ヤシュニナ首都ロデッカ——才氏と議氏の会話
ヤシュニナは首都ロデッカの一角、白望の塔の最上階にて王鷹の議氏ファムと氷艝の才氏レグリエナが対峙していた。両者の間にはテーブルと豪華な食事が置かれていたが、どちらも食事に手を伸ばす気配はなかった。
長い静寂が両者を取り巻き、静寂が続けば続くほどに重苦しい空気がただよった。やがて痺れを切らしたファムが話の口火を切った。
「才氏レグリエナ。本日はお招きいただきありがとうございます。してこのような豪華な席を設けていただいた理由はなんでしょうか?」
今は氏令全員が忙しい。つい先日シオンからの連絡で賽の才氏リオールをはじめとした多くの氏令がムンゾ王国国王シースラッケンによって虐殺されたという情報が各行政や機関に舞い込み現在の首都情勢はさながら地獄の釜を開いたような悲壮感をただよわせていた。
氏令の目を通さなくてはいけない書類の処理はもちろんのこと、氏令立ち会いの元で行われる行事なども多くある。それがいっぺんに業務を圧迫する、ということはないが、予定されていたスケジュールに大幅な修正を加えたり、予期していなかった日取りに急な仕事が入ったりと今後数ヶ月の過密なスケジュールが頭をよぎり、ファムは吐き気を覚えていた。
ましてその下にいる彼女の部下などは昼夜を問わず事務処理に追われていた。責任の所在を明らかにしないとままならないのがお役所仕事であり、責任者が揃って不慮の事故で死にました、後任はいらっしゃいません、などと言われて正常に機能するわけもない。
ファム自身もまた真っ昼間からアルコールが入ったグレープジュースを飲めるほど暇というわけでもない。労働関係の職務を担っているファムは議氏の中でも仕事量が多い部類だ。それを知って彼女の対面に座るレグリエナは食事の席を設けていた。その真意はわからないが、はなはだ迷惑だ。さっさと切り上げてしまいたいというのが本音だった。
「そう急くな。多忙であることは重々承知しているが、今日吾輩が話さねばならぬ議題はこのグリムファレゴン島の行く末に関わってくることなのだからな」
「意外というほど意外ではありませんが、貴方の口からグリムファレゴン島の行く末などという言葉が出るのはそうそうありませんね、才氏レグリエナ。いえ、こうお呼びすべきでしょうか。神狼レグリエナ、と」
「どちらでも構わん。どのみち才氏などという職自体シドの阿呆とNoteの馬鹿が勝手に命名した名前だからな」
とうとうと語るレグリエナは過去に想いを馳せるかのようにしんみりと翠眼を細めた。
レグリエナは神狼だ。上古の時代に活躍した神狼フアンの直系であり、長らくグリムファレゴン島を守護してきた由緒正しき守護神である。身の丈4メートルは超える巨狼であり、その瞳は青々と木々が茂る夏場のグリムファレゴン島の景色を彷彿とさせ、美しい白い毛並みは冬の白土を思い浮かばせる。
まさに彼の存在そのものがグリムファレゴンと呼んでも過言ではなく、一国家の枠組みに収まっていることが不思議なほどだ。だが現実としてレグリエナは氏令の職務を全うしている。氏令会議内で発言することは滅多になく、また賛意も反意も示さない。ほぼほぼほとんどの議題に対して棄権を繰り返している、という意味ではセナとも共通しているが、会議中に居眠りを始めない分いくらかレグリエナの方が常識的だ。
そんなグリムファレゴン島の守護者であるレグリエナが島の行く末を語ることの重みは想像を絶する。ファムの憶えている限り、彼が同じことを口走ったのはおおよそ100年前、霧の大連山の向こう側に支配地を持つ轟雷龍ゼアヌアが傘下の龍種を引き連れて大規模な侵攻をした時ぐらいだろう。
怪訝そうに包帯の向こう側の瞳を細め、ファムはレグリエナに話すように促した。
「此度、ヤシュニナはムンゾを下すだろう。ミュネルもまた下すだろう。その果てに形ばかりのグリムファレゴン島の統一がなされるだろうな。そして帝国という脅威を打倒するため、グリムファレゴン島は他国と協力し、また帝国内部と内応し、帝国を手中に収めることだろう。ここまでは決定事項、ヤシュニナの武力を鑑みれば帝国の打倒とて夢ではない。
