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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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ガラムタ王国を訪れる橋渡りの議氏

 6月26日の昼ごろ、ガラムタ王国首都ミーガルを訪れる影があった。逆立つ一本角は高々と昇った太陽の陽光によって照らされ、来訪者が人間種ではないことを訴えていた。人間離れした美貌と肌の青さは彼の種族特有のものであり、アインスエフ大陸ではあまり見られないものだ。


 姿勢を正し歩くだけで石段の上に花が咲き乱れるかのような優雅な所作で橋渡りの(ルス・ウオル・)議氏(エルゼット)アルヴィースは玉座の間へ足を踏み入れた。数年前に訪れた時と変わらない豪華絢爛かつ華美荘厳な飾りつけが目立つ煌びやかな内装はガラムタ王国の財力を裏づけ、為政者としての気位の高さを伺わせる。むしろ煌びやかさで言えばさらに増しているとすら言えた。


 しかし玉座に座るこの部屋の、引いては国家の主人である宝石の王(イスキエリ・エヌム)バヌヌイバだけはどこか浮かない表情でアルヴィースを迎えた。彼の周りを固める家臣団は表情を消し、無言のまま左右に陳列していたためより一層彼の渋い表情は浮き彫りとなっていた。


 ふと玉座から視線を左に逸らせばバヌヌイバの唯一の息子であるレイザが控えていた。こちらは父親とは違い冷めた表情で額に汗を浮かべる父親を見つめていた。これから何が起こるのか、その行く末をすでに知っているかのような悟った雰囲気を漂わせ、レイザは視線をアルヴィースへと向ける。


 アルヴィースの背後には彼の従者が一人だけ。玉座の間は入り口も中もガラムタの精強な近衛兵によって固められすでに逃げ場はなかった。膝を突き、形ばかりの礼をするアルヴィースが少しでもバヌヌイバの神経を逆撫でするような発言をすれば真っ先に首が飛んでもおかしくない極限の状況、しかしその場ですらバヌヌイバの緊張の糸はほつれなかった。圧倒的に不利な状況にあるにも関わらず、ゆっくりとお辞儀なんてしている一本角の鬼にむしろ恐怖すら抱いていた。


 「この度は謁見の儀叶いましたること感謝の念に耐えませぬ。(エヌム)の偉大にして深淵なる度量に深く、深く感謝を申し上げまする」


 口から出てくる感謝の言葉には一ミリたりとも謝意は感じられなかった。まるで記された文を読んでいるかのように空々しい物言いに眉をひそめる人間も少なくはなかった。バヌヌイバ自身も一瞬眉間に皺を寄せかけたが、こんなことで激怒しては話が進まないと自制し、敢えて上機嫌を装ってアルヴィースに話しかけた。


 「あ、ああ。アルヴィース殿。本日はよく来てくれた。私も貴殿と今日この日に会い見えたことまことに嬉しく思う。して本日はいかなる目的かな?」


 何をアルヴィースが言うのか、そんなものは彼が王と謁見がしたいと言った時に自ずと想像ができた。ガラムタとヤシュニナの間にはムンゾがある。陸路にしても海路にしてもヤシュニナはムンゾを経由せずしてガラムタへ来ることはできない。


 ヤシュニナの氏令であるアルヴィースがガラムタにいる、ということは詰まるところムンゾ王国が失陥した、ということだ。四邦国内最強の軍事力を持つムンゾ王国が、だ。あまりの訃報、あまりの凶報にバヌヌイバを初めヤシュニナの軛から抜け出すことに意欲的だった重鎮達はがっくりと肩を落とした。


 帝国が四邦国の独立を承認したのはムンゾの軍事力とガラムタの経済力を前提としているゆえだ。どちらか片方を失えば帝国と四邦国のパワーバランスは一気に帝国側へと傾き、独立できたとしてもなす術もなく経済的にも政治的にも四邦国は抑圧される。


