出ている、見た目(・・・)を例えるならドライアイスの気体のようなもの

 生きるという事は、周囲の自然や生命体から溢れた魔力を絶えず集め吸い上げ、同時に放出し続けるという事。放出し続けるとはいえ魔力が枯渇することはない、魔力の枯渇は死を意味するからだ

 普通の人間が魔法を使おうとすると魔法が発生する前に自分の魔力が足りずに気を失う。そして自然と魔力が溜まるのを待って意識を取り戻す。では魔法使いとはどういう存在なのかというと、膨大な魔力の器と常人を超える魔力回復の速さを持ち合わせた異質の存在の事だ

 世界規模で魔力が認識されるとそんな異質な存在の者たちが現れ、魔法を駆使して亜人間を狩りだした。魔法使いの強さは一国の軍隊にも匹敵するほどの功績で、次々と亜人間を殲滅し民兵と共に勝鬨をあげたのだった

 国民はそんな救世主のような魔法使い達を讃え、次々と自国の王へと推し上げた。王族達は国民達の圧倒的多数に押され政権交代を余儀なくされる国が殆どだった

 多種多様な出身の者が戦で成り上り王とまでなる。そんなシンデレラストーリーに憧れる民衆の理想像である魔法使いのカリスマ性は、王族の威厳とは異なり親しみやすく温かいものだった

『ウルジ神国』の新王「エルガレス」も前身の防衛長という実績が拍車を掛け、家臣含め国民からの人望は厚い

 エルガレスは常にこう考える「平和を願いながら戦を繰り返す人間に未来はない。実現するには平和への意識の統一。その為の努力は惜しまない」

 しかし世界の命運を握っていると言っても過言でもない魔法使い達は、亜人間を滅せる算段がついた今日(こんにち)では滅ぼした後の元の世界、人類同士が争う世界を想定すると単(ひとえ)に亜人間撲滅だけに力を注げるものではないと感じていた

 亜人間という人類共通の敵を目の前に、協力し合って敵を討つという考えは思いつかない。自分たちの国力で敵を根絶させるという事は、平安の世が開けた時の発言権を掴むという事と同意だと暗黙の了解でそう根付いてしまっているからだ

 各国共通の課題として亜人間の撲滅、そして魔法使いの育成と量産を掲げてどの国も出方を伺っているものの、自分達の存在以降に魔法使いが現れることもなく、血を分けた子供達にもその素質は見られずに月日は流れていくばかりだった



 人類と亜人間との均衡が逆転し始めた頃の事。ウルジ神国より東にある大森林を抜け、海岸沿いに少し進むと左手に見える隣国『アルメイダ商和国』に不穏な噂が流れ始める。アルメイダの資源を奪う為にウルジが戦争を仕掛けるというものだ。主戦場は大森林を巻き込む為に大森林で採掘される素材や動物の肉の価格が高騰し、採掘者や狩人が乱獲しているのが目立つ

 アルメイダ商和国の基幹は魔王アルメイダの魔力にある。アルメイダは土魔法に富んでおり、自身最強魔法は大陸をも割るものだ。実際過去には地を割り油田を当てている。灯油を精製し各国に輸出する事を収入源とし世界屈指の大富豪になった事がそもそもの国の始まりである

 その反面アルメイダには制限ができてしまう。アルメイダは油田を掘り当てたのではなく魔法で地を割って偶然引き当てた為に、油田を中心に半径500メートル程の領域から出ることは出来ない。割れた地面に魔力を注ぎ込み続けなければ割った地盤が閉じてしまうからだ。割れた地盤が閉じるのを防ぐ魔力量よりも、もう一度地盤を割るだけの魔力量には雲泥の差があり、年老いた今となっては同じ深さまで地盤を割ることが可能かというと怪しいところだ


 即ちこの地を離れる事は財源を手放すという事になる


 それともう一つ恩恵がある。アルメイダの魔力が籠った地盤は亜人間を寄せ付けない効果があるのだ

 安全に家族を養える上に世界中から集客が叶うこの国。区画に制限があるせいで競争率が高く、この国に店を所有出来るのは安くはない月賦の場所代を支払える各分野を代表する一流処のみとなり、商売人にとって聖地と呼ばれているのにも納得できる

 アルメイダ商和国が小国で在り続けなくてはならない理由がこの国を洗練しているのである

 国王アルメイダにもウルジの噂は届いていたがそれほど重要視はしていない。隣国の王エルガレスは亜大戦で共に活躍した戦友でもある事と、仮に財源を狙っているとしても先の理由から自身の命には別条がないのは明白だからだ

