帝国貴族委員会
今回の話でなぜ帝国が戦争をするのかについてあらかた理由がわかります。まぁ宰相閣下はまだ色々と画策しているようですけどね。今回登場するキャラクターは後々重要になってきます。名前だけの人物もお見逃しなく。
アスカラ=オルト帝国首都ミナ・イベリア。アインスエフ大陸東岸部を支配する巨大国家であり、現在進行形で拡大路線を続けている侵略国家の中枢にある貴族委員会の議事堂、左右の階段状の席には総勢百名を超える帝国貴族達が座し、上座の中央には皇帝陛下が君臨する荘厳な玉座が置かれていた。
この部屋が満杯になる時、それは国家の有事と相場が決まっている。普段は反目し合い、また恫喝し合う間柄の貴族達であってもこの時ばかりは厳粛とした雰囲気を醸し出し、威風堂々とした態度で堂々と自分の席に座っていた。とはいえ彼らの間で会話がないままずっと会議が始まるのを待っているかと言われれば答えはノーだ。
彼らだって人間だ。気まずい雰囲気を漂わせたまま飲類もなければつまみもない白色の大理石で形作られただけの無味無臭の空間でずっと座っていれば虚像になってしまう。会話は正義だ。会話は貴族の嗜み、世間話を通して情報収集は気品ある貴族の醍醐味だ。
「ヴィルアンヌドゥアン殿はいらっしゃらないのか?」
「あの方は西部辺境伯のお一人ですから。蛮族どものことを考えれば動くというのは考えづらいかと。一応代理の貴族が、ほらあそこに」
指差された先にいたのは山高帽を被った奇抜な格好の男性だ。よくわからない円状の鉄の塊を黒い服に散りばめ、顔面を覆うマスクを付けた年齢不詳の男。偉そうな姿勢で足を組み、沈黙を保ったまま座っていた。
「あそこにいるのは武装貴族では?珍しいですね。馬上試合以外で見るのは初めてですよ」
「それだけではありません。あちらを」
「あれはブローニュ伯爵ですか。リシリュー公肝入りの財務大臣だとか。公の場に姿を現すのは初めてですな」
幾人かの貴族の目線はクリーム色の頭髪の美麗な男性へと向けられた。女性と見間違えるほど線が細く、肌の色は白い。上品な佇まいと出立ちに身を包み、笑顔で隣に座る高齢の大人と会話している姿に議事堂内の何人かは見惚れていた。
「まったく無粋な視線だな。そんなに我々がこの場にいることが帝国貴族共には不思議と見える」
「そう言うな、ユーゴ。我々のことをせいぜいが馬上試合の花形程度に思っているのだろう。もしくは貴婦人の相手をする男娼か」
「なんと無礼な。我らは誉れ高き戦士の血を引くものだぞ。それが貴婦人の男娼?無礼も無礼、今私の手元に剣があれば視線を送る者どもを切り捨ててくれようぞ」
血気盛んに歯軋りをする白い甲冑をまとった少年を、黒色の青年がなだめすかす。彼らの談笑は剣呑そのものであり、もし周りに座っていた貴族が同じ武装貴族でなければ萎縮するか気絶するかのどちらかで、多くの場合後者だ。
帝国貴族は大別して二つの種類がある。一つは今この議事堂内に集まっている貴族のほとんどである帝国貴族、もう一つは全身を甲冑でまとった武装貴族だ。どちらも同じ帝国貴族ではあるが、その成り立ちがこの二つは完全に異なる。
まずブルジョワは帝国黎明期、すなわちまだアスカラ=オルト帝国ではなく、メロヴィン王国の頃から王家に仕えている貴族達の血筋だ。いわゆる文官貴族であり、その主な役割は行政・司法・立法の統制、もとい王権における内政の代行だ。
対してシュバリエはアスカラ=オルト帝国の前身であるオルト帝国がオルト地方やアスカラ地方へ侵略戦争を続けていた頃、帝国に服従した各地の有力者や領主の血筋だ。生粋の戦士と呼ばれ、生まれながらにして馬術と剣術、槍術を嗜み、アスカラ=オルト帝国成立以前まではオルト帝国の武力として大いに活躍したまさに建国の立役者とも言うべき集団だ。
