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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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事故Ⅰ

 その日、つまり5月28日のことだ。シドとディコマンダーを乗せた外航船はヤシュニナまであと数時間という距離にいた。地面が揺れる生活もあと少しで終わりだ、と甲板で体を伸ばすシドだったが、そんな彼を複数の視線が射抜いた。それは敵の視線ではない。味方の視線だ。ただし侮蔑と憎悪が入り混じった。


 気まずそうにシドが周囲へ威嚇するような目線を向けると、見たくはないものがいくつか彼の目に飛び込んできた。それは一度折れて応急処置されたメインマストだったり、めちゃくちゃに絡まったロープだったり、亀裂が入った甲板など、とにかく船のあちこちに見られるひどい損傷だった。


 時折左右に激しく揺れ、その度に船が出してはいけないような音がギーコギーコと幾度となく鳴った。音が鳴るたびに船員達はシドを睨み、申し訳なさそうに彼が船室に引っ込むまで睨み続けていた。


 船室に引っ込むとディコマンダーが笑いを堪えるような動作をしながらシドを待っていた。当事者の一人だというのに気楽だなぁと思いながらシドはテーブルの上に置かれていたワインボトルへ手を伸ばした。


 「そもそもなんだってあんな馬鹿でかいタコ釣り上げたんだよ」

 「最初は海底のどっかに糸が引っかかったんだと思ったんだよ。で引き戻そうとしたらあのタコが釣れた」


 4日前、シドは巨大なタコを釣り上げた。恐らくは「古き時代」、つまり上古の時代よりもさらに大昔のまだ創造神すら生まれていない時世から生き続ける生物なのだろうが、シドの魔法とディコマンダーの熱放射により、めでたく焼きタコになってしまった。


 問題は釣り上げた直後で、タコが突如として振ってきたおかげでメインマストは根本からぽっきりと折れ、船底には亀裂が、甲板には窪みが生じ、ついでに舵輪が故障した。結果としてヤシュニナの外交船は半ば中破した形となり、つい2日前まで全く航行することができなかった。幸いと言うべきか、雪国であり氷海を渡ることを前提に作られたヤシュニナの船は同サイズの船に比べて補修用の資材の積載量は倍近くあった。なんとか船を修理し、食料を切り詰める形で航行し、今にいたる。


 とどのつまり、船員達がシドへ向けた侮蔑と憎悪の目は当たり前すぎた。お前が変なもん釣らなかったら今頃ベッドの上でしっぽりやれてたんだぞ、という非難の眼差しにさらされ続け、いい加減にシドも辟易としていた。


 「俺としては釣り上げた水底の監視者(タコ)の方が気になるけどね」


 「SoleiU Project」の設定としてタコ、イカ、クラゲなどは総じて「水底の監視者」と呼ばれている。それはこの世界では軟体動物やクラゲが深海に住んでいて、なおかつ創造神であるエアが生まれるより遥か前、原初の大地に住んでいたから、というざっくりとしたものだ。


 すべてを作りたもうたエアから生まれていない存在、それゆえに恐れられ地域によっては邪神として崇められてもいる。船員達が恐る理由もそういった地域信仰からだろう。なにせタコやイカのようなうろんげな目で見られては敵意を向けたものかと困惑するし、その目のままに隣人を捕食されでもしたら恐怖だってわく。遊び感覚で殺戮されることほど怖いものはない、ということだ。


 「普通は釣り糸なんて届かない、それこそ人魚とか魚人とか水の精霊種くらいしか届かないレベルの海底というか、星の核にいるもののはずなんだけどねぇ。なんで上昇してきてるのかな」


 「なんでだろうな。水底の監視者共はゲームの世界観を膨らませるためのスパイス程度としか160年前までは考えてなかったからな。ここ100年以上はヤシュニナの運営で忙しかったし、考察するほど暇でもなかった」


 そう、本来であれば水底の監視者は海底にいるものだ。それもただ海底にいるのではない。海底をたゆたう龍種や竜、あるいは原生の魚類と日夜激しく熾烈な生存競争を繰り広げているのだ。時折千切れた触手が砂浜に打ち上げられることはあっても、生体のまま海面に浮上することはほとんどない。


 海底でなんらかの異変が起き、生存競争から逃げてきた、と考えるのが妥当だ。ではその異変とはと聞かれればシドは黙るしかなくなる。


 元より暇で暇でしょうがなかったから持ち出した話題に過ぎない。考察を発展させる気概も、理論立てるための思慮もシドにはなかった。やめだ、やめだ、とシドはあくびをかきながら手を振った。そして仮面を取り、アルコールへ逃げようとシドはボトルを口へ添えた。