 ただ、国民の心配は王の命だけには限らない。自分達の家族、生活、仕事がこの地にある以上は未来を見据えていかなければならない。若くはない国王の命が尽きた時の身の振り方や国の在り方を思慮すると大国ウルジの軍門に下るのも悪くはないと考える者も少なくはなかった事が、根も葉もない噂話を生暖かく生き永らえさせていた



 その年の晴れた冬の日、ウルジからの輸入隊は三月に一度の任務を半ば終え、明日の帰国に備えて最後の積荷の点検を行っていた。輸送隊長のサマルはこの任務に就いて間もないが部下からの信頼も厚く、40代半ばにしては筋骨隆々で戦士としての腕も確かでエルガレス王からも一目置かれている

「各班積荷の点検が終わったら、荷物番を残して明日の出発までは自由時間とする!」

 サマルはよく通る低い声で隊員達に告げると背を向けて街の中央へ向かって「よし!」と自分に気合を入れて歩き出した。

 自国を出て旅をする事など一生に一度あるかないかのこの時代、輸送隊の仕事はたかが隣国への往復とはいえ街の人達にとっては憧れの職の一つだ。特にその隣国が世界屈指の商業人の共和国アルメイダというのが人気の理由の一端を担っている。

 サマルは愛想の良い幼妻への土産を選ぶ為に、太い亀裂が道の中央を城へ向かって一直線に伸びる「中央大亀裂路(クラックロード)」より向かって左側の右街(うがい)に所狭しと並ぶ店の一軒一軒を覗いていく。店から出てきたサマルは時折「うーん」と唸ったり「さっきのあれは……」などとブツブツと小声で何か言いながらウロウロとしている。サマル自身の優柔不断には嫌気がさすのだが、愛する人の為に悩む事がそれを打ち消してくれているのだと気付いた時、妻への土産選びはなによりの癒しへと変わった

 従って最終日の仕事は早々に切り上げて買い物に時間を使う事がサマル流のこの仕事を楽しむコツだ


「隊長〜……隊長っ!」

 隊員の一人が冬空に真っ白い息を吐きながら駆け寄ってくる

「ハァ、ハァ……   

「どうしたんだそんなに慌てて。おっ丁度良いところに来たな、さっきそこの店で上等な子供用の服を買ったんだが、店を出た後よくよく考えるとうちの子はまだ坊主か姫かも分からん「隊長! 話を--」いいから先に俺の話を聞け。そこでだな、買ったばかりのこの服だが、お前のうちの子の土産にしようかと考えていたところだ」「で、どうしたのだ?」

「ありがとうございます……だ、大森林に鬼がっ! 鬼が出たそうです! 先程っ、この国の商人たちが戻って、あのっ、その……話をっ」

「少し落ち着け。とにかく大森林に亜人間が出たという情報があるのだな?」

 両膝に手をついて肩で息をしながら地面に向かって説明をしている隊員の肩をぽんぽんと叩きながら、サマルは街の入り口にある宿場の方を向き、威厳があって良いと妻に褒められた顎髭を撫でた

(……大森林の亜人間どもは暫く前にエルガレスが殲滅したはずだが……)

「一度宿まで戻って隊員たちを集め大森林の亜人間の情報を集めるとしよう。あやふやな情報でこの街に足止めをされても、もう直ぐ大寒波が来る。春までうちの子が妻の腹の中に居てくれればいいがそうもいかんだろう」

 妻への土産とこだわらずに生まれてくる我が子への物でも別に構わないじゃないかとふと思ったが、今はそれよりも亜人間の事だ。大森林を通らなければ故郷へも愛する妻の元へも帰れない。振り返り隊員に「すまん。急ごう」そう告げると不思議顏の隊員を置いて、宿までの一本道を嫌な予感に胸の辺りを握り潰しながら駈け出すのだった



「ガセだろう。エルガレス様が見逃すとは思えん」

「いやしかし……他所から移ってきたモノかも知れないだろう?」

「集団行動しかしねーのにもしそれ(・・)ならはぐれ(・・・)になるなぁ。はぐれ(・・・)はまだ見たことな「え!? 僕が聞いた話だと5〜6の集団だったと……」

 サマルが宿に着くと既に隊員たちは集まっていて情報交換をしていた

「隊長! どこ行ってたんですかこんな時に」

 副隊長が苛立ちと呆れを混ぜたような声で言い放つ

「すまんな。で、どうなんだ? 情報はまとまったのか?」

 サマルは副隊長と目を合わさずに謝罪すると、隊員たちに聞いた。執拗に隊長の座を狙うこの男と合わないのは今に始まった事ではない。宿の扉を開けた時に揃った隊員たちを見て、ここぞとばかりに批難してくるだろうと想定はしていたので腹も立たない