しかし現在のアスカラ=オルト帝国においてその存在は軽視されている。有り体に言えば古臭いと思われているのだ。現在の帝国軍は80万とも90万とも呼ばれる常備軍によって構成されている。彼らは集団戦法を得意とし軍団技巧を瞬時に使い分ける高い練度で統制された軍隊だ。全身に甲冑をまとい、個人の力を重視するシュバリエとは正反対の軍事組織であり、またまとまった数を揃えられることから帝国においては重宝されている。
もっとも一番の理由はシュバリエはあくまで貴族であり、皇帝に絶対の忠誠を誓っているかどうかが疑問視された、という元も子もない話なのだが。
「その陛下が俺達シュバリエを参集なされた、ということはその力を欲してのことだろう。さてさてどこへ攻め込むのやら」
「そうだな。私達シュバリエの力をご覧いただき、今一度皇帝陛下にその力をお認めいただくよい機会だ。我らは決して旧時代のロートルではないと、証明しようではないか」
シュバリエらが意気込み中、上座の方から皇帝の入来を告げる鐘の音が鳴った。それまでざわついていた貴族達の視線が一気に上座へと向き、奥の扉から玉座へと歩いていく老人に注がれた。
威風堂々とした白色の美髯を携えた厳しい顔つきの男性、歳の頃のは50か60か。アイスブルーの颯爽とした瞳を潤ませた仏頂面の老人は豪奢な白い衣装に身を包み、裏地が真っ赤の白いマントを翻す。王者の風をふかせ、ドカリと玉座に腰掛けるその姿はまさしくアスカラ=オルト帝国皇帝の名にふさわしいと言われていた。
第29代アスカラ=オルト帝国皇帝アサムゥルオルトⅪ世は寡黙な皇帝と知られている。その王者の気品に満ちた様相通り、滅多に自らの意見を口にすることはない。厳粛な雰囲気だけを醸し出した無口皇帝と揶揄されたり、宰相であるリシリューの操り人形とも噂されている。しかしひとたび人前に出ればその王者のカリスマ性と気品は比べるべくもなく、皇帝としての威厳をただよわせていた。
「では、会議を始めよう。リシリューよ。議題を述べよ」
「かしこまりました、陛下」
上座近くの席から立ち上がったひょろりとした金髪の髭男に視線が移る。影響力で言えば現在の帝国では皇帝以上に強いと言われている男、アレクサンダー・ド・リシリューだ。
「まず本日この場にお集まりいただいた皆様に報告させていただく案件がございます。過日、皇帝陛下の御前における御前会議においてある決定が成されました。それこそが本日の議題にございます」
リシリューは議場の真ん中まで移動すると手に持っていた地図を広げた。それはアインスエフ大陸東岸部を記した詳細な地図だ。
「我が帝国は侵攻を開始します。目標はヤシュニナ氏令国をはじめエイギル協商連合、ロサ公国といった東岸部の諸国すべてです」
「「なぁ!?」」
その発言に議場のあちこちでどよめきの声があがった。彼らの表情には明らかな焦りがあり、額に汗がにじんでいた。
「無論これには理由がございます」
そう言ってリシリューは懐から封が割れた書簡を取り出した。赤い蝋を垂らし、その上から印鑑が押された質のいい用紙を使った手紙だ。議事堂を占める貴族達の目線が自分から書簡へ集まったことを確認すると、リシリューは近くに座っていた貴族にその書簡を手渡し、回し読みするように指示を出した。
書簡を受け取った貴族が手紙を封筒から取り出し広げると、その周りの貴族達も顔を寄せて手紙の中身を読もうと近寄った。そして読み進めるに連れてみるみる内に表情が曇っていった。手紙を読み終わる頃には彼らは皆表情を強ばらせ、鼻息を荒くしてリシリューを見ていた。
「その書簡は七月の上旬頃、ヴィルアンヌドゥアン辺境伯爵より陛下へ届けられたものです。内容はしごく単純、西部国境付近の蛮族どもが結託しようとしている、とのことです。その戦力は甘く見積もっても40万、多ければ70万にも匹敵するでしょう。西部の蛮族、すなわち北魃国アダール、獣国ゼルピス、そして死霊国イムガムシャ。この三国がバラバラだったからこそ我が国は西部の守りを盤石なものとしていました。ですが、それがまとまったとなれば話は変わってきます。
