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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
53/310

イェスタ炎上②

 シャルヴィレン・アハトアハトは猛々しく吠える。蒼炎を身に纏い、目の前の金棒を持った龍面髑髏(デア・ルーファス)に突貫する。


 振るった金棒をひらりと躱し、シャルヴィレンは鋭い拳打を放った。龍面髑髏は金棒を素早く切り返し、その拳打を受け止めた。拳が金棒に直撃したと同時に爆炎が巻き起こり、周囲へ波及する。広がった蒼炎に煽られて、周りを囲んでいた龍面髑髏の刺客達は有無を言わさずに吹き飛ばされた。


 両者の拳と金棒が交錯する度にイェスタの街並みが崩壊する。それだけ凄まじい連撃の応酬だ。シャルヴィレンの閃打が熱風とともに空をすり抜けた瞬間、その周囲の家屋がひしゃげ、大地はえぐれ、空の雲は吹き飛ばされる。それに唖然としたかと思えば、間断なく金棒を持った龍面髑髏が得物を振るい、複数の家屋をまとめて消しとばした。


 イェスタでもはや無事な場所などありはしない。互いにレベル100を超えた正真正銘の化け物同士が周りの事情などお構いなしにぶつかり合っているのだ。面積にして旧アメリカ合衆国のボストンの2倍、ムンゾ王国最大の港イェスタの整理された街並みはわずか数十分で半壊した。


 両者の激突は誰にも止められない。


 シャルヴィレンが空へ飛び、龍面髑髏全員めがけて炎の雨を降らす。その一撃が直撃した龍面髑髏の刺客は一瞬にして燃え上がり、消し炭となった。金棒を持った龍面髑髏はかろうじて攻撃を防ぎ切り、懐から緑色の液体が入ったガラス瓶を取り出した。それが回復用ポーションなのだろうと判断し、上空からミサイルのようにシャルヴィレンは突っ込んだ。


 刹那、ニヤリと金棒持ちが笑った気がした。彼は仮面をつけているため笑ったかどうかはわからない。しかし肌で感じたわずかな悪寒が彼の行動は誘いだと訴えかけていた。慌ててシャルヴィレンは滞空しようと飛行技術(スカイ・アーツ)を発動させるが、その時にはすでに龍面髑髏の金棒が目の前に迫っていた。


 「《龍咆》!」


 さながら龍の咆哮を彷彿とさせる金棒の一閃。赤色のオーラを纏って無造作に振られた金棒の一撃はシャルヴィレンの頭蓋に直撃し、彼の体を吹き飛ばした。久方ぶりに感じた痛みが頭蓋から尾骨にかけてシャルヴィレンの体全体に伝わる。たまらず激昂する。


 崩れた家屋に落下し、シャルヴィレンは強打された頭蓋に触った。わずかにヒビが入っていた。シャルヴィレンのような自身の骨格を表出している種族は殴打属性に弱い。加えて魔法使いは基本的に防御能力に難がある。戦闘のブランクもおそらくあっただろう。あんな見え見えの誘いに乗ってしまった自身の浅慮を悔いたくなる。


 すぐには起き上がらず、シャルヴィレンは瓦礫の隙間から特異顔で金棒を肩にかつぐ龍面髑髏の大巨漢を観察する。推定レベルは100代。筋力、体力はかなり高いが、速度という意味ではかなり低い。旧来のセオリーで考えるのならばダメージ特化要員といったところだろうか。防御力を防具でカバーしているためその線は濃厚だろうと判断する。


 鑑定スキルを用い、金棒の等級を視るが、やはり幻想級だ。込められた魔力量がそれくらいだ。しかし単純な攻撃力ならば神話級に匹敵する。あの一撃を何度も食らえば今のシャルヴィレンでは早々に体力が尽きる。


 なによりもあの大巨漢の立ち回りが面倒くさい。圧倒的なレベル差をものともせず、最小の動きでこちらとの間合いを詰めたかと思いきや、金棒を雷のような鋭さで放ってくる。体の動かし方が並外れている。肉体を鍛え抜き、レベルに奢らない戦士の戦い方だ。


 面倒だな、とシャルヴィレンは顎を撫でた。かつてはシャルヴィレンも似たような戦い方をした。しかし商会を始めた頃からめぼしい敵と戦うことはなくなった。大抵は人型形態でもどうにかなる雑魚だった。しかし久方ぶりに現れた強敵を前にしてシャルヴィレンはひそかな高揚を覚えた。それは彼の人生の中で久しく忘れていた感覚だ。


