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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
13/310

十軍襲来

 ヤシュニナ氏令国はグリムファレゴン島東海岸と二つの分島によって構成される島国だ。国土は12の州によって区分けされており、首都であるロデッカは第2州に属している。ムンゾ王国と接する西側の州は第10、11、12州が担当しており、特に第12州は王国にまで根を広げる大森林が面積の四割を占め、度々王国内から難民が不法入国してくる事がある。


 難民とは名ばかりの不法滞在者達はその地で独自のコミュニティを形成し、現在のヤシュニナではそれが少なからず問題となっている。難民申請、国籍申請を受け付ける移民院の処理能力はすでにパンクし、特に12州では不法滞在者が州人口よりも多いという悪夢と化していた。


 法律により不法移民には罰則が設けられているし、仕事を与えてはいけないことにはなっている。だが安い、替えが効くという理由から違法に彼らを雇うケースは後を絶たない。それで自国民の職安事情が揺れているのだから悪夢と言わざるを得ない。


 「まったく、これだから早めに移民への引き締めを行っておくべきだったと言うのに」


 不満げに鼻を鳴らす第12州の州長、旗の(マクラ・)軍令(ジェルガ)ジグメンテは乱暴に手にしていた羽ペンをインク入れに放り投げた。途端に机の上に乗っていた紙束が風圧で宙を舞った。岩妖精(スプリガン)であり武人でもあるジグメンテが力任せに腕を振るえばこうなるのは自明だ。


 忌々しげに床に落ちた紙を拾おうと席を立った直後、彼の部屋の扉がノックされた。手早く書類を拾い上げ、彼は低い声で「入れ」と言う。失意礼します、という声と共に入ってきたのは彼の副官である熊の獣人だった。のっそりとした足運びで彼はジグメンテの前に立つと、敬礼をし、そして手元の書類を手渡した。


 「これは?」

 「界別の(ノウル・)才氏(アイゼット)シドより先日の氏令会議の議題に対する意見書であります」

 「ああ、ようやくか。しかし俺の担当者はあの男か。才氏(アイゼット)リオールあたりなら御しやすいのだが」


 氏令会議内の役職は五つある。それが才氏、議氏(エルゼット)軍令(ジェルガ)刃令(キェーガ)、そして界令(レンガ)だ。その中で才氏はヤシュニナの知恵を担当している。専門的な知識はもちろん古今東西の様々な知識へ精通し、それを運用することが求められる極めて多忙な役職だ。


 そんな才氏の業務の一つとして氏令会議に挙げられた議題への意見書の提出がある。つまり第三者の視点で議題に対して批評を行うというものだ。意見書の内容によって議題の提出者がデメリットを被ることはないが、嫌味を意見書内で書かれることもあるため精神的負担になるケースもある。


 「とりあえずそこに置いておけ。今ある書類にサインと印鑑を押したら読ませてもらおう」

 「かしこまりました。それとこちらは我が州の森林組合からの請願書になります」

 「それも同じところに置いておけ。まったく、なぜこうも不法滞在者に悩まされねばならんのやら」


 先の氏令会議でジグメンテは第12州を代表して不法滞在者の国外追放を訴えた。特に2月の終わりに数万人規模の亜人種の難民が大森林を超えて国内に流入してきたことが大きい。大幅な難民の増加は12州の許容量を超え、各地で国民、難民問わずに犯罪が多発している。軽犯罪から重犯罪まで豪華すぎるレパートリーに涙もちょちょ切れそうなほど状況が酷すぎる。


 難民の流入元であるムンゾ王国へ抗議すべきだ、ともジグメンテは言ったが、それに反論したのがリオールだ。氏令会議内ではハト派、協調外交派として知られる彼が強固に反対したため、議論が平行線になってしまった。その日の氏令会議が下した結論は保留、事実上ジグメンテの訴えは棄却される形となった。


