会議は踊る
「——断固派兵するべきです。明らかに今回のムンゾ王国の行動は我が国への反逆行為でしょう」
議事堂内に埋伏の軍令シオンの透き通った声が響き渡った。議場の無数の目が彼のヘーゼルグレーの艶のある長髪に、紫苑の瞳に、引き締まった体躯に注がれた。外見は若く20代か30代のどちらかに見える。しかし実年齢は40歳を超え、あの界別の才氏シドが連れてきた逸材だ。この世界の人間種であるエレ・アルカンとそっくりながら大陸中央でかつて繁栄していたエア・アストラの青年はさながら劇場でショーを演じるかのように発言を続けた。
「100年前の歴史を思い返せば宗主国である我が国に彼の国々が追従するは道理。にも関わらず徒党を組み、あまつさえその内情を我らに知らせぬはこれ邪念ありと断ずるに十分でありましょう」
四小邦国群の代表が一同に会したという話は第一報が知らされただけで氏令会議を二分した。すなわちヤシュニナへの叛意ありとして断罪すべきという派閥と使者を送って事情を聞くべきという派閥だ。強権派と穏健派に分かれた議会は紛糾し、激しく対立した。
強権派の急先鋒であり代表とも呼ぶべきシオンは声を高らかに懲罰を主張する。それは宗主国を自称する国としては当然の権利だ。だがそれは人道に悖ると穏健派は叫んだ。国の外交はそれぞれの自由で、何人も介入するべきではないとし、事態の静観を主張した。
「甘い。それはあまりに甘すぎます。100年間ありえなかった事態が起きている中、状況を生還するなど座して滅びの日を待つようなものではありませんか」
「軍令シオン。彼の国々は歴とした独立国家なのですよ?我が国は100年前にそれを認めた。我らの意向に従わぬから叛意あり、断罪せよ、とはいささか風聞がよろしくないのでは?」
「才氏リオール。これは国家の緊急事態であることをどうしてご理解なさらない。今の四小邦国群はいわば家の軒先に忽然と現れた得体の知れぬ獣です。例え敵意がなかろうが、処理するに限るのでは?」
賽の才氏リオールはなおも反論するが、双方の意見は平行線を辿った。元々犬猿の仲だった二人だが、ことさらこの日の氏令会議では激しく争った。いつもならば二人の意見が対立すると界別の才氏シドか王炎の軍令リドルのどちらかがいれば諌めようと立ち上がるところだったが、あいにくと今は二人ともヤシュニナを留守にしていた。それどころか悠血の議氏セナ、橋歩きの議氏アルヴィースなど氏令会議の中心人物達は軒並みヤシュニナにはいなかった。
リドルは羽飾りの軍令シュトレゼマンと弓絞りの刃令アドウェナを伴って現在カイルノートに竜狩りに向かっており、セナ、アルヴィースはメトギス王都アブ・シンベルに先日のダイアーナ港の一件で今は船の上だ。
唯一才氏の中で状況をまとめられる可能性を持った氷艝の才氏レグリエナは静観を決め込み、口を挟もうとはしなかった。そんな彼を王鷹の議氏ファムは物憂げな目で見つめるが、ぷいっと顔をそらしてしまった。
結局折衷案としてムンゾ王国に接している州への人員の増員、そして四小邦国群すべてを巡行する使節の派遣が決定された。誰が行くかという話になり、真っ先にリオールが手を挙げ、追随して彼の派閥に属する氏令が次々と手をあげた。すべからく茶番だな、という空気がシオンの派閥の間に流れた。
「我が家は古くより四邦国と縁があります。必ずや吉報をお持ち帰りいたしますよ」
自信満々に語るリオールにシオンの冷めた瞳が刺さった。水師の界令ディスコが氏令会議の終了を下すガベルを叩き、ぞろぞろとリオールを先頭に彼の派閥の氏令が議事堂から出ていく。シオンがその背中を見ていると、彼の派閥に属している剣の軍令ギーヴが隣に立った。
「全く、界令も人が悪い。あの者達ならば死んでも惜しくはない、ということでしょうか?」
ギーヴの言葉にシオンはそうだろうな、と瞑目したまま答えた。ここで下手に取り繕っても意味はない。朝方にも本島へ出立するリオール達はいわば生贄だ。相手の真意を確かめるため、国家の根幹を成す氏令を10人近くも差し出すというのだから恐ろしい。
もし四小邦国群に叛意がなければ彼らは無事に帰される。隠し立てをすることなどなければ国外へ出しても構わない。だが本当に叛逆の意志があれば彼らは良くて人質、最悪見せしめとして斬首されるだろう。
界令ディスコの発表した人事にはその意図が見え隠れしていた。各氏令の護衛として選出された将軍や大府のレベルを考えればそれは明らかで、レベル100を超えている人間はおらず、平均レベルは60かそこらだった。近年増強されたらしいムンゾ王国の騎兵を前にしては塵芥に等しかった。
「ギーヴ、アルガと共に第11州の増強組に入れ。それからイルカイを第10州へ派遣しろ。イェスタを見張らせろ」
「軍令アルガを?お言葉ですが私一人でも事足りると思いますが?」
「念には念だ。第11州はムンゾの人口密集地と接している。いかにお前とて数の暴力は脅威だ」
「かしこまりました。それで軍令シオンは?」
「私は第9州に入る。首都に私がいる意味はないからな」
そう言ってシオンは議場に振り返り、まだ退席していない四人の氏令に目を向けた。彼らがいる時点で首都が例え帝国軍に攻撃されようと落ちることはない。そこには数の暴力を覆す圧倒的な個の暴力があるからだ。
「とにかくだ。才氏シドも軍令リドルも出払っている今、我々の双肩にヤシュニナの未来はかかっている。励むことだ」
「は。すぐに兵の準備をいたします」
ギーヴが議場から姿を消し、閑散とした室内で一人シオンはこの先の展望を思い描いた。リオールとその派閥が死ぬことはいい。彼らの死を口実に四小邦国群を思い通りに改造する大義名分を得ることができる。問題はそのゴタゴタに介入してくる勢力だ。派閥の人間に預けている帝国の客人のことを思い浮かべ、シオンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「この国を滅ぼさせるものか。私の第二の故郷を」
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・竜狩りについて。多分この章のどこかで説明が入ります。
次話投稿は8月5日21時を予定しています。