 それを回避するためにはどうすればいいか?ヤシュニナの軍門に下るほかない。東海岸で帝国とまともに戦争ができるのはヤシュニナとエイギルの二国家だけだ。どちらも帝国と海を隔て、海軍力を高めているからこそ圧倒的に優位な戦場を選択できるという地の利がある。総兵力八十万とも九十万とも言われている帝国といえど海軍力ではこの二国に劣る。


 エイギルを頼ってはどうか、という声も事前の協議で上がった。ヤシュニナの軍門に戻るのが不服ならばエイギルを頼ろうという二者択一、しかしそれはレイザと彼が懇意にしている数名の大臣達の反対によって却下された。理由はいたってシンプルで、エイギル側がまずガラムタへ市場価値を見出さないからだ。商人ギルドの連合国家であるエイギルは市場の安全性を第一に考える。ガラムタがこれまで大陸東岸部の諸国家と商売ができたのはガラムタの背後にヤシュニナという強国家があったからだ。ガラムタは安全だ、ガラムタで商売することは損益よりも利益が上回るという先入観があったればこそ帝国に近いという立地でもひっきりなしに商人が訪れた。


 だが今はどうだ?侵略国家である帝国の傀儡になりえる可能性があり、近くにはヤシュニナという強大な海洋国家がある。龍の巣の近くに鉱山があっても掘りに行く坑夫はいない。明確な脅威が近くにある中、おちおちと商売などできるわけがない。


 またガラムタと交易を行なっている国家は当然といえば当然だがヤシュニナとも交易を行なっている。あちらからすればガラムタと交易すれば経済制裁を喰らうかもしれないという猜疑心が生まれ、自ずとガラムタとは縁を切るだろう。いつ攻め滅ぼされるかもわからない国家と呑気に商売ができるほど東岸部の諸国家の状況は安穏とはしていないのだ。目に見える帝国という脅威があり、ガラムタが帝国の傀儡ともなれば巡り巡って自分達の金銭は自分達を殺す帝国の刃へと変わる。一時の損得を上回る長い目で見た分析能力から絶対に相手を利するようなことはしたくないと考えるのが自然だ。


 つまりガラムタに残された道はもはやヤシュニナの軍門に下るほかない。再び経済活動を制限される虜囚の生活に戻るほか道はない。それを理解しているのかアルヴィースはうっすらと笑みを浮かべていた。玉座の間の視線がアルヴィースに集まる中、彼はゆっくりと顔を上げ、こう言い放った。


 「——単刀直入にお伺いします。王はいくらで帝国に買われましたか?」


 「「なぁ!?」」


 どよめきが家臣団の間に走った。アルヴィースが無礼な要求をしてくることは玉座の間に入ってからの彼の態度から予想はできていた。ぞんざいにこちらへ降伏勧告を突きつけてくることすらありえた。それならばまだ良かった。予想できればこそ心の準備ができる。だが今の言葉はあまりに、あまりに礼を失していた。レイザですら目を丸くし、自分の耳を疑ったほどだ。いわんやバヌヌイバにとってそれは侮辱以上だった。自分が軽んじられたとかの話ではない。国家そのものが軽んじられたのだ。許すわけもなかった。


 「貴様!こちらが下手に出ておれば調子に乗りおって!貴様は我が国と貴様の国との間で戦争でも起こそうと言うのか!」


 無論戦争となればガラムタに勝ち目はない。二日と経たずにヤシュニナ軍が王都を強襲し、亡国の王としてバヌヌイバは断頭されるだろう。しかしここで怒りをあらわにしないで王など名乗れなかった。すべからく国とは王の私物だ。だが私物の中で最も価値ある私物であり、王の親友と呼んでも差し支えない存在だ。それを売るなどありえない。あっていいはずがない。


 顔を真っ赤にして黄金のひじかけをバヌヌイバは叩く。バヌヌイバの剛腕の圧力は黄金を歪ませ、玉座を軽く揺らした。王が怒り、こちらを凝視している。しかしアルヴィースはどこ吹く風とばかりに白々しく笑みを浮かべ続けていた。


