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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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チルノ王国での会食

 ヤシュニナ歴153年12月19日、その日の夕刻、聖空の(ヒエロ・エヌア・)議氏(エルゼット)シュタイナーは副官である愛の(ラヴァーナ・)典父(ハルマーフ)メソッドを連れ立ってチルノ王国外務大臣テスメル・アインズウォーク、経済大臣カルヴィン・ヴェネットの二人との会食に望んでいた。会食の場は首都ラグーの一角、周りを庭園に囲まれた石造りのチルノ王国の貴族や上級文官に用いられる伝統と格式のある「夏月(カール・アルカ)」という料亭だ。


 造りとしては大部屋を一階ごとに五つ設けた三階建ての館だ。一階に厨房があり、二階、三階はそれぞれ個室になっている。隣の部屋の声が漏れないように防音設備がしっかりとしている他、別室の客同士が合わないようにギャルソンらは常に部屋の前に立ち、部屋の出入りを調整している。


 一室当たりの広さは縦に5メートル、横に15メートル、天井までの高さは4メートルほど。どの部屋も黄金のシャンデリアが天井に吊るされ、チルノ王国の画伯や名工作の名画や彫刻が飾られている。部屋の中にいる人間が四人にしてはかなり広すぎる。


 「いかがですかな、チルノの名産たる魚料理の味は」


 フォークとナイフを翼で器用に持つシュタイナーにテスメルが話を振る。鮮やかな金髪の顎髭の中年男性で、着ている服は赤い。今回の会食のホストは彼だ。


 歯はないが舌はあるシュタイナーだ。紅舌と上顎で魚をすり潰しながらゆっくりと飲み込んだ彼は一瞬だけ瞑目し、口舌に広がるその味わいと風味に浸る。


 チルノ王国の特産品の一つ、海産物。夏はシーラ、ツナメ、カブロトなどが採れ、冬は貝類、サチラスなどが採れる。どれもヤシュニナ近海では取れない魚類だ。冬場の過酷な海を乗り越えた春、夏の魚類の身は引き締まり、夏場の雄飛を超え、秋、冬の産卵期に入った魚類はたっぷりと脂がのっている。


 今、会食の場に出されている魚料理はサチラスのムニエルだ。香り付けのためのオリーブがよい芳香となり鼻腔をくすぐる。ソースも柑橘系とメインのサチラスの味を損なうことはなく、むしろ引き立てている。金色のなめらかなソースがぴしゃりとかかり、それを口に運んだ瞬間、深みのある味が生まれるのだ。


 このサチラスをはじめ、チルノ王国の海産物は一種のブランドと化している。チルノサチラス、チルノシーラと呼ばれるこれらの魚は陸路で隣国のミルヘイズ、クターノ、そして帝国へと運ばれる。


 実際の交易がないヤシュニナにこれほど美味な魚が入ってこないことを口惜しく思いながら、シュタイナーはテスメルの問いに、実に素晴らしい、と答えた。自国の海産物が誉められたことが嬉しいのか、テスメルは笑みを浮かべた。


 「これほど美味な魚が採れるのは貴国の立地ゆえでしょうな」


 「まさしく。これらの魚は北から流れてきた深層流に乗ってくる極小の海洋生物を食み、成長したものです。ちょうどその海洋生物が浮上する海域で育ったこれらの魚はまさに絶品。我が国の特産品の一つと言えましょう」


 「ゆえに貴国にも供したいところではある。が、いささかにおいてそれは難しいのだ」


 心苦しいように口を開いたのはカルヴィンだ。


 「日数、でしょうか?」


 「左様。貴国ヤシュニナと我が国とでは距離が開きすぎている。快速船を使っても10日、大型のガレー船を用いるならば実に20日以上もの日数がかかります。うまく南からの風をつかまえたとて10日以上もの時間を要すことになります」


 苦言を口にするのはカルヴィンだ。たくましい体躯の男で、肌の色はテスメルに比べて赤い。それは日焼けの跡であり、いかにも海の男、という印象を抱かせる。


 ヤシュニナとチルノの直線距離はざっと8,000キロ。わかりやすく例えるならば網走から那覇までのちょうど2倍だ。ヤシュニナの船は世界最速を自称してはいるが、カルヴィンの言う通り日数は15日から20日かかる。それだけの日数を船底のタルの中に入れておけば魚は腐る。


