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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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チルノ王国へ征く

 11月30日快晴、ダザニック海域を航行する船が3隻、海原を駆けながらはるかチルノ王国を目指していた。帆船すべてがヤシュニナ国旗を海風で翻し、颯爽と進んでいく。それも軍船であることを示すため左右の2隻には大型の渡船用の大梯子が左右に二つずつ、盾のように設置されていた。敵船に乗り移る際に一気に多くの兵士を乗り込ませる足場が確保できるように、大梯子の先端には梯子を固定させるための鋭利なフックが取り付けられていた。


 船の大きさは長さは全長28メートル、全幅9.5メートル、喫水2.9メートルと極めて標準的なサイズながら、分厚く、頑丈なことで有名なキエド樹林で伐採された木材を使用することで防御能力を高め、また船首衝角は螺旋を描いた凸状をしており、横陣を組んだ敵船めがけて鉄製のこの凶器が突っ込む姿を想像すれば浮かんでくるのは真っ二つに割れた船以外の姿はない。


 その2隻に守られる形で先頭を征く大型船には一切の武装が付いていない。海面から鉤縄などを使って侵入しようとしてくる海賊退治用の連射バリスタくらいは甲板際の手すりに取り付けられてはいるが、それだけだ。それは決して警戒を全くしていないほど安穏としているわけではなく、単純に両脇の2隻に対して全幅の信頼を置いているからに他ならない。


 「とはいえ、まぁあれですよあれ。さすがに戦艦10隻とかに囲まれたら私ら死んじゃうんですけどねぇーあっははー」

 「議氏(エルゼット)シュタイナー。それを言われると警備の人間の士気も下がるのでやめていただきたい」


 不謹慎な発言が船室で飛ぶ。それを諌める剣の軍令(エスプ・ジェルガ)ギーヴをバツが悪そうに聖空の(ヒエロ・エヌア・)議氏(エルゼット)シュタイナーはてへぺろと()()()()()()舌を出して見せた。ご丁寧に右手を後頭部に回すほどの気の入りようだ。


 有翼種、その中でも極めて希少なフクロウの有翼種であるシュタイナーはそれこそいざとなれば空を飛んで逃げることができないでもないが、飛ぶことができる、もしくは空を駆けることができる人間はギーヴも含めごく少数、もしシュタイナーが言うように敵船に囲まれでもすれば轟沈は必定、文字通りもとの木阿弥だ。人命も含め、一体どれほどの損失になるか、実際にヤシュニナにおける運送業を扱っているシュタイナーからすれば笑い話以外の何ものでもない。


 「ていうか、なんで私なんだかね。こういう外交事はアルヴィースの旦那が向いているだろ」

 「まーそうなんだんですが。議氏アルヴィースはエイギルとの交渉のため、首長(ドン)ルキアーノと会談せねばならない、と。それだけ例の禁輸作戦が重要なのでしょうね」


 だろうね、とシュタイナーはギーヴの言に同意を示した。そして視線を船室の上座に架けられたアインスエフ大陸東岸部の地図へと向けた。


 ヤシュニナ氏令国とエイギル協商連合の二国は大陸東岸部で東方航路を有しているという点で共通している。東方航路とはその名が示す通り、東方大陸へ至るための海洋航路であり、現在それはヤシュニナ、エイギルの二国の間で実質寡占状態となっている。この二国で唯一違う点はエイギル協商連合がアスカラオルト帝国との間に通商取引を行なっている点だ。エイギルは東方航路を使って得た珍しい品々を帝国にさらに付加価値を付けて輸出することで暴利を貪っているのだ。


 無論エイギルの貿易国は帝国にとどまらない。大陸東岸部ならばシュタイナーとギーヴの目的地であるチルノ王国はもとより、ミルヘイズ王国、クターノ王国、アスハンドラ剣定国、そしてヤシュニナ氏令国、四邦国とも取引をしている。貿易協定上禁止してはいるが、ヤシュニナの商品が帝国へ流れ込む危険性も十分にあるわけだ。それを止めるため、もといエイギルと帝国間の取引を禁止させるため、アルヴィースは現在エイギルに出向いている。


 「無論これは内政干渉です。長丁場になることは容易に想定できるでしょうね」

 「まぁ大口の取引を潰せって話だからな。なんらかの見返りがなくちゃあの国は動かないだろうな」


 「そもそも帝国を自滅させるための対帝国禁輸条約ですからね。一体何年分の利益が飛ぶのか、とそろばん片手に戦々恐々しているでしょうね、エイギルは」


 アスカラオルト帝国は大陸東岸部最大の国家だ。その市場規模は他の東岸部国家と比べるまでもなく、これを失った翌日には首をくくる人間が出てきてもなんらおかしいことはない。つまり、ヤシュニナが言わんとしていることはとどのつまり、「自殺してくれ」だ。確たる理由もなく、いや仮に理由があったとしても自殺なぞ進んでやる人間はいないだろう。


 「だけど私達がチルノを糾合できればそれも変わる。もっともチルノ、ミルヘイズ、クターノの三カ国すべてがこちら側についてくれないとアルヴィースの旦那はまさに骨折り損だろうがね」

 「ええ。ですから頼みます。なんとしてもチルノを我が方に靡かせなければいけませんからね」


 吹き荒れる風は軽やかに、力強く、しかしその風を受けて進む船は異常に重く、陰鬱な雰囲気を漂わせ、ダザニック海域を横断していった。


✳︎

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