「僕が聞いたこと以外の情報も多く、正直尾ひれ(・・・)が付いているのかそれとも全ての情報が正しいのか判断できないといったところです」

 険悪な空気に変わる前に若い隊員が現状を伝える

「そうか……ではまだ答えを出せないな。各自もう少し亜人間の情報を集め整理しよう。場合によっては俺らで討伐にあたる可能性もある。装備の点検を怠るなよ! 明日の朝もう一度話し合うとしよう」

「「了解」」

 椅子を蹴るように立ち上がると隊員たちは街へと飛び出していった

 サマルは誰もいなくなったロビーで、確かめるように拳を強く握りゆっくりそれを緩めながら呟いた

「俺らで討伐ねぇ……平和ボケしてる俺に出来るのか?」

 もう一度拳を握り締めるとじっとりと汗をかいているのがわかる

 この街の兵士が自国に被害が出ない限り動くとは思えない。商人の街は兵士までも商人にかぶれている(・・・・・・)。利がない事には鈍いのだ

「やれやれだ」

 家族がいるのは自分だけではない。若い隊員にも副隊長にも皆に帰るべき家と家族がある。出来ることならば危険は極力避けたい。しかし亜人間がいるなら早馬を飛ばすわけにもいかない、黙ってここに留まり自国から捜索隊でも出され亜人間と遭遇させてしまったら……。考えられる最悪は沢山ある

「全くもってやれやれだな…」

 ワシャワシャと顎髭を搔きむしると酒を呑みたい衝動に駆られたが、副隊長にまた何か言われると思うと溜息をひとつこぼして自室へと入っていった



 翌朝皆がロビーに集まるとサマルが若い隊員に報告を促した

「情報をまとめますと大森林に入ったいくつかの採掘者のグループが大型のはぐれ(・・・)た鬼を目撃したそうです。ツノは無かったそうです」

「大型!? 聞いたことがないな……」

「はい。僕も初耳です。大きさまでは採掘者たちも意見が割れていて確定ではないですが、僕たちよりも大きいと思っておいていいでしょう」

「そうか……ご苦労だったな。しかし未知のタイプの亜人間となると討伐はここの兵士にも声を掛けて合同で行うべきか……しかし大森林の広さの中に亜人間一匹と遭遇する可能性がどれだけあるかと考えると、亜人間探しで日を要する事になるかも知れん」

「ここの兵士がそれに付き合うとは思えませんね、私は」

「そうだな、副隊長が言う通り俺もそう思わん。護衛を雇い入れ人数を補強して大森林を抜けようかとも考えたが、何事もなく自分たちが国へ帰り、護衛のやつらがアルメイダへの帰路で大事に合う事もありえる」

 顎髭に手をやり隊員ひとりひとりの顔を見回した。皆が皆不安げな顔をしている。そんな空気を変えるために冗談の一つでも言おうかとした時、副隊長が口を開いた

「では鬼と遭遇しないという事を前提に予定通りウルジへ帰るべきでは? 国に戻って王に報告し討伐隊を編成しましょう。私は知っての通り武術に秀でているわけではございませんが仮に遭遇しても現在序列2位のサマル隊長がいるんですよ?」

 隊員たちは一斉にサマルの方を見た。自国の武術大会では常に上位に残り、その肉体美は男でも嫉妬するくらいたくましいものだ。この人がいればなんとかなる。そんな気にしてしまう雰囲気をサマルは持っている

「武術大会は所詮ルールのある中での戯れ事だ。何でも有りの殺し合いは別もんだ。序列(すうじ)で奴らを狩れれば苦労は無い」

「不安にさせるような事を言ってわりぃがな」そう付け加えるとサマルは覚悟を決めた。隊員たちが自分を頼っている。それに応えるのが漢だとサマルは自分を鼓舞した

「なーに亜人間なんてクソみてぇに狩ってきたんだ、しけたツラすんなお前ら」

 そう言うとニヤッと笑って見せた(・・・・・・)


