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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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軍令と副官の会話

 埋伏の軍令(マイラ・ジェルガ)シオンとその配下の兵三千はトランの街に入った。


 トランはグリムファレゴン島を流れる大河レネアが東へ流れるカイネレ川との分岐点にある水上都市だ。北東と北西にそれぞれかけられた連絡橋を通じることでしか市街とは行き来することができず、国境付近にあることも相まってあまり栄えているとは言い難い。


 そもそも秋の初め頃から春の終わり頃まで白雪に埋もれるヤシュニナにおいて河川はあまり重要視はされていない。河川よりも街道をソリで滑った方が速く、何より護衛のしやすさから常套手段として用いられる。ムンゾ王国の首都レクシスのような河川都市は本来ならばグリムファレゴン島では邪道だ。


 連絡橋を渡るとき、川底に打ち込まれた杭めがけて波打つ水潮を見ながらシオンは数年前にアルヴィースに連れられて訪れたレクシスを思い浮かべた。川辺に建設された勇壮なる戦士の国ムンゾ王国を象徴する荘厳な都市だった。今から軍が駐留するトランとは似ても似つかないレベルで煌びやかな都市だった。


 都市を区切る十時の大通り、整理されまとめられた政庁、多種多様な物品を取り扱う商店街が立ち並ぶ。王が思い描くままにあつらえた極彩色の都だった。そう、王のためのアレは都だった。多種にすぎ、多様によりすぎる。


 すべての道はアマンへ、ということわざがこの世界にはあるがまさしくアレはレクシスを介して富を国民に分配するシステムの表れだったのだろう。機能性と優美さ、なにより国民の自尊心を過剰なまでに増長させるきらいがレクシスにはあった。そう、アレは国民を魅せる都市だ。決して国民を想った都市ではなかった。


 アルヴィースはあの街を見たとき、シオンの前ではっきりと「盛りすぎ」と言った。頭空っぽのティーンエイジャーかよ、とも言っていた記憶があるが、ティーンエイジャーとはなんだろうかとシオンは首を傾げた。アルヴィース曰く無理矢理の権化らしい。つまりレクシスは無理矢理作った都、ということだ。目の前のトランとは立地は似ているが、根源がまるで違う。


 トランはヤシュニナが建国される以前からこの地に建てられていた古い街だ。大砦を彷彿とさせる厳しい外観をしており、街のいたる場所に城壁の面影ある。民家こそあるが飾り気はなく、雹風と白氷により表面が削られていた。街は上層、中層、下層に分けられ、上層、中層が市民の居住区となっている。下層は主に労働区としての側面が強い。魚市場だったり、氷を削る作業場だったり、鍛冶場だったりが乱立している。一度見たことがあるが中々にカオスな現場だった。整理整頓の概念を一から十まで叩き込んでやりたくなるくらいには乱雑だった。


 なぜ水上に建設したのかについてはいくつか説がある。モンスターの侵攻を恐れていたという説が今のところは有力だ。なにせ500年も昔のことだ。なんでこんな辺鄙な土地に都市を作ったのか、誰ももう憶えてはいない。今から140年ほど昔、当時は師父(ベクトマーフ)だったアルヴィースが連絡橋を作るまでは市外との連絡は船を使っていたという話だからあながちその説は正しいのかもしれない。


 「軍令(ジェルガ)シオン、街へ到着した後に市長が会談を望まれていますがどうなさいますか?」


 隣からの声にシオンは振り返った。声の主はシオンの副官である大角の(ガルルカ・)将軍(シャーオ)トーカルト・アルコストだ。樹木の枝を思わせる無数に枝分かれした立派な角の鹿人(ディアーマン)だ。3人いる副官の中で最も気配りができる男であり、今回の四小邦国群征討にあたって随行させていた。


 今のどうなさいますか、という言葉も可能なら断る理由を用意していると言外に言っていた。なぜ断る理由を用意するのかと聞かれればトランの現在の市長は界別の才氏(ノウル・アイゼット)シドと非常に懇意しているためだ。表向き別の派閥に属している以上、他派閥の人間と軽々しく会談することはない。シオンがシドと会う際も何重にも結界やマジックアイテムで警戒してようやくだ。


 トーカルト・アルコストはシオンの副官だがシドとの交流は知らない。過去にシオンがシドの邸宅にいたという情報は公にはされていない。氏令ならば知っていてもおかしくはないが、口外する人間はいない。軍事と行政・立法のツートップが懇意にしているなど他派閥からすればゲロでも吐きたくなる状況に過ぎる。


 「——一応は街に泊めてもらうのだ。挨拶くらいはするべきだろう。まぁ何か要求くらいはするかもしれんがな」

 「わかりました。では街に着き次第そのように伝えます。ああ、それと」


 少し言い淀み、トーカルト・アルコストはシオンにしか聞こえないくらい小さな声でささやいた。


 「先日、賽の才氏(サイロ・アイゼット)リオールを見張っていたムンゾ王国の間者より報告があがりました。どうやら軍令を失脚させる腹づもりだそうです」


 その言葉にシオンは目を丸くした。まさかそんな安易な言葉がリオールの口から出てくるなど思ってもみなかった。シドが認める程度にはリオールは知見に富み、才気に溢れた今後のヤシュニナの行政・立法を担うべき人材だったはずだ。死んでもいいとは思っていたが、まさかここまでアホをやらかすとは思ってもみなかった。そして笑いが込み上げてきた。


 自然と溢れた笑い声はことの他大きかったらしく、シオンの後ろを歩いていた歩兵達からざわめきの声が上がった。部下のざわめきを聞き、シオンは恥ずかしく思ったのか軽く咳払いをし、再びトーカルト・アルコストへ向かい直った。


 「才氏(アイゼット)リオールがその腹づもりなら私も気兼ねなくやれるな。戦いではなく陸殺に変えることになんら躊躇がなくなった。トーカルト・アルコスト、ムンゾになんらかの動きがあればすぐに動くぞ。ミュネルへ進軍するか私を殺しに来るかは皆目見当はつかんが、きっと動く。てこでも動かせる。なんとしてでも動かせるさ」


 ——それこそがヤシュニナの、引いてはグリムファレゴン島の安寧に繋がるのならば、シオンはどんな非道も行う覚悟を持っている。ムンゾ王国の赤獅子の王(ヒルドラ・エヌム)シースラッケンはいらない。彼の治世はもういらない。秩序を乱すのならば死んでしまえばいい。


 その後に起こる悲劇はすべて、「尊い犠牲」だ。


✳︎

次話投稿は9月3日21時を予定しています。


作中用語の捕捉解説


✳︎アゼシア。160年前までシドのレギオン「七咎雑技団」が拠点としていた国家。現在も存在している。四旗同盟というメルコール大陸西海岸を守護する四つの国家の一翼を担っている。モデルはフランス+ベネルクス諸国。

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