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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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軍令の会話Ⅰ

 ヤシュニナの大港アル=ヴァレアは首都ロデッカから運ばれる東方航路の物品を経由する場所として栄えている。有数の巨大な港湾施設と船舶修理用のドックを兼ね備え、常に喧騒と木槌の音が絶えない賑やかな街だ。この街を経由して、ヤシュニナの国内にさまざまな物品が流される。


 街の海側の入り口にあたる湾部には白い双子灯台が建てられ、常に耐えることがない「不鎮の(エレンディルの)()」に守られ、例え巨大な海洋モンスターであっても湾内に入ることは決してありえない。首都ロデッカすら時折海洋モンスターが出没する中、双子灯台に守られたこの街はまさに商人達にとっては安全な市場であると言えた。


 安全な市場はより多くの富を招き寄せ、首都ロデッカを超えるほどの利益をアル=ヴァレアは稼ぐとすら言われている。この街なくしてヤシュニナの隆盛はありえず、東方航路の開拓はなし得ない。世界の富の九割が行き交う都市の名は伊達ではない。


 そんな年柄年中お祭り騒ぎ、隆盛の極みを絶えず迎えるアル=ヴァレアはその日、物々しい雰囲気を漂わせていた。常ならば街の治安を維持するためだけの兵士達、酒場の喧嘩を仲裁し、なんなら一緒に喧嘩に混ざるくらいは平気でする陽気な兵士達が張り詰めた表情をして、港湾区の最も奥にあるドックに集められていた。街に駐在している兵士はわずか1000足らずとはいえ、ヤシュニナの練兵によって鍛えられた彼らが列を成して一同に集まれば放つ雰囲気は威風堂々と言える。


 寸分の狂いなく横隊を組まされ鋭く光る槍を構え、背筋を伸ばす兵士達全員の表情には緊迫の色が浮かんだ。それは彼らの視線の先に写る黒い船に起因する。


 港に錨を下ろし、帆を畳んでいく黒い船。それはヤシュニナ内では一般的な衝角が氷砕用に改装され、船の全面部を液状化させた鋼でコーティングした戦闘艦だ。全長は50メートルかそこらで、この世界の基準では中型の部類に入る。しかし快速性と頑丈さから大型のガレオン船とも真っ向から渡り合える戦闘力を持っていることはヤシュニナ兵であれば一般兵卒でも知っている。


 メインマストに翻るヤシュニナ国旗が目の前の船が国家保有のものだということをアピールすると同時にこの船には要人が乗っている、ということを居並ぶ兵士達に伝えていた。それもただの要人ではない。国家を左右する規模の要人が乗っているのだ。それを表す証拠にヤシュニナ国旗の真下に軍令旗(ジェルガ・マクラ)と呼ばれる「竜の腹を裂く剣」の旗が翻っていた。


 やがて降りてきた要人を目の当たりにして兵士達は息を大きく吸って気を引き締めた。


 まず先行して降りてきたのは埋伏の(マイラ・)軍令(ジェルガ)シオンだ。全体的に濃紺色が目立つ服装と軽鎧が目立つ美丈夫だ。容姿はヤシュニナ人よりもむしろ帝国人によく似ているが、容姿の差異などヤシュニナ国内ではよくあることだ。


 腰には業物と思しき直剣を携え、戦士を思わせる足運びで敬礼する兵士達の前を通っていった。その彼の後ろを二人の軍令(ジェルガ)が追従した。


 一人は剣の軍令(エスプ・ジェルガ)ギーヴ。もう一人は鉄腕の(アル・カイナ・)軍令(ジェルガ)アルガだ。ギーヴはエレ・アルカンであり、長髪とその美麗な容姿から一見すると女性に見える。男にしては瞳が大きいのもあるだろう。だが引き締まった筋肉と女性にしては荒れている指先や手のひら、そして広い肩幅から彼を男と気づく人間は多い。


 そのあだ名が示す通り、大小の剣を背中に、腰に、足に、あるいは手に持っているケースの中に携え、鋭い眼光をたぎらせる。何かを警戒するように殺気を振り撒き、彼が目の前を通る時、出迎えの兵士達は内心で震え上がっていた。ギーヴ自身も彼らの恐怖の気配を感じ取ってはいたのか、わずかに横目で兵士達を見たが、無視してシオンの後を追った。


 対照的にアルガは陽気な雰囲気を漂わせていた。アルガの種族は狐人(フォックスマン)という獣人種(ウォービースト)の亜種だ。その名が示す通り、狐が二足歩行になり、人のような胸板、腹筋、肩幅、二の腕、指の構造を手に入れた、と言えばわかりやすいかもしれない。雪国であるヤシュニナでは保護色のためか白い毛並みの狐人が多く、厳密には彼の種族は(ホワイト・)狐人(フォックスマン)ということになる。


 愛くるしい表情、蒸しているキセル、軍令という軍事を預かる役職からは程遠いどこか遊び人を思わせる身なりから心が和んだ兵士もいたかもしれない。だが他の狐人とは決定的に違う点があり、一瞬でも和んだ兵士達はすぐにこの人も軍令なんだなぁ、と思い知った。