 「王よ。私に戦争を起こそうなどという意思はございません。私はただこう申しているのです。いったいいくらで王は帝国に誇りを売り払ったのか、と」


 「それが戦争を起こそうという意思でなくてなんだというのだ!誇り?誇りだと!?そんなに貴様の国の鎖から独立しようという気概が気に入らんか!自由な経済活動を求めようという意思を持つことが鼻持ちならんか!」


 「まさか。当方にそのような考えはございません。ですが王よ。帝国の元で誇りを保てますか?経済活動の自由を担保できますか?」


 アルヴィースに図星を突かれ、バヌヌイバは言い淀む。このままヤシュニナの軍門に降らなければ帝国の抑圧という未来が待っている。一時の開放感を味わうことすら許されず、ガラムタ王国という名前を失い、王座を失い、民族としてのアイデンティティすら失われる。


 虜囚となんら変わらない絶対権力者である皇帝に迎合し続ける悪夢が始まり、それは死ぬまで冷めることはない。たとえ一人が死んでもその子孫は迎合を強いられ、終わることのない地獄の苦しみの日々は延々と続いていく。そんな未来を選択し、子々孫々に誇れるわけもなかった。


 「この橋渡りの議氏アルヴィースがお約束いたしましょう。私は帝国がもたらす利益の倍をガラムタ王国へお約束する、と」


 「な、にぃ?」


 「無論これは口約束ではございません。きっちりかっちりお支払いいたしますとも。当座の案といたしましては関税率の軽減、船団護送費用の一時的軽減などでいかがでしょうか?」


 それはガラムタにとって破格の提案だった。長年ガラムタを悩ませていた問題の一つが解消されたと言っても良かった。しかしいい話には裏があるというのが世の定番だ。バヌヌイバは身を乗り出し、アルヴィースを問い詰めた。


 「話が旨すぎる。何が目的だ」


 「目的など、知れておりましょう。帝国の客人を王自らの手で処断いただきたい」


 刹那、アルヴィースの視線が家臣団の中へと向けられる。眼から光線でも発されたかのような鋭い一瞥に当てられ、華美な衣装を身に纏っていた仮面の男が前のめりに倒れた。白目をむき、完全に気絶していた。


 「この男が貴国と帝国との間の連絡係、相違ありませんか?」


 バヌヌイバは答えなかった。代わりにレイザが首を縦に振った。アルヴィースはにっこりと頷き返し、どこから取り出したのか、白刃を玉座の前に突き立てた。


 「私に殺せ、と?」


 白刃を持つバヌヌイバの手が震える。華美な衣装に付けられた宝飾品が震える彼の豊満な腹の上で跳ね回り、その煌めきが鈍く白刃へ反射した。


 「これは貴国のためです。貴国のより良い発展のため、王自らがその第一歩を踏み出さねばなりません」


 それはあからまさな脅迫だった。それがわかっていてもバヌヌイバは拒絶することができなかった。決して口約束ではない、というアルヴィースの言葉を信じたかった。市場価値を失わずにガラムタが繁栄する道を信じたかった。


 手汗をにじませ、ぐっしょりと汗が染み込んだ柄を強く握り、バヌヌイバは帝国の人間の心臓を一刺しする。血はあまり飛び散らなかった。わずかにバヌヌイバの足元に飛んだだけだ。目の前で行われた凄惨な光景に家臣団はおろか近衛兵すら言葉を失い、唖然としていた。


 「……や、やたぞ?これで貴国は我が国を支援してくれるのだろうな?」

 「ええ、もちろんです。早急に本国から外交官と専門家を呼び、関税率の軽減、護送船団費の軽減について協議いたしましょう。彼らが到着するまでの間は我々の間で話を詰めましょう。きっとよい案が生まれることでしょう」


 その時のアルヴィースのセリフは彼の外見も相まって悪魔の囁きのようにすら感じられた。わなわなと柄から手を離し、バヌヌイバは玉座へと倒れ込む。


 その日、再びガラムタはヤシュニナとの間に確固たる同盟を結んだ。


✳︎

次話投稿は10月13日21時を予定しています。

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