だがその先はどうなる?悪意は西の地にてうごめている。帝国という壁を失えば真っ向から我々は界国と衝突する未来がやってくる。それは想定しうる限り最悪の結末だ。いやむしろあの男はそれを望んでいる節すらあるのかもしれない」
「界国、ですか」
おおよそ160年前、ファムもまたシドやリドル、セナと共に界国の打倒を掲げ、その列に加わった。あの時は楽しかったな、と過去をなつかしむ心が湧き上がってくる。ゲームのサービスが開始して半世紀近く、あらゆる量子系ゲームの中で最高難易度と謳われたラスボスを倒し、最高にハッピーな気分だった。
だが直後に世界が切断され、ファム達はこの世界に取り残された。以来過酷な毎日が訪れ、国家の最高権力の座に着いた今でさえ心の充足は得られなかった。
ファムにとって界国は思い出の地であると同時に呪いの地でもあった。それはシドやリドル、セナやその他多くのヤシュニナに在籍している元「七咎雑技団」のレギオンメンバーにとっても同じだろう。あの地で彼女が死に、我々は取り残されてしまったのだから。
「戦いとなればグリムファレゴン島にまで戦火は訪れる。森は焼け、川は干上がり、平地は陥没し、谷は死人で埋まるだろう。それが営みの果てなのだとすれば吾輩は何も言わん。なるようになれ。だがただ一人の部外者がそう画策して起こる必然なのだとすればそれは看過できん。全力でその喉笛噛み切ってやろうぞ」
白く鋭い牙を剥き出しにしてレグリエナは唸る。レベルにして128と低めだが、彼の本来の扱いはレギオンレイドボスだ。おおよそ単独でこれに勝てるプレイヤーはおらず、ファムですら5分と時間を稼ぐことはできない。
そんな最強の人物が殺すという時、それは脅しではなく確定した未来だ。どれだけレベルを積んでも逃げることはできず、言葉の通りに喉笛を噛み切られる。ゾワリと背筋を悪寒が伝う。まるで獣の群れの只中にいるような圧倒的な恐怖がファムを取り巻き、彼女のほおを汗が伝った。
「……才氏レグリエナ。本日ワタシを御前へお呼びくださったのはその話をするためでしょうか?」
「そうだ。これは警告である。もしグリムファレゴン島を犯さんと画策するのならば死を覚悟せよ、というな。あの男にそう伝えるが良い」
「……善処します。ですが」
それまで手をつけなかったワイングラスに手を伸ばし、ファムは微笑を浮かべた。包帯が口元にも巻かれているためレグリエナには判別はできない。並々と注がれたワインを口元へ運び、甘露の吐息をファムは漏らした。
「——あまりワタシに期待しないでください。アレは異常者です。妄執に囚われていると言ってもいい。たとえ一兵となろうとも、アレは目的を完遂しようとする。それこそグリムファレゴン島の命運など考えもしないでしょうね」
「まぁ、だろうな。アレと初めて喋った時、憎き邪龍と同じ気配を感じた。本質的にどちらも世界なんぞどうでもいいと思っている口だ。小のために大を犠牲にする、吾輩には理解できぬ世界だ」
「私もですよ」
そうして二人が食事を始めようとした矢先、部屋の扉を叩く音が響いた。何事かと二人が振り向くと、ファムが連れてきた彼女の副官が息を切らして扉の外から現れた。ファムのトレードマークである黒い鉄棒と鷹を右手に携え、左手には紙切れを握っていた。
それらを受け取り、中身を確認したファムはほくそ笑む。興味の目でファムを見つめるレグリエナへ紙切れを手渡し、彼女は再び食事を始めた。
「落ちたか。思ったよりも速かったな」
「王を取れば機能停止する国家ですから。無駄に戦おうとは思わないでしょう?」
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次話投稿は10月11日21時を予定しています。




