無言の戦い
「エッダ。随分と乱暴な帰郷だな」
鏃の切先を向けられていてもシースラッケンは冷静だった。抜き放った宝剣の間合いよりも弓矢の射程の方が明らかに長く、エッダが構える弩弓を見ればそれがただの弓矢でないことは一目瞭然だ。平時ならば弓矢程度を切り払って突貫するシースラッケンでさえ足踏みするほどの覇気を放ち、それを構えるエッダは数段強さが増しているように見えた。
エッダを視界に入れた時瞬時に湧き上がった怒りは彼が放った鏃を受けたと同時に消え失せ、今は戦士として彼と真っ向から敵対していた。両者の間のわだかまりは互いに武器を構えた時に消え失せ、双眼がぶつかり合う。
まず動いたのはエッダだった。つがえていた鏃を打ち放つ。スキル「空天」により命中率と速度が上がった一撃をシースラッケンの眉間めがけて放った。それをシースラッケンはスキル「神速剣」を纏った宝剣で打ち返した。すぐさまシースラッケンは上段に宝剣を構え、反撃の構えを見せる。技巧「飛弾天」を使いエッダは一矢放つと同時に距離を取る。
エッダのレベルは75、片やシースラッケンのレベルは95と数値にして20の差がある。純粋な戦闘能力の積み重ねで言えばはるかにエッダはシースラッケンに劣る。接近されれば弓使いであるエッダは抵抗する余地なく斬り伏せられる。だからこそひたすらに距離をとる。シースラッケンに決定打を与えるまで、矢をつがえ続けた。
「SoLeiU Project」の世界はレベルやスキル、魔法や技巧が存在するなどファンタジー色が強めのゲーム世界だ。だがこと戦闘という面においてはややリアルなダメージ判定が採用されている。例えば眉間や心臓への攻撃はどれだけレベル差があったとしても大ダメージを叩き出す傾向が強い。いくつもの体に傷ができればレベル100を超える猛者であっても失血死する可能性がある。
レベルの差が一重に勝敗を決するわけではない。より自身の能力を引き出した存在が勝利するのだ。ゆえにレベル差で慢心をするのはプレイヤーくらいなもので、煬人の多くは例えレベル差が30以上離れていても慢心することはありえない。
無論レベルを上げればより多くのスキルや魔法、技巧を習熟することが可能で、攻撃の多彩さが増えるというメリットがある。しかしちゃんとそれらが使えなければただの器用貧乏で終わるのだ。ゆえに多くよりも一を極めた存在こそがこの世界においては最強であると言える。
三射、四射と続け様にエッダは矢を放つ。当たり前のようにシースラッケンはスキルを纏い鏃を弾くがそれとて限界がある。この世界において強力なスキルであればあるほど回数制限やデメリットが存在するからだ。例えばシースラッケンが初手の射撃を阻止するために使ったスキル「神速剣」は一瞬だけ対象の反応速度と剣術の力量を上昇させるスキルだが、習熟はレベル70を超えてからと一般的な習熟難易度は高く、スキルの効果が終了すると同時にわずかな時間運動能力が低下するというデメリットが存在する。
戦闘においてこのデメリットは致命的であり、スキルの発動時間を無駄にしないためにシースラッケンは最短最速の手順で二度「神速剣」を発動させ宝剣を振るっていた。スキルを二回連続で使用したことによるデメリットは単純に二倍だ。わずかにシースラッケンの反応速度が鈍り、エッダが放った一射が彼の肩口をかすった。
「まったくやってられんな。弓使いとこうして絶技をかわすなど久方振りすぎて体が対抗方法を忘れてしまっていた。そうだった弓使いの厄介さはスキルや技巧のデメリットの低さだったな」
シースラッケンは獰猛な笑みを浮かべ、エッダに話しかける。しかしエッダが応えることはなかった。光のない瞳でエッダは矢を放ち続けた。その反応ははさながら言葉をかわした瞬間に決意が鈍り、押さえつけていた感情が決壊してしまうと暴露しているようであり、彼が無理に冷徹に徹しているいることを明瞭に表していた。
放つ矢の速度、正確性はどんどん上がっていく。シースラッケンの体に命中する回数も増えてきた。生命力はじりじりと削られ、未だに一撃もエッダに与えていないシースラッケンは追い込まれているように見えた。だが、違う。シースラッケンからすれば状況は逆だ。むしろシースラッケンこそがエッダを追い詰めていた。
