ザルツブルク・エルベンリーテ
ロサ公国とアスカラオルト帝国の間には切り立ったボラー連峰が聳え立っている。最大のものは標高7000メートルから8000メートルに達し、メルコール大陸にある世界最高峰のエンピレオンには及ばないものの、グリムファレゴン島にある霧の大連山と並んで東岸部一帯でこの山々を越えるものはない。
永きにわたって公国と帝国の間に聳え立ち、その侵攻を妨げてきた連峰を超えられた回数はわずか二回。公国の黎明期と10年前の二回きりだ。そのどちらも連峰の峻険な地形を乗り越えた先、真っ白なロサ公国への玄関口たるザルツ平原へ兵達がたどり着いた時、地平を埋め尽くさんばかりの鉄騎兵の横陣突撃を真正面から食い、帝国は敗走してしまった。
二回目は過去の教訓を活かし、あらかじめ盾兵を多く編成し、軍団技巧の練度が高い兵士による騎兵突撃の衝撃を緩和しようとしたが、第一陣、第二陣、第三陣と連なる同じ軍団技巧の波状攻撃にさらされ、瞬く間に方陣は崩壊した。連峰を超えた五万の帝国兵の内、生きて帝国内に戻れたものは二万に満たなかった。
ゆえにロサ公国の兵力の大部分はザルツ平原にあるザルツブルク・エルベンリーテという城塞都市に集結している。兵力の実に七割が鉄騎兵であり、残りの三割は後方支援要員にすぎない。
兵馬の育成には並々ならぬ投資を必要とした。軍馬を自前で、しかもロサ公国のような寒冷国家で揃えることは非常に難しく、年間予算の実に五割を軍関係の予算に回していた。備蓄乏しく、軍兵に乏しいロサ公国が大国の侵略を跳ね除けるために編み出した集団突撃、まさに肉を絶って骨を断つという表現がふさわしい。
彼らの戻るべき巣であるザルツブルク・エルベンリーテもまた堅牢な城塞都市だ。カスト・グアンザムの設計を流用した三重防壁に囲まれ、最も外側の地区に兵舎があり、中間の壁の内側には市民の民家が、最内側の壁内には都市の市長や有力者の家々、行政官の屋敷などがある。城壁の高さはおおよそ20メートル、門は大陸でも類を見ない幾多の金属を溶かした合金製であり、現在のどの国家が有する破城槌でも破壊できない、と自称していた。
特に最も力を入れているのは中間地点にある城壁だ。外壁と最内壁の間にあるこの城壁は無数の矢間とバリスタを備えたザルツブルク・エルベンリーテ随一の防御能力を持つ城壁であり、いざ外壁を突破して突撃してきた軍兵を一網打尽にすることができる。どれだけ軍団技巧にすぐれていようと、無限無数に射出される黄金の矢に射られ続ければ瞬く間に防陣は瓦解し、砕け散り、穿たれる。
一度としてザルツブルク・エルベンリーテが戦場となったことはないが、常に駐屯している兵士達は戦う気構えを見せていた。もしこの城塞都市が陥落することとなればその日がロサ公国の終焉である、という危機感を抱きながら、常にロサ公国の国旗が市長の館、行政官の館に掲揚されていることをのみ考えて職務を忠実にこなす。
愛国精神ではなく、護国精神の牙城、それがザルツブルク・エルベンリーテだ。
——ゆえにその都市が炎上しているならば、彼らがその手に握った長槍を雪原に落とすに十分足り得る。
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