 すでに彼の頭の中からは茶店を壊されたことに対する怒りは忘れ去れていた。今の彼にあるのは接戦に対する高揚それだけだ。興奮するに従って黒毛から漏れ出る炎は出力を増し、体の変化は著しくなっていく。


 「——ブチ殺し甲斐があるじゃぁねぇかぁよぉ!」


 家屋から勢いよく飛び出し、シャルヴィレンは待ち構えていた金棒持ちの前に降り立った。


 「おい、そこの金棒持ち。てめぇ名前はなんてゆうんだ?」


 その問いが意外だったのか、わずかに金棒持ちは逡巡した後、金棒を構えたまま答えた。


 「龍面髑髏十二高弟が序列2位、バン・フー!」

 「そうかぁ、バンか。じゃぁこの世界からBANしてやっから楽しみなぁ!」


 滾っていた炎が一気に爆発する。悪魔形態から上古邪霊(ヴァール)形態へとシャルヴィレンの姿が変化していく。


 異様に長い首がさらに長大に、腕や足から翼の骨格にも胸骨の骨格にも似た形の骨が出現し、体中の黒毛はすべて蒼い炎に染められていく。頭蓋は鋭利さを増し、角は黒く染まっていった。地面に付いていた両手を浮き上げ、ゆっくりと立ち上がったシャルヴィレンの体長は裕にバンを超え、その頭蓋が天に届くのでは、と錯覚するほどの影を周囲へと落とした。


 全長にして15メートル。バンの5倍、一般的なエレ・アルカンの8から9倍の大きさの巨人は炎を撒き散らし、長大な首で空をかける。


 「楽しもうぜぇ、バン!この俺、シャルヴィレン・アハトアハト様を精一杯楽しませろよぉなぁ!」


 蒼炎を纏った邪霊が咆哮を放つ。それは無詠唱化された魔法攻撃だ。同心円上に広がる音波の端々から炎が出現し、流星となってバンと彼の部下に襲いかかる。バンは鎧と自身の体力で防ぐが、彼の部下はこの一撃で全員が焼失した。仮面の向こうでバンは目を見張る。それがわずかな隙を生み、シャルヴィレンはその間隙を突いた。放たれた翼刃の一撃はバンの鎧を容易く溶解させ、彼の脇腹を鮮血で染めた。


 「ひひ」


 シャルヴィレンは笑みと共に地面を叩く。彼が地面を叩くと炎が波となって押し寄せ、目の前のすべてを海岸線まで焼き払った。目の前にいた市民以外のすべてをだ。


 「どぉした?後ろが気になるかぁ?」


 かろうじて炎波に耐えたバンは自分の背後の光景に唖然とした。何もない。ぽつりぽつりと立つ人以外のすべてが何もなかった。黒ずんだ荒野には瓦礫すらなく、ただ有人の焼け野原だけが存在していた。


 「げひゃはyひゃhyひゃひゃhyひゃひゃひゃひゃ!!!燃やし分けができねーとか思ってたんだろぉ、おい!それくらいできなきゃ邪霊(ヴァール)は名乗れねぇんだぁよぉ!」


 炎を纏ったシャルヴィレンの強撃がバンに炸裂する。さっきまでとはまるで違う、さながら頭蓋を直接金槌で叩かれたような一撃に脳が揺さぶられる。頭の中が一瞬真っ白になり、眼孔が鼻腔が耳孔が口腔が毛孔という毛孔が一斉に開き、かつてない痛みに心が震えた。


 その一撃だけでバンの手から金棒を捨てるのには十分過ぎた。両手両足が痺れ、彼の手から自然と溢れた金棒を見つめ、シャルヴィレンは頭蓋を彼の目の前まで持っていった。


 「おいおい?もぉ終わりかぁ?まだ楽しもうぜぇ。オレ様の頭蓋にヒビ入れたアレをもっかいやってみろよぉ。オレの最強の一撃で相手してやるぜぇ」


 倒れてもまだ戦え、とシャルヴィレンは迫る。それは余裕からくる煽りなどではなく、純粋な闘争心からくる戦いへの勧誘だ。対してバンは何も言わない。恐怖で口が利けないわけではない。。そんな次元は当に超越していた。何かが彼の中で弾けたのだ。そしてバンは倒れ伏す。


 彼の体はまだ生きていた。しかし心が死んでいた。力の差が圧倒的だった。あのまま戦わなかったから今の結果がある。厄災を前にして龍面髑髏最強の男は自ら解脱した。


✳︎

次話投稿は9月13日21時を予定しています。

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