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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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大会議

 その日、ヤシュニナ歴153年11月9日、初雪の日のことだ。氏令会議の通知により各州から氏令達が首都ロデッカに集まった。これは異常なことだ。通常の氏令会議は首都に在中する氏令のみで行われる。各州を監督する氏令達は首都が置かれる第二州と禁足地を監督する第一州の氏令以外は集まることはない。4月の亡命騒動や州総督を務める氏令が議案を持ち寄る場合は話は別だが、通常の氏令会議は45人いる氏令の内、全十二州から第一、第二州を除いた十州を監督する氏令は集まらず、三十五名で行われる。


 だが今日ばかりは違う。各州の氏令はもとより四邦国の国王達並びに重臣達までもが普段氏令会議が行われている議場に足を踏み入れ、通常と比べて倍の熱気を帯びたような物々しい雰囲気を醸し出し、同様に氏令達、(エヌム)達の視線は鋭く尖り、怪訝そうにことの成り行きを見計ろうとしていた。


 とはいえやはりと言うべきか、氏令の席には空白が目立った。旗の(マクラ・)軍令(ジェルガ)ジグメンテをはじめ、4月の折から立て続けに氏令が亡くなった影響だ。本来ならば45人の氏令が座る席は7つが空席で、別の氏令が荷物なんかを置くためのスペースとして利用している有様だ。


 喧騒も絶えない。雑談が喧騒を呼んでいるのだ。4月以来、全氏令の招集を命じた会議はない。四邦国の王達が叛乱した、という時でさえ全氏令が招集されることはなかった。もっともあの時は国外に氏令が分散していた、という事情もあったが、それを抜きにしてもやはり国家の有事であるという事実は集まった氏令達の危機感を募らせていた。形式上とはいえ他国の国家元首を招くことすら異例だ。それが国政に関わってくるとなれば不安感もあるのだろう。


 氏令会議改め(グリムファレゴン・)会議(アサイラ)国柱(イルフェン)雪花の(セナ・レティ・)国柱(イルフェン)Notdの着席と共に始まった。


 会議の開始と共にまず席から立ち上がったのは埋伏の軍令(マイラ・ジェルガ)シオンだ。その紫がかった美麗な黒髪をたなびかせ、国柱に一礼をした後、彼は壇上に立つと第一声を発した。


 「お集まりの皆様、我が国は現在危機に瀕しております。それも特大の危機にです。それは国家の分裂や内紛、友好国の裏切りなどといった生優しいものではなく、国家の消滅であります。我々は今、亡国の憂き目にあっているのです」


 怪訝そうな目線がシオンへと向けられる。それは何十とある黄色だったり、黒だったり、青だったり、赤だったり、緑だったりする無数の視線だ。多種多様な種族が共存するヤシュニナなればこそ、見た目がどれだけ化け物のような氏族であろうと氏令にまで上り詰める権利がある。すなわち、今シオンが浴びている視線を送っている存在は明らかな化物のような外見を持つ種族も混じっているということだ。身のすくむ思いだったが、気を奮い立たせ、シオンは熱弁を始めた。


 「帝国、その名を聞きよい印象を抱く方はこの場にはいないでしょう。4月より彼の国は我が国に対して幾度となく攻撃を繰り返してきました。十軍と名乗っていた反乱軍、四邦国のムンゾ王シースラッケンとミュネル宰相(エヌムカイン)アザシャルの反動、これらすべてには帝国の謀略の影があり、彼らの策略によって大勢のヤシュニナ人やムンゾ人、ミュネル人が犠牲となる結果を産みました。挙げ句の果て、半ば同士討ちにも近いヤシュニナとムンゾ、ミュネル間での争いを起こさせ、着実に我々の戦力を削いでいったのです。そんなものを許していいのでしょうか?私は許せない。先の戦いに従軍したものとして、将として帝国のハゲネズミ共が犯した蛮行を許すことなど決してできはしません。


 お集まりの皆様の中には和平の道も、とおっしゃる方がいるかもしれません。同じメンタリティならば我々は話し合うことができる。おっしゃる通り、同じメンタリティならば我々はいかなる種族とも交流し、繁栄を謳歌するでしょう。ですがこと帝国に限ってはそのような考え方は通用しません。彼らはその最前身であるメロヴィン王国の頃から騙し討ちと鏖殺を旨とした鋼のメンタリティで周辺国家を併呑し、版図を広げ不可侵を結んでいた国家にさえ、娘子が嫁いだ国家にさえ牙を剥いたのです。彼らが求めるのは殺戮のみ、それは揺るぎようがない事実であります。


 また彼らは人間種、より厳密にはエレ・アルカン以外のあらゆる種族の存在を認めようとはしません。帝国においては異種族は隷奴に落とされ、挙句の果てには貴族の楽しみとして戮殺されるのです。その光景を私は何度となく見てきました。エルフの女性が衣服を剥かれ、慰み者にされる姿を、誇り高きハイ・オークの戦士が四肢をもがれ、豚の真似事をさせられる姿を、生きたまま焼かれるホビット族の老人達の姿を。我が国にもこれらの種族は大勢住んでおり、その技巧によって生計を立てております。帝国がそんな他種族国家を認めるわけがない。近くにあるならば鉄槌を下そうとするでしょう。それこそが87年前のグリムファレゴン戦争であり、今再び彼らはそれを成さんとしているのです。


 帝国の歴史はいわば血と鉄の歴史。積み上げられた屍の上に建てられた破壊と殺戮を是とする戦闘国家であります。そのような国家が我々にこんどは毒牙をかけようとしているのです。我々は大陸の諸国家になんら含むところがあるわけでも、領土的野心があるわけでもなければ、敵意すらないというのに。


 今こそ我々は協力し、反帝の同盟を作るべきなのです。帝国という巨悪から国土を、家族を、愛するものを守るため、挙国一致でグリムファレゴン全勢力が一つとなって帝国を打倒しようではありませんか!」


 帝国という脅威、それを打ち砕く。それを成そうとする人間の激白だった。かつて帝国の惨状を見てきた人間による生の感情論。彼の憎悪がこもった熱弁に呼応する軍令や刃令は多数拍手し、続いてムンゾやミュネルの重臣達が呼応し、議場は拍手につつまれた。その光景を見ながら山羊の頭蓋を模した仮面の裏で界別の才氏(ノウル・アイゼット)シドはほくそ笑んでいた。


 今から約34年前、帝国領を放浪していたシオンをシドは拾った。気まぐれ半分、興味半分の博打だった。当時はまだ10代半ばだったシオンはその時から確かに敵意があった。だがそれは別段帝国に限った話でもなかった。彼のルーツを知っているものからすればその憎悪の正体は用意に想像できたが、知らない人間からすればシオンのことを帝国に追われたエレ・アルカン以外の人間種の末裔、と捉えるだろう。


 「まぁ実際は違うんだけどね」

 「声が大きいぞ。シオンがせっかく憎悪を込めて演説しているんだ。黙っていろ、シド」


 隣に座っていた王炎の(エヌム・オカロス)軍令(・ジェルガ)リドルに注意されシドは肩をすくめた。その後もシオンの熱弁は続き、そして彼が演説を終える頃には議場の空気は反帝一色に染まっていた。

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