 「しかしそれは陸路であっても同じでは?伝え聞くところによると街道を用いても馬車では漁港から帝国やミルヘイズまで3日はかかると聞いておりますが」


 「それは……冷凍用の氷材を用いておりますので」

 「では我が国との間でも氷材を用いてもよいのではないでしょうか?無論、金銭を多く取ると言うのならば、お支払いすることをお約束いたします」


 「ですが、ねぇ」


 眉間にしわを寄せ、テスメルは言葉を濁す。その理由はヤシュニナが帝国と敵対関係にある、というのもあるだろうが、一番の理由は単純に氷材が貴重だからだろう。


 チルノ王国は東岸部三国家の中で最も北川に位置しているとはいえ、ヤシュニナよりもはるかに南にある国だ。雪こそ降れ、その量は少なく、また期間も短い。必然的に作られる氷の量も少なくなる。


 ヤシュニナなどは一年を通して氷が溶けることのない地があり、氷が不足するということはない。いっそ、ヤシュニナの氷を、ともシュタイナーは考えたが、移送する過程で溶けることは目に見えている。


 「貴国はたしか、深層氷塊を用いているのでしたな。冬の内に採取した氷を沖合の深層に沈め、自然と氷を増やすとか」


 「よくご存知ですな」

 「いえ、我が国のさる才氏(アイゼット)が昔そんな話を酒の席で」


 「ほぉ。そのような智者が貴国にはおられるのですな」


 顎髭をさするテスメルは空いている方の手をワイングラスに向けた。喉をしめらせ、テスメルは続ける。


 「おっしゃる通りです。夏場にも氷材を使うため、我が国では深層氷を利用しています。しかし量はたかが知れています。なにせ船一隻に詰める量も限られておりますからな」


 なるほど、とシュタイナーは相槌を打つ。彼が頷く傍ら、隣の席に座っていたメソッドが声を上げた。


 「つまり、新たに氷材を手に入れるアテ、さらにはより速い運送手段が確立されれば我が国との海産物の取引に応じてくれる、というわけですね?」


 鋭く赤い二本角が生えた小柄な青年、目尻には赤い化粧がある金眼の鬼種の言葉にカルヴィンは深くうなずいた。


 「貴国のご要望、我が国に商館を建てたいというご要望はこちらとしても叶えたい。帝国との関係を抜きにして。しかし貴国に対して我が国が輸出できるものは木材のみだ。極上の海産物を送ることは、残念ながら」


 「なるほど。では話を変えましょう。カルヴィン経済大臣は永久氷塊(ハート・シクル)をご存知ですか?」


 魚料理が消え、メインの鹿肉が運ばれてくる。それにナイフとフォークを入れながらメソッドとカルヴィンの間で話を続けた。


 「ハート・シクル。確か、北方の地、ロサ公国に存在すると呼ばれる魔法の氷か。確かにそんなものがあればいいのだろうが、あの国は鎖国状態だ。あるかどうかもわからん。そんなものを出すという真偽不明の戯言に付き合えるほど我々は暇ではない」


 「まさに。ハート・シクルがあるかないか。それはまだわかりませんが、近日中にその真偽が」


 そこまで言いかけた時、唐突に部屋のドアをノックする音が聞こえた。四人の視線が一斉にドアへ向く。一拍置き、テスメルが「入れ」と命令した。扉は即座に開かれ、執事服を纏った年配の男が入ってきた。足音を一切立てず、男はテスメルの背後に回る。


 「どうした、コーネリウス」

 「は。実は」


 テスメルの耳元にコーネリウスと呼ばれた執事服の男は何かをささやく。コーネリウスが耳元から離れた瞬間、ギョッとしたようにテスメルは彼に向かって振り向いた。


 「事実か?」

 「はい。早馬ではそのように」


 「何があったのですか?」


 動揺するテスメルにシュタイナー、メソッド、カルヴィンの三者の視線が向けられる。わずかな沈黙を置き、テスメルは重苦しく口を開いた。


 「過日未明、ロサ公国に対して帝国が軍事行動をおこなった、らしい」


 「なんと。なぜこの時期に」


 「さぁ。だが、均衡が破られた、ということでしょうな」


✳︎

次回投稿は木曜日を予定しています。

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