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17´.日輪蝕む黒き獣②

 ラギガアァァアーーッ!? 絶叫が湖に轟き渡る。声の主は間違いなくゲーターのものだろう。そのあまりに大音量な叫び声は纏わりついていた煙幕を吹き飛ばす。次の瞬間、そこに現れたのは――、


「…………ッ! タクトっ、やってくれるじゃない! みんな、今がチャンスよ。このままウチらも続くわっ!」


 視界の開けた映像に映し出されたのはゲーターの後方で受け身を取るタクト。そして、右の腕を二本とも失ったゲーターの姿だ。見るとどちらも先ほどの矢が刺さっている。あの煙幕の中でもしっかりと目印としての役割を果たしていたようだった。


 察するに弓道部の生徒は煙の中でもゲーターを視認できていたのだろう。そうでなくては、あそこまで正確に命中させることなどできはしない。


 失われた腕の切断面をもう片方の手で押さえ悶え苦しむゲーター。その姿を見るやいなやターニャの声を皮切りに生徒たちが画面内を一斉に駆け抜ける。


 敵の接近に気がついたゲーターは断面からバッと手を離すと、なんとか片側の腕だけで振動を引き起こした。


 それでも完全に流れを支配した彼らを止めることはできない。不完全な揺れなどには怯むことなく猛攻撃を加えていく。


 最初こそ抵抗を続けていたゲーターだったが、腕を斬られた側から攻めたてられては流石に対処がしづらいらしい。光弾による反撃も虚しく、もう片方の腕も余さず斬り飛ばされてしまった。できることといえば、ただただ絶叫を上げ続けるくらいだ。


「これがタクト君達の戦い――すごい、あんな怪物相手にも一歩も譲らないなんてっ。このまま攻め続ければきっと……!」


 映像の中央でもがく異形の姿にAだけではなく視聴覚室内からも喜びの声が上がる。当然だ。タクトの奇襲によって今まで停滞していた戦況が大きく動いたのだから。もう、誰の目から見てもこちらが有利に立ち回れていることは疑いようもない。


「…………?」


 だからだろうか。この状況でもなお声を上げることのないサダエの姿が妙に目立って見えるのは。真剣な表情を崩すことなく画面を見つめる姿はAの瞳を自然と引き寄せる。


「いや――――ッ、これではダメだ! みんなゲーターから一度距離を取りたまえッ!」


 サダエが声を張り上げる。その声に部屋の中にいる生徒全員が振り返った。だが、戦闘中のタクト達にその忠告は一歩遅い。既に手負いのゲーターへの総攻撃を仕掛けていた彼らは警告にハッとし、距離を取ろうと急ぐも当然間に合わない。


「…………ッ!?」


 数瞬後、Aは茫然と映像を眺めていた。その目に映るのはゲーターの反撃により吹き飛ばされるタクト達の姿。ほとんどの生徒は肩で息をしながらもなんとか立ち上がるが、それでもやはり地に伏したまま動けない生徒も見られる。


 そんな意識を失った生徒達は素早く前線に飛びこんできた白衣の生徒たちにより迅速に救出されていく。最初に後方で待機していたのは戦闘不能となった生徒の救出をする為だったらしい。


 Aは一体なにが起こったのか分からずにその元凶である異形へと目を移す。そこに佇んでいたのは勝ち誇ったかのように咆哮を上げるゲーターの姿だった。


「――そんなっ、腕は切ったはずじゃ!?」


 タクト達によって切り落とされたはずの四本の腕はいつの間にか元に戻っていた。いや、正確には違う。切断前よりもさらに巨大な腕が瞬時に生えてきたのだ。その禍々しさを増した腕でもって外敵を一掃したらしい。


「みんな怯むなッ! なぁーに、振出しに戻っただけだろ? もう一度、さっきみたいに切り込んでいくぞ。大丈夫だ。オレがついてるっ。なにも恐れることはねぇッ!!」


 生徒たちに向けて全方位に展開された光弾のドームの中央でタクトが言い放つ。その主人公からの激励は苦悶の表情に顔を塗り潰された彼らの士気を再び呼び起こす。迫りくる光の雨を前に各々の力でもってゲーターの追撃を切り抜けてみせた。


「み、みんな…………っ」


 再びゲーターに立ち向かうタクト達をAは悲痛の表情で見守る。


 ゲーターをいくら傷つけてもやがては再生してしまう。再び腕を切り落としても、足を切り崩しても再生してしまう。ただそのパターンが何度も何度も繰り返された。


 タクトのおかげで生徒たちから諦めの表情は見られない。けれど、先ほどまで有利にみえた状況は一転し、戦闘の主導権はゲーターに握られてしまった。


 決して終わることのない戦いに一人また一人と画面に映る生徒の数は減っていく。にもかかわらず、ゲーターの姿は最初と比べて肥大化していく一方。腕に至ってはもはやどのようにバランスを取っているのかも理解できない程に刺々しさに磨きがかかっている。


「――ノースっ、そっちはまだかかりそうか!?」


 ゲーターの足元で力尽きた仲間を庇いながら、タクトが画面に映されていない生徒の名前を口にする。そこで初めてこの戦闘にノースが参加していないことにAは気がついた。


 もしかしたら非戦闘員だったのかもしれない。ただ、Aとの会話での()()()()()()()との発言から察するにその確率は低そうだと思うが……。


「いえ、先輩方。ちょうど今、終了しました。学園の皆さんも聞こえていますね?」


 タクトだけでなく視聴覚室にも語りかけてくる少女の声。姿こそ確認することはできないが


 その声は先ほど耳にしたノースのものだった。ただ、なんだろう。なにかが引っかかる。Aにはこれが本当にノースからの通信なのか、何故か確信を持つことができなかった。


 体育館での人懐っこい雰囲気はなりを潜め、ノースと思われる声は淡々と話を続ける。


「……占いの結果です。接敵中のゲーターは扉持ち――識別名〝日蝕〟、ラーフ・ケトゥです。……はい、私達の()()()としての役割はここまでですね。後は図書室の先輩に任せます。それでは。――さぁさぁっ! つぅーわけでよーぉ! そろそろ俺達も混ぜてもらうぜ。タクト先輩ッ!」


 今回の元凶、その名前が明らかになると画面の中に一人の生徒の姿が現れる。


 ふわふわとした茶色の髪からなにやら獣の耳を覗かせている生徒。獣といえばターニャを思い浮かべるが、獣化にそんな効果はないらしい。得られるのは獣の聴覚であり、実際に獣耳が生えてくるわけではないからだ。


 それでは敵に向けて一直線に突っ込んでいくこの生徒は誰なのだろうか。注視してみると取り払われた白のローブに一度目にした顔。やはりというか、ノース・ワーウルフその人だった。――と、確認できても未だに本人なのか判断がつかない。それほどまでに荒々しい雰囲気へと様変わりしていたからだ。


 狂気的な笑みを浮かべながら単独で戦場を駆け抜けるノースに向けて、ゲーター、ラーフ・ケトゥの四本の腕が迫る。けれど、ノースはそれを紙一重でかわしてみせた。そして、そのままラーフの首元に飛びかかり、


「どーゆぅ理屈で再生してんのか俺達には分かんないけどよーぉ? 首を落とせば流石に死ぬよなぁぁああーーッ!!」

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