 ——その時、船体が激しく左右に揺れた。


 座っていたシドとディコマンダーは勢いよく立ち上がり、視線を周囲へ回した。揺れは収まることを知らず、むしろ激化の一途をたどっているように思えた。何か起きた、と結論を下すまでに1秒とかからなかった。二人はすぐさま持ち込んでいた武装を身にまとった。


 シドは常に携帯している黒真珠の杖、魔法攻撃への高い耐性を持つ黒いローブ、そしてイスタリ御用達の剣を二振り、装備する。ディコマンダーは元々機械生命体であるため特別な装備はない。かつてのなごりから巨大な戦斧(ハルバード)を一対、左右の手に保持しているが、いざ戦闘となれば身体中に埋め込まれた武器類をアメリカの某機械ヒーローさながらに使った方がダメージは与えられる。


 武装を整え、シドがドアノブをひねると一人の年配風の男が飛び込んできた。敵かとシドは杖を持ち上げかけるが、その男が顔を上げ、この船の船長であることがわかると慌てて引っ込めた。見れば肩口に傷があり、血がじわりと彼の白いコートを赤く染めていた。


 「何があった!」


 だが今は心配の声をかけている状況ではなかった。明らかな敵襲、明らかな強襲を前にして、船長一人の命など塵芥に等しく、彼のもたらず情報こそが優先された。


 「かいぞ……ああいいや、よくわからん仮面の集団が襲撃を!」

 「仮面?っつ、ちょっとこっち!」

 「え、うわぁ!」


 船長の背後から迫った凶刃をシドは杖でガードする。硬質な黒真珠の杖に真正面から当たり、振り下ろされた刃は砕け散った。刃が砕かれたことに驚いている襲撃者をシドは突き殺す。魔法使いとはいえレベル150の肉体性能からくり出される突きは生半可なレベルで耐えられるものではなかった。ぐえぇ、とカエルが潰されたような悲鳴を上げ、襲撃者は海の中へと落ちていった。ボシャンと襲撃者が落ちる音を確認するとシドは扉を閉め、内側から鍵をかけた。


 「アルグ船長、操舵室はどうなっている?」

 「真っ先に狙われました。どこからともなく現れ、操舵士は……殺されました」

 「見張り番は接近する船に気づかなかったのか?」


 「……見張り番はいません」

 「おいおい、そりゃどういうことだ?仮にもヤシュニナの氏令が乗ってんだぞ?」


 眉間に皺をよせ——そんな機能はないが——ディコマンダーはアルグと呼ばれた船長に詰め寄った。肩口を押せつつ、船長は言いにくそうに視線をシドとディコマンダーの間で往復させる。その動作でなんとなく二人はアルグが言わんとしていることを察した。


 「とはいえ甲板には何人も船員が出てただろ。気づかないなんてあるか?」


 仮に船尾から接近していたとしても、船尾にある船長室から確認することはできる。まさか見落とすほどボンクラな船乗りを外交船の船長として雇用するほどヤシュニナの行政管理は甘くはないはずだ。


 「……それが……わかりません。本当にわかりません。いつの間にか現れていたのです!」


 アルグの様子から嘘は言っていないことはわかる。だがそれだけだ。肝心の侵入方法がわからなければ次にいかせない。そういえば前もこんなことがあったな、とシドは2月のことを振り返った。それは同じくヤシュニナ近海で起きた事件だ。商船に偽装した亡命船が爆発し、多数の死傷者が出た惨劇だ。


 ついさっきシドが突き殺した男は龍の仮面をかぶっていた。ただの龍の仮面ではなく、龍の髑髏の仮面だ。見間違えようがない。


 「龍面髑髏(デア・ルーファス)。一体どんな手品使ったんだ?」

 「さっきの仮面野郎か?」

 「アルグ船長、船のダメージは」


 「——深刻であると言わざるを得ません。……早く逃げないと」


 そうだな、とつぶやきシドはアルグの肩口に回復薬をふりかけた。みるみる内に傷口は塞がり、アルグの冷たかった肌の色が温かみを取り戻していった。


 「だけどその前に龍面髑髏の連中を潰そう。舐めたことしてくれちゃってまぁ。そろそろお灸をすえとかねぇとなぁ」


✳︎

次話投稿は8月15日21時を予定しています。

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