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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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62/310

双撃

 「王(エヌム)シースラッケン!敵騎兵が壁内に!このままでは王宮を直撃します!」

 「内部の親衛(シュルツ・シュタッカ)隊(・アタナトイ)では王宮へいたるすべての通路を塞ぐことは不可能です!いかがいたしましょうか!」


 喧喧囂々と大臣達は玉座に座るシースラッケンに指示を仰いだ。彼らの顔には明らかな焦りが見え、それは別に国の存亡を思ってのものではない。彼らはただ自分の利益が守りたいだけだ。自分の財産や家名に固執し、それが損なわれるかもしれない可能性があるから、汗ばんだ両手を組んでシースラッケンに救いを求めているに過ぎない。


 それを理解しているシースラッケンは心の奥で笑みをこぼした。国家改革の過程で多くの大臣を粛清した。中には祖父の代から王宮に仕えている人間もいた。そんな人間を一人ずつ始末し、亜人排斥政策を実施し、没収した財産や新たに得た資金でレクシスを建設し、経済活動の要所を首都とした。


 ムンゾ王国はかつてないほど繁栄し、その財力をもって親衛隊という最高の軍隊も作り出した。あと手に入れるべきはヤシュニナの枷からの独立だけだった。それが為された時初めてシースラッケンの野望は達成されるはずだった。


 思い描いていたのは紅蓮の熱気に包まれたグリムファレゴン島随一の栄華を誇る都だ。市中を神楽祭りのように仮面を被った市民が練り歩き、そこらじゅうで花火が日夜問わず上がる華やかな光景、それこそがシースラッケンの理想の都、それが全国に波及する時、国中の花が咲き誇るのだ。


 だが現実はその逆だ。熱気に包まれこそすれ、それは怒号と焦燥にまみれたなんともむせかえるような激臭を伴ったひどいものだ。さながら糞尿が詰まった便所を常夏の只中に放置したような劣悪すぎる環境だ。


 今や王都としての威厳はなく容易く侵入され、容易く内壁に敵を入れてしまった。市民の暴動が起きているという眉唾な話まで上がるほどに混乱が伝播し、兵を戻すにも伝令が送れない。命令の伝達が難しくなれば指揮系統の混乱を招き、数千の兵士すら使い物にならなくなる。ことに兵権を王が掌握しているムンゾ王国などではそのきらいが強い。


 「王!どうかご指示を!どうか、どうか!」


 それを理解せず、雑多に喚く目の前の重臣達がわずらわしく思えてきた。結局自分の手元に残ったのは自分の命令しか聞かない兵士とおべっかばかりを口にする臣下だけだった。


 「騒々しい。静かにせよ」


 張り詰めた弓の弦をしぼるがごとくおぞましいほど冷涼な声音でシースラッケンは騒ぎ続ける重臣達を黙らせた。本能的に恐怖を察したのか、それまでやかましく叫んでいた大臣達は口を塞いだ。彼らの表情筋が強張り、喉の底へすとんと飲んだ唾が落ちていく。ぴちゃりと誰かの汗がこぼれた音を皮切りに静寂を打ち破り、シースラッケンは玉座から立ち上がった。


 色をなくした笑みを浮かべ、小さくシースラッケンは肩を揺らす。剣を引き抜き、ゆらりゆらりと危なっかしい足取りで玉座へ通じる階段を降りていった。


 「兵士達に命令する。この玉座の間のみを守れ。奴らの狙いは私の首ひとつよ。建物の中まで馬は持ち込めぬ。総力戦となれば我らの優位は確実だ」


 玉座の間に籠城する。それはシースラッケンが考えうる中で最善の策だ。騎兵の機動力は絶大だからこそ、まずはその機動力を封じなければならない。下手に索敵のために兵を出せばその機動力を駆使され各個撃破される。残る一千の内壁の兵士をすべて玉座の間周辺に配置し、兵力差と練度という強みを取り戻すのだ。


 懸念材料はひとつもない。いざとなればシースラッケンにも切り札はある。抜き身の宝剣を握りしめ、シースラッケンは踵を返して玉座へと戻った。そして側近の一人にシャスターを連れてくるように命令した。十分と経たずにシャスターは例の喪服の女を伴って現れた。いつもの慇懃な態度で一礼しつつ、こちらを品定めするような目を向けてくるシャスターにわずかな怒りを覚えたが、今はそんな悠長なことをしている場合ではなく、すぐに本題を切り出した。