 亜大戦の英雄『千鬼狩りのサマル』がそこに居た


 隊員たちは徐々に荒くなってきたサマルの口調と、不気味な笑顔を作るその仕草を見て何を不安に思っていたのかと後悔した。結婚を期に討伐隊長の職を辞し、輸送隊を志願したこの漢は一騎当千ともいえる実力者なのだ

「よし! 予定通り午前中のうちにここを出るぞ! 晩飯はあっちで食おう!」

「「おお!!」」

 親分肌のサマルを後押ししたのは隊員たちの期待だけでは勿論ない。初めての子供の出産に立ち会いたいのだ。生まれてきた我が子に自分が父親だと一番最初に教えてやりたいのだ。そして、お産で疲れた妻を労ってやりたいのだ。だから今、帰らなければいけないのは至極当然の事だとサマルは結論付けたのだった



 4時間ほど大森林を進むと中心地付近にある小屋へと辿り着いた。誰が建てたとも知れないこの小屋は、何か物が置いてあるわけでもなく、雨風をしのぐ為に作られただけのような簡素なものだ

「半分来たな。休憩しよう!」

「ふぅー」

 隊員たちは疲労しきっていた。今まで安全だと思っていた道を神経を尖らせて索敵しながら進む緊張感は、体力を根こそぎ持っていった

(ここまでは順調だな)

「各自水分補給しよく休め! 30分後に出るぞ!」

「「りょ〜か〜ぃ」」

「だらしがないな」とサマルは苦笑いをしたが無理もない。輸入隊に戦士はいない。いや、要らなかったのだ。安全な経路で物を運ぶだけのこの仕事には積荷を積み下ろすだけの腕力しか必要なく、そこに戦う技術は求められていない。数人は過去討伐に参戦したものもいるらしいがサマルがそれを見分けられない程度の強さであるから、言い方は悪いが目くそ鼻くそである

 サマルは体を少し休めた後、人気(ひとけ)の無い小屋へと向かった。広大な森の中に孤独に生きるこの小屋がどこか昔の自分と通じている気がしてどうも気に入っている。毎回必ず立ち寄り、休憩が終わるまで仄暗い小屋の中で静かに瞑想するのがお決まりだ


 小屋に入るとひんやりとした空気が汗をかいた背中に抜ける

 森の中よりも小屋の中の方が気温が低い

 2日前に立ち寄った時はそんなことはなかったはずだ

「この感じ……」

 何か覚えがある感覚だ

(しかしこれは……)


--ボンッ!! ゴォォオオ……


 その時、小屋の外で轟音が響いた

「鬼だ! 隊長!!」

「ちくしょう! 積荷をやられたっ」

「ままま魔法だとー!?」

 小屋から飛び出したサマルは目の前の惨事に怯んだ

「やっぱり魔力か! しかし何故?」

 感じたことのある気配はエルガレスそのものだったからだ。陽魔法(ひまほう)を得意とする自国の魔王が何故こんなところに。そして何故こんな事を。

 しかしサマルは直ぐに自らの間違いに気づく。燃え盛る荷馬車を見てケタケタと笑い声をあげる亜人間の姿が見えたからだ。荷馬車の幌と並ぶ背丈は2メートルは超えているだろう。褐色の皮膚に漆黒の髪、灰色の瞳に灰色の……ツノはない

「はぐれた亜人間が育つとこんなにでかくなるのか!?」

 サマルが堪らずに大声を上げると亜人間はサマルの方へ掌を向けて口元を微かに動かした

 すると掌の前で大気が震えた直後、大小の炎が高速でサマルへと向かう

「んなっ!??」

 力任せに大地を蹴り真横に飛んだサマルは一回二回と転がり止まると、亜人間を睨む

(なんだこの亜人間は……でかい上に魔法が使えるだと!?)

 サマルの後方では避けた炎が木々へ当たり、燃え盛る炎はその範囲を次々と広げているのが確認しなくてもバチバチという木が焼ける音と匂いで分かる

 亜人間はそれを見て再びケタケタと笑い声をあげるとサマルの方へと向かって歩を進めてくる

(参ったねこりゃ……)