この世界において弓使いは使用するスキル、技巧におけるデメリットは少ない。消費する精神力や受けるデバフに関しても純粋な近接系の戦士に比べれば差は歴然だ。だがいい話には悪い話がつきまとうもので、弓使いが与えるダメージは同レベル帯の近接系戦士に比べて圧倒的に少ない。与えるダメージの量を手数で補うからこそスキル、技巧にかかるデメリットが少ないのだ。
もし同レベル帯の近接系戦士と同じだけのダメージを与えようと思った場合、受けるデメリットや精神力の消費はむしろ弓使いの方が高いと言えた。こういった事情から弓はサブウェポンとして扱われることが多く、純粋な弓使いは魔法使い同様にこの世界ではエルフ種や一部のオーク種を除いてほとんどいない。
長期戦はレベルによる精神力や体力の桁から見てもあからさまにエッダが不利だった。ゆえにエッダが狙わなければならないのは放つ鏃のどれかをシースラッケンの眉間や心臓といった致命傷を負う箇所に命中させるという一点に尽きた。それだけに全霊を注ぎ、エッダは矢をつがえた。
「わかっているぞ、エッダよ。焦っているな。私を殺さねば貴様の叛逆はすべて無に帰す。どこを狙う?額か首か心臓か腹か?どこでも狙うがいい。ことごとくを弾いてくれよう!」
弓使いであり自身よりもレベルで劣るエッダの狙いを理解しているシースラッケンはここぞとばかりに彼を煽った。ちらりと周囲に目を向けてみればエッダとともに玉座の間に突入した兵士の半分ほどがすでに散り、親衛隊最精鋭の兵士達に徐々に追い詰められていった。散々廊下の兵士達を蹂躙したシドの姿もすでになく、事態は明らかにこちら側に好転していた。
一方のエッダはと言えば戦っている相手のことしか見ていなかった。射撃の精度が上がったのがその証拠だ。ある程度の戦場分析ができれば急激に射撃の精度が上がることはない。この場において指揮官であるエッダが一騎討ちにかかずらい、指揮をおろそかにしているという点ですでに彼の敗北は決定しているとシースラッケンは断言できた。
放たれた一矢をかわし、シースラッケンは自ら距離をとった。不審そうにエッダは矢筒から矢を取り出そうとする手を止めた。その隙をつき、シースラッケンは左手を背後へ回す。スキル「風剣作成」により風の刃を生成し、それを視界から外れるように縦軸方向へと投げた。
シースラッケンのみを見ているエッダでは当然気づきようがない攻撃だ。シースラッケンが接近すればより視界は狭まり、エッダはただ矢をつがえ、放つだけの木偶人形になりさがった。勝利は必然であり、シースラッケンはひたすたらに突貫する。
近づけさせまいとエッダは矢筒に入った残り全ての矢をすべてつがえ、全身全霊のスキルやアーツを放つ鏃へ付与する。放たれた弓矢は七色の輝きを放ち、我先にとシースラッケンへと向かっていった。それを真正面から打ち破りあるいはかわし、自身の間合いにまで迫った。
シースラッケンが間合いまで迫るとエッダは宙へ逃げようと「飛弾天」を発動させる。だが直後彼の表情が歪み、その体は地面へと投げ捨てられた。
「兄……上?」
肩の付け根から突き出した背後からの刃を受けたことが衝撃的だったのか、それまで沈黙を守ってきた彼が開口した。だがその時の彼の目の前には宝剣を両手に構え、今にも振り下ろさんとするシースラッケンの姿があった。
「残念だよ、エッダ。我が手で同胞の命を断つことになるとはな」
そして鮮血が舞い降りる。エッダの体に宝剣が突き刺さり、彼の悲鳴が玉座の間に轟いた。
「苦しかろう?安心しろ。次の一撃で終わらせてやろうぞ!」
なぶるように、わざと腹を刺し、それを引き抜いたシースラッケンの表情はもはや人ではなかった。ただの殺戮を楽しむだけの異常者だった。彼の意識は苦しむエッダへと向けられその他すべての雑踏も羽音も聞こえはしなかった。
——ゆえに、エッダが放った一矢の内一つが彼の首を刺し貫いた時も、彼はどうして自分の体が倒れようとしているのか、全く理解できなかった。
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次話投稿は10月9日21時を予定しています。