 「さてここに呼ばれた理由はわかるか?」

 「偉大なる王(オー・エヌム)、誠に遺憾ではございますが、皆目見当がつきませぬ」

 「そうか。では私自らが答えてやろう。エルジム殿、いやシャスターよ。貴様エッダの暗殺に失敗したな?」


 その言葉を聞いた時、わずかにシャスターの表情筋が強張った、ように見えた。実際は玉座の角度などからよく見えなかった。ずっと顔を下げたままだからだ。


 「エッダを殺せ、と私は命令した。しかし貴様はしくじった。そしてエッダの軍は今や私の喉元までその刃をつきつけんとしている。これはゆゆしきことではないか?」


 「まことに。まことに王のおっしゃる通りでございます」


 「では貴様はその失態をどのような形で私に報いてくれるのだ?武器や物資の類は無理であろう。なにせ唯一の貴様らとの取引を行なっているイェスタは先日灰塵に帰したのだからな」


 それがなぜなのか、シースラッケンはおろかこの部屋の人間は大半が知っていた。一部の人間を除けばそれは龍面髑髏(デア・ルーファス)が関わっていたことであることは周知の事実であり、軍吏の何人かはシャスターを縛首にするべきだ、とも訴えた。だがシースラッケンはその案を却下した。代わりにもっとこちらの利益となるような頼み事をしようと画策していた矢先、エッダの率いる軍勢が対岸に現れた。


 ならばシャスターと龍面髑髏の使い道はもはや一つしかない。


 「シャスター。貴様の配下である龍面髑髏を以てこの玉座の間に突入してくるであろう不届き者を排除せよ。これは私が貴様に与える慈悲であると知れ」


 無理を言っているつもりはシースラッケンにはなかった。別に龍面髑髏を最前列にすえようとも思っていない。あくまで戦力として徴用するに過ぎない。もしここでシャスターがノーと言えばその時はその時だ。彼の命を奪うことも視野に入れるつもりでいた。


 だがシャスターは即答する。イエスと即答した。その程度のことでいいなら、と彼の顔にくっきりと描かれ、かすかな舌打ちがシースラッケンの口からこぼれた。


 その直後、扉の向こう側から喧喧囂々と人の歓声や鋼の音が響き始めた。内壁・外周区の兵士全員に早急の集合命令を発令した。王宮内の親衛隊は四百人、壁内の残り六百と合流すれば十分な戦力となり、そのまま侵入者を圧殺することも可能だ。


 「飛んで火に入るなんとやらだな。あの扉が開くか、閉じたままか彼奴等の頑張りに大いに私は期待しよう。王冠が我が手中に残るか、それとも彼奴が手にするか、一世一代の大勝負よ。——今はいっとき、王であることを忘れ戦士として下郎の相手をしてやろうではないか」


 視線を扉へ集中し、玉座の間の全員が固唾を飲む。彼らの命がこの一戦で決まるのだ。意識を集中しない者などおらず、それはシャスターですら例外ではなかった。やがて剣戟の音が止んだ。どちらが勝ったのだと全員の意識が扉のドアノブへ集中したその瞬間のことだ。


 桁たましい轟音の雷撃が扉の向こう側で響いた。黒い煙が扉の隙間から漏れ出、大臣達は悲鳴をあげた。その音を皮切りにギィーと耳が痛くなる嫌な音を発して扉が開いた。


 そこに立っていたのは仮面を被った一人の男性だった。右手には黒真珠の杖を、左手には黒い禍々しい剣を握った山羊の頭蓋を模した仮面を被った男。仮面の穴から赤く光る瞳孔を玉座へと向け、舌舐めずりをしている気配さえ感じさせた。


 だが問題は彼が現れたことではない。彼が扉に現れたことは可能性のひとつとしてあり得た。誰かが扉から現れることは確定していた。それがもし敵ならば疑問が残った。


 「一人だけ?」


 ——刹那、ぴしりという音がシースラッケンの背後から響いた。振り向くと同時に彼の背後を彩っていたステンドグラスを突き破り、弩弓を構えたエッダとその配下達が室内に突撃してきた。


 「兄上!ここで終わらせましょうぞ!」


 エッダが空中から放つ一矢はシースラッケンの肩口をえぐる。平時ならば見切ることができた一矢だ。しかし背後から強襲という予想外の攻撃にシースラッケンの反応は遅れ、肩口を伝う激痛に顔を強張らせた。


 「じゃぁこちらも始めようか!サービスするぜ?」


 エッダの一矢を受け、扉の前に立っていた仮面の男、シドが杖を回転させる。青白い稲光が彼の周囲に発生し、シドはそれを容赦無く室内めがけて放った。激しい閃光、想像を絶する火力、かすっただけで命を刈り取る無情の雷撃だ。


 それを唯一真正面から受けて止めることができたのはレストアと呼ばれていたシャスターの護衛だけだった。

次話投稿は10月5日21時を予定しています。

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