 「協調路線も結構ですが、自国のゴミを押し付けているようでなりません。まぁ、ムンゾ王国は亜人種や異形種との融和よりも国益を優先させるお国柄ではありますが」


 「いっそ滅ぼしてしまえ、と軍令シオンは言っていたが、今はその通りかもしれんと思えてきたな。そもそも四小邦国群に自治を認めるなど」


 「軍令ジグメンテ、それ以上は聞かれれば困る話では?」


 「知ったことか。悪いが次の氏令会議に出すための資料の作成を急いでくれ。また廃案になるかもしれんがやらないよりはマシだろう」


 かしこまりました、と副官は一礼と共に退席した。一人となった部屋でジグメンテは大きく息を吐き、視線を左へとそらす。真っ白な壁面の一角に飾られている荘厳な印象の戦斧(ハルバード)を見て、ふと悪い考えがよぎった。


 いっそ難民どもを蜂起させればいいんじゃないか?


 この上なく魅力的な話だ。数万が蜂起したとて戦闘力は高が知れている。亜人種の族長や首長クラスとなるとジグメンテが出張らなければいけないかもしれないが、それすらジグメンテは倒せる自信があった。


 ジグメンテはプレイヤーではないが、レベルは92と高い部類だ。軍令内でも中位に位置する。あの戦斧を担ぎ、襲いくる反乱軍を蹴散らす姿を想像して、胸の奥で熱いものが弾けたような甘露な心地に一瞬だが彼は酔っていた。


 だがすぐに首を横に振り、彼は羽ペンを手にとった。そのような非道をしても胸の中にしこりができるだけ、ひと時のストレスの発散しかなりえないと彼の中の善意が悪意を退けた。


 ——その矢先、獰猛なまでの咆哮が西門の方角から轟いた。


 なんだ、とジグメンテは自室から飛び出て、西側に面した部屋へと駆けた。彼がその部屋へと到着するとすでに多くの人間が窓の向こうを覗いていた。それらを押し除け、ジグメンテもまた窓の向こう側へ視線を送る。


 「なんだ、あれは?」


 地鳴りにも似た歓声が西側からこだました。西門周辺を覆い尽くす無数の人、人、人。彼らは一様に武器を持ち、鎧を着込み、軍団旗を掲げ、口々に怒声をあげた。今の今まであれほどの数が集まったという報告はなかった。怒号が上げられてようやくジグメンテを始め、州庁の人間も、街内の人間もその存在に気がついた。


 上げる怒号は壁に囲まれた街の隅々まで行き渡り、すべての人間が軍勢の存在を知るところになった。ひきもしぼりも済んだということの何よりの知らせであり、街の住民達を絶望の淵へと叩き込んだ。


 まずいぞ、とジグメンテは素早く自室へ戻り戦斧を手にした。そしてすぐに西門へ駐留兵を回すように指示を出した。いや、それすらも遅いとすでにジグメンテは確信していた。西門からの軍勢襲来の報告がなかった時点で勝敗は決したと言っても過言ではなかった。


 「「大いなる(オー・)血よ(ブルート)!」」


 その怒号を皮切りに西門の頑丈な鉄扉が開け放たれた。間髪入れずに飛び込んでくる無数の亜人種の軍勢は瞬く間に街内へと浸透し、そして無数の悲鳴が街の中でこだました。


 ——その日、第12州州都オードゥアウンは崩壊した。


✳︎

ヤシュニナの軍人の階級


 軍令ジェルガ→ヤシュニナ軍最高位の軍人。定数制。10人しかいない。代表的な軍令、王炎の軍令リドル、埋伏の軍令シオン、飾り羽の軍令シュトレゼマン。


 将軍シャーオ→軍令候補あるいは軍令の副官。代表的な将軍、結晶龍の将軍ケンスレイ、猿喰らいの将軍キキ。


 大府ガイラーン→参謀職/軍令候補生最低ライン。


 中府ネトラーン→参謀職/大隊指揮官。


 小府ピンラーン→参謀職/大隊指揮官(最低ライン)


 大吏ガイノー→1000人未満の部隊の指揮官/参謀候補生(最低ライン)。


 中吏ネトノー→500人未満の部隊の指揮官/(騎兵の最低ライン)。


 小吏ピンノー→100人未満の部隊の指揮官。


 歩卒ジェロン→歩兵。(武官はここからスタート、ただし例外もある)。

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