 それは彼の両腕だ。彼の両腕は他の狐人と違い、鉄製の義手なのだ。キモノという極東の島国から伝わり、とあるヤシュニナ商人が広めたひらひらとした衣装から覗かせた彼の両手はギラギラと銀色に煌めく鉄の義手が付けられているのを見て、息を呑む兵士達は少なくはなかった。


 義手は魔法が存在するこの世界であっても珍しいものではない。そもそも魔法使い自体プレイヤーを除けばこの世界では一般的な存在ではない。大陸の反対側にあるアイヴィス王国や東方大陸にあるフェゼロン王国、津海(シンウ)皇国を除いて魔法を使う存在は人間社会では排斥対象であるし、戦火が絶えないこの世界において一個人の才能に左右される魔法を保護するよりも、軍団技巧(レギオンアーツ)や大城壁を構えた方が効率的だ。


 そのため回復ポーションを作る薬師などを除いて魔法が使える人間はいない。亜人でもこれは同じだ。現に先の十軍の中にも魔法を使う族長は一人としていなかった。戦場で手足を失えばアルガのように義手を付けて生活する方が一般的だ。義肢であるから動くことはない。いくらファンタジー色が強い世界でも木製の義肢が動くなら生活の不便を訴える人間はそうそういない。


 つまり兵士達がなぜ息を呑んだのか、と言えばそれはアルガの両手が器用に動いていたからだ。アル=ヴァレアの中でも動く義肢など見た試しはない。世界の広さをまざまざと見せられ、兵士達はアルガを目で追った。


 「——なんだか奇異の目で見られてないん?」


 そんな彼らの目線を察知したアルガが隣を歩くギーヴに話しかけた。ギーヴは振り向かず返答した。


 「君の腕が珍しいんだろ?動く義肢なんて兵士達からすれば喉から手が出るほど欲しいからね」


 「もぉ。不便だって多いのよ?」

 「知らないよ。知らない人間から見れば便利なんだろ。なんだったか。ほら、前に天秤の刃令(ヴァルナ・キェーガ)ノタが言ってただろ。『隣の芝生は青い』って奴だよ」


 「無知って怖いわ。これ、外すときって痛いのよ?」


 アルガは口を尖らせ、不満そうに自分の右手を見た。今からおおよそ十八年前、東方大陸へ向かう船団の護衛任務に努めていたとき、突如現れた「水底の監視者」に両腕を切り飛ばされ、彼は義手を付けることを余儀なくされた。頑丈ではあるが日常生活を送るにはいささか大仰すぎるし、振り回す時や殴る時にどこか違和感を覚えるため扱いが難しい。


 この腕を引っ付けたのが界別の才氏(ノウル・アイゼット)シドの友人であるのもはなもちならない。絶対に実験かなんかだろうとこの十八年間ずっと思っていて、仮面の下の透かした笑みを思い浮かべると無性に腹が立ってきた。


 「軍令シオン。私はこの怒りをどこにぶつければいいのかしら?」

 「——知らん。私達が今この場にいる意味を考え、実行しろ。そうすれば自ずと答えが見えてくるぞ」


 「何かしらん?バカンス?」

 「馬鹿、馬鹿、馬鹿!なんでお前はいっつもそうなんだ!やっぱり先にイルカイを出したのが間違いだったか?」


 「そうですね、先にアルガを出すべきでしたね。私もこいつのボケにいちいちツッコミを入れることほど時間の無駄はないと愚考します。軍令シオンはご立派です」


 うるせー、とシオンは肩を落とした。厳粛な雰囲気はどこか遠い海へと流れ、じっとりとした目でシオンはアルガを睨んだ。一応アルガはシオンの派閥に属してはいるが、厳密には自由人だ。どの派閥にも属していない、と言った方が正しい。軍令としての実力は確かだが、自由奔放すぎる嫌いがある。仕事だけはちゃんと行うため、長年免職の危機に晒され続けている寝坊助の刃令(ダナラー・キェーガ)なのはなさん、会議中しょっちゅう寝ている悠血の議氏(ブラッド・エルゼット)セナと並んで氏令会議の三大問題児としての地位を確固なものにしている。


 やっぱ別の奴にしとけばよかったと後悔したところで後の祭りだ。仕事さえ与えればちゃんとやってくれる分前者二人よりかは数段マシと言える。


 「やはり軍令ヴィーカあたりを連れてくるべきだったか」

 「あの人っていうか蜘蛛っていうか、は今遠洋航海中ですのでヤシュニナにはいません。なんなら故軍令(ノウル・ジェルガ)ジグメンテの穴を埋める新しい軍令も選出されていませんので、ガタガタです」


 的確なギーヴのツッコミにシオンは大きなため息をついた。ないものねだりをしても仕方がないことはわかっている。だがこうも頼りになる人材がみんな遠方にいる、という事実は想像以上にシオンの精神をすり減らした。せめてもの救いは国外に邪魔者(リオール)を追いやることができたことくらいだろうか。腹がキリキリと痛みだし、シオンはいつもだったら決して浮かべない渋面を浮かべた。


 「薬局でも探しましょうか?」

 「あらいいわね、ギーヴ。ついでに美容にきく薬も買ってきて欲しいわ」

 「自分で買え」


✳︎

次話投稿は8月17日21時を予定しています。

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