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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
61/310

強襲

 払暁と共に漆黒の騎兵がレクシス市内へ突撃した。


 大通りを駆ける彼らは人の少ない明け方の大通りを疾風迅雷の如き速さだった。足首につけられた消音用のマジックアイテムによって蹄鉄の音は消され、金属鎧がこすれ合う音も聞こえない。市内に入った騎兵らがどれだけ馬を急がせようと馬のいななきすら市民の耳には届かない。


 しかしもうもうと立ち込める土煙は隠せない。蹄鉄が巻き上げた砂塵が大気へ流れ、異様な土煙を起こしレクシスの兵士達に異常事態を知らせてしまっていた。明け方とはいえそれを見逃すほどムンゾ王国兵は節穴ではない。


 土煙を視認するや否やドラを鳴らし、敵襲を知らせた。外周区の兵士らが槍と盾を両手に持ち、戦闘態勢を整え土煙へと走っていく。何が迫っているのかなど考えるまでもない。彼らは進路上の大通りに到着するとすぐさま盾でバリケードを構成し、ハリネズミのように無数の槍を盾の隙間から突き出した。


 「海栗盾トーン・アンマ・シルト!」


 直後緑色のオーラが方陣を構成した兵士達を包んだ。緑色のオーラに包まれた兵士達は自分の筋力が引き締まっていく感覚を覚え、同時に内なる力が体外へ放出されていくという不思議な高揚を味わった。


 軍団技巧(レギオン・アーツ)海栗盾トーン・アンマ・シルトはその名前が示す通り防御系の軍団技巧だ。盾による粘り強さと槍による突貫性を兼ね備えた攻防一体の陣であり、軍団技巧の中では中位に位置する。騎兵による電光石火の突撃もこの槍衾の前では飛んで火に入るなんとやらだ。


 もっと上位ともなれば龍鱗(ドラグ・グレイク・)(シルト)という技もあるのだが、それを行える軍隊は大陸東海岸の国々の中では帝国以外に存在しない。シースラッケンはその練度を求めたが、今の親衛(シュルツ・シュタッカ)(アタナトイ)ではこれが限界だった。それでも今この大通りを目指している騎兵集団の侵攻を食い止めるだけの防御能力はある。


 大通りの地平から騎兵の羽飾りが見えた時、軍団技巧を発動させているすべての兵士の両手に力が加わった。軍団技巧を用いて防御能力と攻撃能力を引き上げているとはいえ騎兵の突撃をまともに喰らって怪我をしないなんてことはない。魔法がそうであるように技巧(アーツ)もまた万能ではない。特に軍団技巧はコンビネーションが重視される合体技だ。わずかなほころびが技巧の精度を落とすことも十分にありえた。


 まだか、まだかと兵士達は額に汗を滲ませる。盾の隙間から覗くともうあと少しで騎兵達はこちらに突貫しようとしていた。蹄の音が鳴らない異様な騎兵達は直剣を片手に進撃する。数十人がその突撃に対抗しようと地面を片足で掴むとザっと大地がうねる音が市内に響いた。熱気は最大値まで上がり、騎兵と盾兵の間に走る空気は重く、流れる時間はより長く感じられた。


 そして両者が接触するか否かという瞬間、突如先頭を走っていた騎兵が手綱を引き、左右の路地へ転身した。バリケードまであと数メートルという距離でだ。せまい路地に騎兵が走り込むなど機動性が損なわれる自殺行為にも関わらず、次々と戦闘の騎兵の後を追って黒いマントを羽織った騎兵達が路地へと入っていく。


 ムンゾ兵達はすぐさま軍団技巧を解き、彼らの次の目的地を地図を広げて算出する。


 レクシスは東西南北の大通りが市内を四分にする形で形成されている。その中でも最も短い大通りが今兵士達がバリケードを形成していた西の大通りだ。これらの大通りはすべて王宮や各行政府が広がっている内壁に直結し、この内壁の高さは15メートルはある。騎兵ではとても突破することは叶わず、外周区とは違って堅牢に守られている。


 それをわかっているはずの敵騎兵がどこへ向かっているのか、地図を広げたムンゾ兵達は路地の線をなぞった。


 そこかしこで歓声が上がる。砂煙はその歓声に追従していた。周囲を建物で囲まれ四方の視野が狭い大通りからでもわかる厚い砂煙がレクシスの至るところで上がっていた。レクシスを縦横無尽に騎兵が乗り回していることは確実だ。そんな竜馬が疲れるような行為をどうして実行する?


