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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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ムンゾ王国Ⅱ

 「兄上、どうか今一度お考え直しください!」


 ムンゾ王国の王宮に怒声が轟いた。作業をしていた者は兵士であれ、使用人であれ手を止め、怒号が飛んだ部屋へ視線を向けた。だがその声のあまりに怒号とは程遠い穏やかさに彼らはすぐに興味をなくし元の仕事へと戻っていった。だが一人、怒号を向けられたムンゾ王国第5代(フンフト・)(エヌム)にして赤獅子の(ヒルドラ・)(エヌム)シースラッケンだけはわずかに表情を曇らせつつも耳を傾けた。


 シースラッケンの前に立つは青を基調とした衣装を身に纏った若い青年だ。同じ母親の腹から生まれたとは思えないほど覇気は感じず、瞳も穏やかすぎるほどだ。苛烈な性格の自分を中和するかのように生まれてきたこの弟が一体何を言い出すのか、とても興味があった。


 「先日、彼の国の商人がもたらした兄上にとっての吉報を僭越ながら私も読ませていただきました。確かに魅力的すぎる話です。これまではヤシュニナ任せだった商業を四邦国の采配で行うとなればかつてない経済効果がありましょう。しかしあの国がこうも親身になるものでしょうか?何らかの意図があってのこととしか考えられません」


 「エッダ。失望したぞ。何かの意図があるとしか考えられない?その証拠はあるのか。ないのだろう。指定された港を開き、定められた規約を守れば我が国はあの大国と交易を行うことができる。市場価値は計り知れず、我が国の国庫が潤うどころか、民草の生活水準も上がることだろう。いいことづくめではないか?」


 エッダはシースラッケンの言葉に難色を示した。いい話には裏がある、と警戒する感覚は正しい。シースラッケン自身も何度も読み返した。全17箇条からなる条文はすべて綿密な協議の末、両者が納得する形で提示され、その内容はシースラッケンが満足するものだった。


 関税や領事裁判権なども問題はない。貿易も指定の港にとどめてあり、シースラッケンは今後貿易港を増やすつもりもなかった。唯一の気がかりと言えば金貨や銀貨の両替所は各港内の共同出資の共合商業組合事務所に限る点だが、それとていくらでも国内でならば操作はできる。


 「兄上は急いておられる。交易とは対等な関係でなければ決して行われない。ヤシュニナの庇護から離れ、四邦国の軍事力だけで帝国と対等に付き合えるわけないではありませんか!」


 「それについては安心しろ。我が国には東海岸国家最強の軽騎兵である『親衛(シュルツシュタッカ)(・アタナトイ)』がいるではないか。それだけではないぞ?精強な歩兵もいる。例え帝国が理不尽な要求をしてこようと四邦国の兵総数10万を豆乳すればよい話ではないか」


 「帝国の総兵数は80万とも90万とも言われているのですよ。それに優れた指揮官、戦士も多く軍内にいます。命令系統がしっかりとしたこの上なく精強な軍隊です。いかにムンゾと言えど平地で戦わば敗北は必至でありましょう」


 「——まったく。お前は一体何を恐れているのだ?まさか帝国が我らに戦争を仕掛けてくる、と?ならばなんのための通商条約だ。これからわざわざ攻め落とす場所をどうして豊かにしようと画策する?見ろ、お前の考えは根本からして破綻している。妄想と現実の区別が付かなくなっているのではないか?」


 エッダはなおも何か言おうと条約について拘泥するが、いい言葉が思い浮かばなかったのか言葉に詰まってしまった。そんなエッダの髪をシースラッケンは優しく撫でた。


 「エッダよ。そう気にすることはない。お前がムンゾの未来を気にかけてくれていることはわかっている。だが時にお前の妄想がすべてではないということだ。思いつきで行動するな、ちゃんと熟考しろ」


 そうでなくてはシースラッケンが困る。シースラッケンは自分の弱点を理解している。すぐに頭に血が上り、周りが見えなくなったことは一度や二度ではない。だがその度に傍に控えていたエッダが彼を諌め、ムンゾはかつてない栄華を手にした。ヤシュニナの庇護下にあった弱小国家ではなくなった。


 だというのに、とシースラッケンはうつむくエッダを憎々しげな目で睨んだ。まだこの国が弱いと語るエッダの言葉は今のムンゾ王国の否定にもつながる。これが市井の言葉ならば問答無用で切り捨てるところだが、目の前の恥肉を分けた弟の言葉だからこそシースラッケンは我慢できた。


 しかしそれでも怒りは収まり切らない。エッダが退室した後、座っていた椅子を乱暴に蹴り付け、シースラッケンは剣で部屋中の装飾品やカーテンを切り始めた。一般の人間では一生かけても手に入れられない貴重なものばかりだが、シースラッケンにとってはどうでもいいものだった。かけがえのない兄弟の絆を害され、憤慨する彼が落ち着きを取り戻すまで、部屋の中で音は鳴り続けた。


✳︎


 シースラッケンの部屋を出た秤の(ポータスカ・)王弟(エヌムトイ)エッダはその足で彼に味方する大臣達が集まっている小部屋を訪れた。意気消沈した様子の彼を見て居並ぶ大臣達は事情を知ったようで、ああ、と意気のない声をあげた。


 「兄の説得には失敗しました。もはや我らに残された道は一つしかありません」


 「ですが王弟(エヌムトイ)!我らに賛同する兵はわずか3000。(エヌム)シースラッケンとは10倍の差があるのですぞ」


 「はい。ですのでその兵力はできる限り温存します。来るべき日に備え、安全な場所に隠しておくべきでしょう」


 「安全な場所、ですか?いったいどこに?ムンゾ王国は王シースラッケンの庭ですぞ」


 エッダの案に苦言を呈する老大臣に彼はにこやかにその場所を答えた。一瞬、彼の表情が曇ったが、すぐに得心がいったのか彼はなるほどと口にした。


 「では日取りは?早い方がよろしいでしょう」


 「3日後といたしましょう。兄が私を殺そうとする可能性は低いでしょうが、帝国の人間はそうではないでしょう。私が条約の締結に反対したと知ればすぐにでも刺客を差し向けるでしょうから」


 「かしこまりました。先方にはすぐに竜馬を走らせましょう」


 改めて室内の大臣達を見回し、エッダは嘆息した。すべからく長い間ムンゾ王国に仕えてきた人間達だ。彼らだってヤシュニナからの独立は悲願であるはず。しかし敢えて私心を押し殺し魅力的な提案を突っぱねて、今はムンゾ王国の安寧のために勤めてくれている。感謝の言葉以外の何が言えるだろうか。


 兄であるシースラッケンの擁立以降、ムンゾ王国は豊かになる一方で、多くの亜人種や異形種を迫害する国になってしまった。それを諌めた人間はシースラッケンに処断された。集まった大臣達の中にはその処断の嵐の中で親類を殺されたものもいる。それでも王国を見限らず、今日まで尽くしてくれた。おそらく自分が王国に戻る頃にはここに集まったものは余さずシースラッケンによって処断されているだろう。


 「ありがとうございました。今日まで、ムンゾ王国(我が国)に忠を尽くしてくれて」


 そして3日後、エッダが兵3000を引き連れてミュネル王国へ亡命したことを聞き、シースラッケンは彼と関わりを持っていた大臣や書記官、武官も含めことごとくを粛清した。


✳︎

次話投稿は8月7日21時を予定しています。

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