「副隊長っ!! 腰抜かしてる場合じゃねぇ! 積荷はいい! 直ぐに隊員の安否を確認! 全速力で国へ戻り王へ事態を伝えろっ、と!」

 声を張ったのが気に食わなかったのか鬼は歩きながら炎を打ち放つ

「しかし、わたっ、わたしは……」

 腰を抜かして気も動転してるのか視線も泳いでいる

「隊長! 全員無事です! 僕も加勢します!」

 若い隊員が剣を抜き鬼の後方へと回り込む。鬼は振り返ると剣を構え震えている若い隊員を見ると直ぐに興味をなくしサマルの方へと向き直す

「馬鹿野郎っ! 早くそこの腰抜けと全員で行け! 急げ!」

(俺もどんだけ足止めできるか分からんしな)

「しかし隊長は!?」

 再び亜人間が後ろを向き掌を若い隊員へ向けた

「お前の相手はこっちだ! っろ!」

 短刀を亜人間へ向かって投げる。わざと声を上げサマルの方へと亜人間の気を逸らしたのに気付いた若い隊員は、自分では足手まといだと悟る。それよりも早く国へ戻り王へ事態を報告し、援助を請わなければいけない。何せこの亜人間は魔法を使えるのだ。対抗できるのは魔王エルガレスしかいないと判断し、サマルの命令に従った

「隊長ご無事で」

 そう言うと、未だ混乱している副隊長に代わり隊員の指揮をとり森の奥へと消えていった

 亜人間はそのやり取りを不思議そうな感じでキョロキョロと見ていたが的がひとつに絞れると掌をまたサマルへと向ける

 帯刀しているのは『名刀藤春日(ふじかすが)』歴戦の相棒だ。久しぶりに抜く事になるが直ぐに呼応してくれるだろう。亜大戦を共に生き抜いた同士こんなところで死ぬわけにはいかない

「全部燃えちまうだろーがぁアアア!!」

 サマルもまた邪魔者(・・・)がいなくなった所で全力で斬りかかっていくのだった



 同時刻ウルジ国内では城の衛兵が大森林から昇る煙に気が付き警鐘を鳴らしていた。甲高い鐘の音は響き渡り、街中に点在する残りの警鐘も遅れて鳴りだす

 街の大人たちは鐘の音が輪唱から合唱に変わる頃、戦時を思い出し青ざめた。子供たちの中には初めて聞くこの鐘の音に泣き出す子供や、唖然とする子供がいたりして十人十色の反応だ。親たちは直ぐさま子供を抱えて家の中へ入ると厳重に鍵を閉め地下に隠れた


「騒々しい」

 謁見の間では魔王エルガレスが不機嫌そうにつぶやいた

 アルメイダより亡命をしてきた呉服屋は自分に向けられた言葉だと思い、自慢げにひけらかした一級品の献上の品を床に落としそうになった

 肩にかかる位に伸ばした金髪に整った顔立ち、鋭く光る銀色の瞳はさめざめと謁見者の心の内を見透かすようだ。この謁見者もまた(・・)「評判とは違って恐ろしい」とでも考えているのだろうと、我に返ったエルガレスは呉服屋の青くなった顔を覗きながら苦笑いした

 そこへ衛兵が訪問者の傍をすり抜けてエルガレスの元へと駆け寄った。それを見て余計に不機嫌になる

「何事だ」

「はっ、申し上げます!大森林から火の手が上がっています!範囲は中心部より速度を増して拡大している模様!このままでは全焼する勢いです!」

「なんだと」

「邪魔くさい」と言いながらエルガレスは羽織っている分厚いマントを投げ捨てると、訪問者の傍をすり抜けてテラスへと足早に向かう

 風に乗って焼け焦げた匂いが鼻腔を抜ける。確かに火事だ

「確か今日はアルメイダから灯油の輸送隊が戻る日です、あの火の強さは−−」

「あぁ、サマルに何かあったな」

「ヴァイス」

「はい」

「動ける者総てを集めろ、私も支度をしたら向かう」

 ヴァイスと呼ばれた金髪で長身のその女は直ぐに衛兵に指示を出す

「火の早さをを見ると消火はまず無理でしょう。ありったけの人数を集めて森へ進み、湖よりこちら側だけでも死守します。現地まで明るいうちには行けそうですね。討伐隊も衛兵も街の人々も、大森林を大事に想っている者は総出で現地へ!」

「分かりました!失礼します!」

 衛兵は早急に自分の頭の中でやるべき事をまとめ上げると詰所へと急ぐ。この時間なら丁度外回りの奴らも戻ってくる時間だ。早く、同時に、大勢の人に。伝えなければならない。大森林がなくなってしまう!

 支離滅裂な思考のまま前へと押し出す足は絡むことなく体を進めてくれる

 大森林を救いたいという一心で。唯々それだけで

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