 しばらくするとガチャガチャと金属鎧がこすれ合う音を鳴らして息を荒げた兵士の一団が路地から現れた。数にして200から400といったところだろう。全員が汗をだらだらと垂らし、大通りへ入ってくるやどしゃりと地面に倒れ伏した。


 「なんだ、お前らは!」

 「わ、我々は!路地へ入った騎兵を追って、ああ、はぁ。はぁはぁ。いたのですが!見失い、ました」


 指揮官らしき兵士の返答に地図を見ていたムンゾ将校らは眉を寄せた。騎兵を歩兵が追っていたというのも十分に理解できない話だったが、他の場所でも路地に入った騎兵がいたという事実を知り、彼らは地図に向き直った。部隊を率いていた指揮官に詳しく敵騎兵が路地に入った地点を示させ、そこからどこを敵が目指しているのかを考えた。


 レクシスはシースラッケンが美観を大事にしてデザインした都市だ。計画段階あるいは建設段階で幾度となくシースラッケンが介入し、都市の路地の配置、家々の配置を変えたせいで本来の地図とは全く違う都市が出来上がってしまっていた。


 この区画は家々の高さを均一にしたい、とか、この通りは少し高さを変えようとか可能と不可能が入り混じった命令を乱発したおかげで都市構造は複雑化し、レクシスに駐留している親衛隊が知らない路地すら存在する。相手が天秤の(ポータスカ・)王弟(エヌムトイ)エッダなのだとすればそのすべてを知っている可能性が高い。あの(エヌム)に長らく支えていた男なのだ。彼の性格のせいで狂った建造物の配置なども網羅したレクシスの完全な地図を持っていてもおかしくはなかった。


 「——部隊長殿!部隊長殿はおられますか!王より火急の厳命でございます!」


 地図を指でなぞる中、彼らの背後から若い声が響いた。竜馬から下馬し、敬礼するその兵士は息を切らしつつあずかった伝聞を報告した。


 「敵騎兵はムジュール通りを抜け、ターバン屋敷前の路地に入りました。王シースラッケンは至急大通りに配備している全兵を上げて連中が出てくると予想されるディーゴ広場に集結せよ、とのことです」


 「ディーゴ広場?……わかった。すぐに向かおう。それと貴様、こちらからも王に進言したい儀がある。寸分違わず報告してくれ」


 「かしこまりました」


 伝令役を帰し、西の大通りに陣を張っていた兵士達はディーゴ広場へと走った。シースラッケンが東方の芸術作品に心打たれてデザインした彼のお気に入りの噴水が設置されている華やかな広場だ。待ち合わせの場所として市民、商人、軍人問わず何度となく利用した思い出深い広場だ。


 そこを戦場にするなんてと複雑な心境を抱く人間は大勢いたが、彼らの迷いはディーゴ広場に到着すると同時に払拭された。即座に広場をつつむように方陣を構え、軍団技巧を発動させる。


 だが待てども待てども土煙は一向にこちらに近づいてこなかった。広場から見える土煙は空を騎馬が駆けるかのように色濃く、近づいているのか遠ざかっているのかまるでわからなかった。蹄の音が消えているせいで視認するしか接近を感知できる方法がないのが歯痒かった。


 「これは、なんだ?」


 もうもうと立ち込める土煙は確かに近づいていた。だがその濃さが異様だ。ただ上に上に行くだけで土煙がここまで濃くなるか?親衛隊に所属している以上はある程度馬術の心得がある。小説や絵物語に描かれるほど土煙は上がらない。まして市内だ。舗装された道で舞い上がる土煙などたかが知れている。今彼らの目の前に見えているほど土煙が高く上がることがあっても濃さはありえない。


 まさかと思い部隊長は近くの建物の壁をよじ登り始めた。もし自分の予想が当たっているとすればそれはとんでもないことだ。今、王シースラッケンの立てた予測に従って数千規模の兵士が広場や通りにバリケードを形成していた。それらすべてが遊兵化する恐れがあった。数人の部下の力を借り、彼は建物の上に登り、直後視界に広がる光景に唖然とした。


 ——四百をゆうに超える黒い騎兵が建物の上を駆けている。軽々と建物の間を騎兵は飛び越え、目まぐるしい速度で王宮を抱える内壁へ突っ込んでいた。彼らが走っている建物の高さはすべて12メートル。騎兵は段差を気にすることなく、ただ馬の腹を蹴っているだけでいい。そして3メートル程度の高さならば竜馬は軽々と超えてくる。


 「まずい。このままでは王宮が落ちる!」


 内壁内にも千人規模の親衛隊が配備されている。しかし無傷の騎兵五百を相手にするには不十分すぎる。絶対に守り切れるという保証はない。


 「至急王宮へ伝令を出せ!王シースラ、が」

 「は、させるかよ」


 いつの間にかその場に立っていた白い竜馬から黒い一閃が放たれた。その一閃は軽々と部隊長の首をすっ飛ばし、地面に叩きつけた。熟れた果実、さながら柘榴のように赤い果汁をぶちまけて絶命する部隊長の死体を見て、下の方から悲鳴やどよめきの声が上がった。


 「さぁてあと少しで幕だ。これでムンゾ王国は変わる」


 剣についた血を落としながら仮面の裏側でシドはほくそ笑んだ。


✳︎

次話投稿は10月3日21時を予定しています。

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