この三国と我が国の実力は互角。ですがそれは国力のすべてを対西部へ振り分ければ、の話です。現状それは厳しい。ヤシュニナをはじめ、周辺諸国はこの帝国がかつて行った侵略戦争の過去を忘れてはいません。我が国が弱体化したとなれば容赦無く国土を奪いに走るでしょう。
言うなればこの戦争の名目は後顧の憂いの排除、後方への脱出。我らが祖先を侮辱するわけではありませんが、かつての先祖のツケを払わされているのです」
「戦力は?仮に東岸部の有力国家を潰すにはそれ相応の戦力を振り分ける必要があるのでは?」
「現在実働可能な第一、第二艦隊をグリムファレゴン島、エイギルへ当てます。ロサ公国へは陛下の実姉であるリオメイラ・エル・プロヴァンス公爵夫人が自ら出陣なさる手筈になっております」
一部の貴族からの声にリシリューはすばやく返答する。すでに決定されたことをつらつらと口にする。それが覆せないことだとわかれば反対意見を持っていても自ずと人間は黙るものだ。
「宰相閣下、それでは我々シュバリエはチルノ、ミルヘイズ、クターノか?」
白い甲冑をまとった少年の発言にリシリューは振り返る。彼らシュバリエは不満そうな表情を顕にしていた。それもそうだろう。今少年が上げた三国は東岸部でも弱小に入る国家群だ。強き敵との戦いを望むシュバリエにとってこれほど戦ってつまらない相手はいないだろう。それを理解しているリシリューはすぐさま笑みを浮かべて否定した。
「いいえ、ユーゴ・ド・メグリニ伯爵。貴公らシュバリエの舞台は大陸にあらず。貴公らには第一、第二艦隊へ搭乗してもらい、ヤシュニナへ攻め込む先鋒となっていただきたいのです」
「我らに馬を捨て、船に乗れ、と?」
「もちろん騎馬は上陸に成功した後に運ばせます。馬上こそがシュバリエの花。馬から降りては映えませぬ」
「なるほど。だがヤシュニナは強力な海軍国家と伝え聞く。貴公が推す艦隊でその守りを打ち破れるのか?」
無論でございます、とリシリューは即答した。それにはもちろん理由がある。
ヤシュニナが有する戦艦は砕氷能力を持つ衝角が特徴的な重装艦だ。船底には浸水防止用の鉄板が敷かれ、おそらく防御能力で言えば東岸部随一と言ってもいいだろう。だがそれだけだ。攻撃能力という点では一般的なバリスタに限られる。連射バリスタと呼ばれる対人攻撃兵装を備えているとも伝え聞くが、それで船が落とせるのかと問われれば答えはノーだ。
加えて数が少ない。どれほどの重装艦であろうと数が足りなければ話にならない。その点で言えば帝国の有する軍艦は防御面ではヤシュニナには及ばないだろう。しかし数であれば圧倒的な大差、軽く三倍の艦数を有している。人海戦術を用いれば圧倒的な戦力差で文字通り海の藻屑となるだろう。
「帝国を守るため、我らは今一度罪を犯しましょう。我らが犯し、我らが許す罪を犯しましょう。帝国はあらねばならぬのです。人類の翼として」
そう、これは帝国のための戦争であり、帝国のための戦争ではない。これは人類社会を蛮族の、亜人の、異形の手から守るための戦争だ。
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そして9月13日、アスカラ=オルト帝国貴族委員会はアインスエフ大陸東岸部の諸国家に対する全面戦争を決定した。動員数は約30万人。この侵攻の魔の手を単独で防ぎ得る国家はアインスエフ大陸にはただの一国も存在しない。
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